第101話 途切れた跡の先で
獣道の先は、木々が密集し、わずかな光すら拒むような暗さだった。
祐真が先頭に立ち、枝を払いながら慎重に進む。
その背中を追いながら、春香は胸の奥にずっと重く沈む痛みを抑えられなかった。
(紅葉……本当に、この森を歩いたの?
それとも、誰かに連れてこられたの……?)
その問いに答えるものは、森の湿った空気だけ。
「祐真さん、ここ……」
美奈が声を潜め、足元を指す。
そこには途切れかけた“引きずられた跡”が、再びくっきりと現れていた。
しかも、何かが重く沈み込んだ痕が途中にいくつもある。
「……一度、倒れたものを持ち上げて、また引きずった跡……?」
祐真の分析に、春香の手が震える。
「でもね……」
美奈が、小さく息をのむ。
「足跡が……ないの。引きずった跡だけで、引きずった“人”の足跡が、どこにも」
言われてみれば──そうだった。
人が何かを引きずれば、必ず残るはずの足跡が一つもない。
代わりに残っているのは、土を強引にかき分けたような、長く黒い筋だけ。
祐真は眉をひそめた。
「……何だ、この跡……。人の動きじゃない」
「動物……なの?」
春香がかすれた声で問う。
「動物だったら、もっと足跡の形が分かるはずです」
祐真は即答した。
「これ……地面を滑ったような……そんな跡です」
美奈が、自分で口にした言葉にゾクリとし、腕を抱きしめる。
森の奥から、突然──
コン……コン……
木を叩くような規則的な音が響いてきた。
三人の身体が硬直する。
「……聞いた?」
美奈が祐真の袖を掴む。
「動物じゃない……。一定の間隔で鳴ってる」
祐真は森の奥へ懐中電灯を向けた。
しかし、光は枝に遮られ、その先は闇の底だった。
春香が、その音に聞き覚えがあることに気づいたのは、次の瞬間だった。
「この音……
美桜が消えた日の夜にも、聞いた気がする……」
口にした瞬間、背筋を冷たさが走る。
コン……コン……コン……
木を、何かが“叩いている”。
森の奥へ、三人は慎重に進んだ。
そして、視界がひらけたその場所で──
春香が息を飲む。
「あれ……何……?」
そこには、小さな空き地があった。
中央には、折れた木の幹。
幹の表面には、鈍い刃物で削られたような傷が無数についている。
そしてその根元に──
黒ずんだロープの切れ端と、小さなスニーカー片が落ちていた。
春香の膝が崩れそうになる。
「……紅葉のじゃない。でも……
これは……子どもの靴……」
美奈が震える声で呟く。
「──20年前の“あの日”のものかもしれません」
祐真が静かに言った。
その瞬間、
コン……コン……
声のような、とても人間の動きとは思えない“叩く音”が、すぐ背後で鳴った。
三人は一斉に振り返る。
だが、そこには誰もいない。
ただ──
木の幹の裏側に、濡れた泥の手形がひとつ、増えていた。




