表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅葉-くれは-  作者: 菊池まりな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

106/154

第105話 社裏の掘り返された夜

鳥居の前に立った瞬間、空気の質が変わった。


 湿った風が、まるで穴の底から吹き上がってくるように冷たい。

 春香も、祐真も、そして私(美奈)も、一言も話さなかった。


 ──何かが、いる。


 言葉にできないのに、はっきりとそう感じた。


「……灯り、つけます」


 祐真が懐中電灯のスイッチを押す。

 光の輪が、鳥居の奥へ吸い込まれるように伸びた。


 石段を上るたび、靴の底が湿った土に沈む。

 やがて、社務所の跡地が見えてきた。

 壁は朽ち、ガラスは割れ、昔の嵐に吹き飛ばされたような無残な姿。


 だが、そこに――


「……誰かが、最近入ってる?」


 思わず声が震えた。


 床板に、砂埃の薄い筋。

 足跡は残らない程度だが、何か重いものを引きずった跡だけが、不自然に続いている。


 春香も気づいた。


「これ……紅葉よね? 紅葉がここに来たんじゃないの?」


 そう思いたいのに、心の奥が強く否定した。


 ──これは、紅葉の歩幅じゃない。

 ──これは、もっと重く、もっと……人じゃない何かが引きずった跡。


 私の指先が冷たくなった。


「祐真さん……これ、どこまで続いてますか?」


「……社の裏手だ。気をつけて」


 祐真が先に進む。

 私と春香も、その後ろへつづいた。


 裏手に回った瞬間、鼻を刺すような湿った匂いが漂った。


 土が掘り返されている。

 獣ではない。人がスコップで掘ったような、深く楕円形の穴。


「……出入りしてたのは、ここか」


 祐真の声が低く沈む。


 春香は口元を押さえた。


「これって……紅葉が……?」


「違います」


 私は即答した。


「紅葉なら、こんな掘り返し方はしません。……これは、誰かが“何かを埋めて、また掘り返した”跡です」


 土の匂いに混じって、金属の匂いがした。


 懐中電灯を当てると、そこに──


 白い布の端が、土から少しだけ覗いていた。

 人が何かを包んだような、古びた布。


 春香が震える声で言う。


「……美桜……なの?」


 違う、と言いたかった。

 でも、布は古すぎて、20年は経っているように見えた。


 しかし──


「……待ってください」


 私は、気づいてしまった。


 布のすぐ横に、新しい土の盛り上がりがある。

 そこには、しめった泥に、なにか細いものが突き刺さった跡があった。


 引き抜かれたような形。


「祐真さん、この“新しい方の穴”……人が何かを持ち出した跡です。これは……最近です」


 春香が震えた。


「じゃあ……紅葉が持ち出したの……?」


 ちがう。

 紅葉じゃない。


 この跡の深さ、幅。

 紅葉の力ではあり得ない。


 私は声を震わせて言った。


「……紅葉は“これ”を掘り返した誰かに、連れていかれたのかもしれません」


 春香が崩れるようにしゃがみ込んだ。


「いや……いや……紅葉……!」


 そのとき──


 社の奥から、コツ……コツ……と、何かが木の床を歩く音が響いた。


 人の足音ではない。

 軽いのに、まっすぐこちらへ向かってくる、乾いた音。


 私の鼓動が、耳の奥で跳ねた。


 祐真が懐中電灯を社の奥へ向ける──


 光の輪の中で、揺れているものがあった。


 垂れ下がった、赤い……布。

 いや、布ではない。


 紅葉が、秋祭りのときに買った“赤い髪飾りの紐”だった。


 風もないのに、ゆらり、と揺れた。


 春香が息を呑む。


「紅葉……?」


 私は言った。


「……誰かが、ここへ持ち込んだんです」


 そのとき。


 社の奥で、“ガリ……”と、木をひっかく音がした。


 何かが、そこにいる。


 私たちはまだ知らなかった。


 ──この社は、ただの「遺留品」の隠し場所ではない。

 ──20年前、美桜が消えた“最初の場所”だったことを。


 そして、

 紅葉もまた、同じ場所に連れてこられたのだと。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ