第106話 社裏の掘り返された夜(二)
風が止まった。森の空気が、誰かの気配を飲み込んだように冷たく沈む。
春香は掘り返された地面の前で膝をつき、指先を震わせながら土をなぞった。
「……ここに、何があったの……? 紅葉は、ここで──」
言葉の続きを飲み込みながら、祐真が静かに周囲へ目を配る。
「足跡が複数ある。……最近のものと、少し前のものが混ざってる。素人のやり方じゃないな」
その横で、美奈は社の裏手を睨みつけたまま動かない。
「……紅葉、ここに来たんです。祭りの夜、あの日……『気になることがある』って言って。私、それ以上聞かなかった……」
声が震える。
春香が顔を上げ、美奈の手をそっと握った。
「美奈ちゃん。あなたは悪くないわ。紅葉は元々、好奇心の強い子だったもの」
美奈は唇を噛みしめ、首を横に振る。
「……違うんです。紅葉、言ってたんです。“あの声、まだするんだ”って」
「声?」
祐真が振り返る。
美奈は胸の奥に押し込めていた記憶を掘り起こすように、ゆっくりと言葉を続けた。
「森の奥から女の人が呼ぶ声がする……って。誰にも言ってなかったみたいで……それを聞いたの、私だけで……」
春香の表情が一瞬凍りつく。
「女の人……?」
美奈は頷いた。
「……“おねえちゃん、いっしょにきて”って。紅葉、その声が“やめてくれない”って言ってて……」
沈黙が落ちた。
その瞬間、社の奥から、ひゅう、と風が抜けるような音がした。
三人とも反射的に身を強張らせる。
祐真は手元の懐中電灯を握り直し、社の扉へ視線を向けた。
「……中、誰かいるかもしれません。近づかないほうが──」
言い終える前に、ギィ……と、古びた扉が 内側から 少しだけ開いた。
風ではない。
誰かが触ったような、確かな動き。
春香が思わず美奈の手を強く握る。
美奈の肩が震え、祐真は咄嗟に二人を庇うように前へ踏み出した。
「……誰だ。そこにいるのは──」
答えはなかった。
ただ、闇の奥からにじみ出る気配だけが、ゆっくり──ゆっくりと三人の方へ滲み寄ってくる。




