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紅葉-くれは-  作者: 菊池まりな


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第107話 社裏の掘り返された夜

祐真の懐中電灯の光が、半開きになった社の扉へ細い道筋を描いた。

だがその光は、まるで闇に吸われるように弱々しく揺れ、奥まで届かない。


「……中に、何か……いる?」

美奈の声はかすれ、喉の奥で消えそうだった。


 祐真は答えず、静かに二人を背後へ下がらせた。

警官としての動き──だがどこか、子どもの頃の記憶に引き戻されたような緊張が、その横顔に浮かんでいた。


 春香が祐真の背に向かって、震える声で呼びかける。

「祐真くん……危ないわ。無理に入らないほうが……」


「確認するだけです。すぐ戻ります」


 いつもと同じ静かな口調──のはずなのに、春香は気づく。

そこに僅かに混じる、押し殺したような焦燥。

(美桜……? この場所に来て、何かまた思い出したの?)


 祐真が扉に歩み寄った瞬間だった。


 ガタッ。


 唐突に、社の奥から何かが落ちる音が響き、美奈が悲鳴を飲み込んで春香にしがみつく。


 祐真は即座に扉を押し開け、懐中電灯の光を強めて中へ向けた。


 ──だが、そこには誰もいなかった。


 誰かが走り去った気配も、隠れるスペースもない。

社の内部は古びた祭具や折れた木箱が残るだけの、荒れ果てた小部屋だ。


「……何も、いない……?」

祐真は小さく息を吐いたが、その視線の奥には別の疑念が灯っていた。


「物音……確かにしたよね……」

美奈の声は、囁くように震えていた。


 春香はゆっくりと社の外側を見回した。

「誰かが、中を荒らしたのかしら……それとも……」


 言い淀んだそのとき。


 祐真が社の床に目を止めた。

「春香さん、美奈さん……これ、見てください」


 灯りが床に落ちた影を照らす。


 そこには、小さな白い紙片が落ちていた。

折り目は新しい。最近置かれたものに違いない。


 美奈が不安そうに近づき、祐真が丁寧に拾い上げる。


 春香の背筋が、何か冷たいものに撫でられたようにぞわりと震えた。


 祐真が紙を開くと、そこには黒いインクで震えるような筆跡が記されていた。


「また、呼んでいる」


 美奈の顔色が一気に蒼白になった。


「……紅葉、これ……紅葉の字です……」


 春香の膝が崩れそうになる。

祐真は紙を強く握りしめ、社の奥をもう一度照らす。


 そこに人の姿はない。

だが、確かに誰かがついさっきまでそこにいたような、生々しい気配だけが残っている。




 その時、森の奥から──


 チリン……チリン……


 風もないのに、小さな鈴の音が聞こえた。


 美奈が息を呑んで春香の手を握る。

「……嘘……紅葉……そんな……」


 祐真の顔が緊張で強張り、森へ向かって一歩踏み出した。


「……行かないで」

春香がすがるように腕を掴む。


 祐真は振り返り、低い声で言った。


「……誰かが、俺たちを奥へ誘ってる。

 紅葉か……それとも──」


 森から再び、鈴の音が響いた。

今度は、もっと近くから。


 チリン……チリ……ン。



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