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紅葉-くれは-  作者: 菊池まりな


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第10話 囁きの牢獄

社の奥から現れた怪物──

 それは紅葉の葉と枝が人の形を模したものだった。

 数えきれぬ顔がその表皮から浮かび上がり、呻き、泣き、笑い、祈り続けている。

 祐真の心臓が握り潰されるように軋んだ。


 「……これが、森の主」


 頬の印が焼ける。

 紅葉の怪物の眼窩にあたる影が、ゆっくりと祐真を見下ろした。




 ──おまえも、還れ。

 ──ひとりでは寂しかろう。


 囁きが頭蓋を直接叩いた。

 視界が白く揺れ、気づけば祐真はどこか見知らぬ場所に立っていた。


 それは町の景色。

 夕暮れの商店街、遠くに笑い声が響く。

 振り返ると、そこに──くれはが立っていた。


 「祐真さん……」

 彼女は微笑んでいた。

 血の気のない顔に、異様なほど穏やかな笑みを浮かべて。


 「もう帰りましょう。ここなら安全です。誰も傷つけないし、誰も失わない」




 祐真の胸が揺れた。

 (……もし、本当にここで暮らせるなら……)


 だが、足元に広がる地面が不意に赤く染まった。

 紅葉が地を覆い、その下から無数の手が伸びてくる。

 「いっしょに」「あそぼう」「帰ってこい」


 くれはの顔がひずんだ。

 微笑みは裂け、眼窩は黒く沈む。

 その口から紅葉の葉が噴き出し、祐真の頬の印に吸い込まれていく。


 「──っ!」

 祐真は銃を抜いた。

 だが引き金を引くより早く、幻影は溶けるように崩れ去った。



 気づけば、再び社の中。

 祐真は荒い息を吐き、膝をついていた。

 紅葉の怪物はまだそこにいる。

 数百もの顔が祐真を見下ろし、声を重ねて囁く。


 「還れ」

 「祐真」

 「おまえも、紅葉の一部に」


 その囁きは心地よいほどに甘かった。

 心の奥の孤独を撫で、過去の傷をえぐり、安らぎを約束する。


 (……俺がここで負ければ、くれはも……)


 祐真は奥歯を噛みしめ、立ち上がった。



 「俺は、おまえらの声に屈しない」

 祐真は銃口を怪物に向けた。

 「俺の役目は、彼女を──生きたまま取り戻すことだ!」


 その瞬間、怪物の無数の顔が一斉に歪んだ。

 悲鳴、嗤い、嘲り、泣き声──すべてが渦となって祐真の身体を揺さぶる。

 視界が赤一色に染まり、身体が千切れるような痛みに襲われた。


 だが、祐真は目を逸らさなかった。

 視界の奥、怪物の影の向こうに――

 確かに、くれはが泣いているのが見えたから。


 「待ってろ……必ず、助ける!」




 祐真が叫んだ瞬間、社全体が崩れるように揺れた。

 天井から紅葉が雪のように降り注ぎ、祐真と怪物を覆い隠す。

 囁きはさらに激しくなり、もはや祐真自身の思考すらかき消そうとしていた。


 ──その刹那、祐真の頬の印が強く輝いた。

 焼け爛れたような熱が全身を駆け抜け、祐真の意識が闇へと引きずり込まれる。


 彼は最後に「くれは」という名を呼んだ。


 その声が、闇を裂くように森に響いた。


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