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紅葉-くれは-  作者: 菊池まりな


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第99話 祟りの手形

「……返してよ……返してよ……!」


 春香の叫びは森の静寂を裂いた。

 その声に怯えるように、木々の枝がざわりと鳴る。


「春香さん、落ち着いて――!」


 祐真が肩に手を置いたが、春香は振り払うように震えた。


「だって……だって……! この手形……っ」


 彼女は巾着の裏についた“濡れた小さな手形”を指さした。

 祐真も美奈も直視するのがつらいほど、その形はあまりに幼く、あまりに不自然だった。


 ──3歳児の手のひら。


「紅葉じゃない……。

 こんなの、紅葉の手の大きさじゃない……!」


 春香は地面に膝をつき、巾着を胸に抱きしめる。

 美奈はそっと寄り添い、祐真は周囲へ警戒を向けた。


「春香さん……この手形。

 紅葉ちゃんのじゃないなら、誰がつけたんでしょう」


 美奈の声は震えていた。

 聞きたくない答えが、今にも返ってきそうで。


 春香は、堰を切ったように言った。


「美桜よ。あの子……戻ってきたんだわ……」

「春香さん、それは……」


「違うの、祐真さん……わたし、知ってるの。

 美桜は“呼ばれた”のよ。

 あの日……あなたと遊んでいたでしょう?

 美桜は、森に呼ばれたの。『遊びにおいで』って……」


 思い出すように、春香は遠い森を見つめる。


「──紅葉も同じ。

 あの子も『呼ばれた』のよ……!」


(呼ばれた……?)


 美奈の脳裏に、紅葉が消える前に口にした言葉が蘇る。


 ──「呼ばれてるみたいなの。森の奥から……」


 その瞬間、祐真の顔も青ざめた。

 彼自身の胸の奥に、20年前の記憶が波のように押し寄せてくる。


 美桜が突然、ふっといなくなった。

 振り返ったとき、森の奥へ進む小さな背中を見たような気がした。

 呼ばれるように歩いて行った──そんな“感覚”だけが残っている。


「……春香さん。

 美桜ちゃんの失踪は、事故や事件じゃなかった……と?」


「ええ。あれは“あの森”のせい。

 あそこには、昔から……“子どもを呼ぶ影”がいるって……」


 祐真は眉をひそめた。


「子どもを呼ぶ、影……?」


 春香は、巾着を握りしめたまま口を開いた。


「……美奈ちゃんも聞いたことあるはずよ。

 この村には、昔から“ある祟り”が伝わっているの」


 美奈は一度首をふりかけ──

 しかし、ふと思い当たり、血の気が引いた。


「まさか……“赤鞍(あかくら)の祀り”……?」


 春香は頷いた。


「そうよ。

 秋祭りの夜、赤いものを身につけた若い娘や子どもが……“森に連れていかれる”という噂。

 誰も本気にしなかった。私も……。

 でも……美桜が消えたのは、ちょうど秋祭りの日だった」


「……紅葉も、です」

 美奈が小さく震えた声で言った。


「紅葉も、秋祭りの夜に消えました」


 木々がざわり、と風もないのに揺れた。

 春香は顔を上げ、森の奥を睨む。


「美桜と紅葉……二人とも、“赤に関わり”があった。

 美桜は赤い上着を着ていた。

 紅葉は……赤い柄の巾着を持っていた……!」


 祐真は、腕を組み、低い声で呟いた。


「……つまり。

 “赤をまとった者”が、この森の祟りの標的になる──」


 そう言った瞬間、美奈の背筋に氷のような寒気が走った。


「待って……じゃあ……紅葉は……“最初から狙われていた”ってことですか……?」


「ええ。

 美桜のときと同じ。

 あの森は、毎年秋祭りの夜に“生贄”を求めるのよ……」


「春香さん、その伝承……誰から聞いたんですか?」

 祐真は声を潜め、問う。


「──古沢住職よ。

 あの人、昔から知っていたの。

 ずっと……言わなかっただけ……!」


 春香が叫び終えると同時に、森の奥から──

 ひゅう……と低い笛のような音が聞こえた。


 祐真と美奈が一斉に振り向く。


 音は風ではない。


 誰かが吹いている。

 呼んでいる──誰かを。


 春香の手の中の巾着が、かすかに震えた。


「……返して……」

「……返して……」


 三人が声の方向を見つめた。


 そこには──

 誰もいなかった。


 だが確かに、耳元で囁いた。


 『返して。あの子を。赤い娘を──』


 春香は巾着を抱きしめ、震えながら叫ぶ。


「紅葉は、渡さない……!

 二度と、あなたなんかに……渡さないっ!」


 その瞬間、足元の土が“ずるり”と沈んだ。


 生き物のように──手のように──

 三人の足首を掴もうと、黒い土が蠢いた。


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