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紅葉-くれは-  作者: 菊池まりな


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第9話 社の囁き

紅葉で敷き詰められた道を進むと、森は次第に狭まり、やがて一つの空間へと開けた。

 そこには、古びた(やしろ)が佇んでいた。

 苔むした石段、黒ずんだ鳥居。

 屋根は半ば崩れ落ち、しかし赤い葉に覆われて、異様なほど荘厳に見える。


 祐真の頬の印が、じりじりと焼けるように熱を帯びた。

 まるで社そのものが、彼を歓迎しているかのようだった。




 鳥居をくぐった瞬間、空気が一変した。

 冷たい風が吹き、祐真の懐中電灯は一瞬、明滅する。

 気配──。

 祐真は銃を構えた。


 ざわ、と社の周囲の紅葉が揺れる。

 次の瞬間、木々の影から無数の人影が現れた。


 子ども、若い娘、壮年の男。

 着ている衣服は時代も姿もばらばらだが、誰もが瞳を失い、虚ろに祐真を見つめていた。

 皮膚は透け、身体の輪郭は紅葉に溶けかけている。


 (……これが、過去の犠牲者たちか)




 最前に立っていたのは、三歳ほどの幼子だった。

 紅葉の枝を握りしめ、首をかしげる。

 「いっしょに、あそぼ」


 祐真の胸が締め付けられた。

 「……橘、美桜……」


 名を呼んだ瞬間、幼子は微笑み、しかし口から紅葉の葉を吐き出した。

 それは虫の羽音に変わり、祐真の耳をつんざく。


 次々と亡霊たちが声を合わせる。

 「ここに残れ」

 「おまえも、還れ」

 「赤い森の中で、いっしょに……」




 祐真は必死に声を振り払った。

 「俺は還らない! 俺は、生きて彼女を取り戻す!」


 その叫びに、社の扉が音を立てて開いた。

 中は闇。

 だが、その奥から確かに聞こえる。


 「……ゆうま、さん……」


 ──くれはの声。



 祐真は一歩踏み出した。

 亡霊たちがざわめく。

 腕を伸ばす者、泣き叫ぶ者。

 だが彼らは祐真に触れることができない。

 祐真の頬の印が炎のように輝き、道を切り開いていた。


 石段を登るたびに、祐真の耳に過去の声が流れ込む。

 「助けて……」

 「寒いよ……」

 「痛い……」

 「ママ……」


 それは幾百年にもわたる生贄の叫びだった。


 社の中に足を踏み入れると、空気はさらに重くなった。

 奥には、巨大な鏡が据えられている。

 鏡面は割れ、ひびの隙間から赤い光が漏れていた。


 その前に、ひとりの少女が立っていた。

 長い黒髪、白いワンピース。

 振り返った顔は──くれはだった。


 「……くれは!」

 祐真は駆け寄る。


 だがくれはの瞳は虚ろで、唇がゆっくりと動いた。

 「ここにいれば、みんな幸せなの。だから、祐真さんも──」


 囁きに合わせ、鏡のひびから紅葉の葉が吹き出す。

 その葉は鎖のように祐真の腕に絡みついた。


 「……俺は、おまえを絶対に置いていかない!」

 祐真は銃を構え、鏡に狙いを定めた。




 引き金を絞った瞬間、轟音とともに鏡が砕け散った。

 紅葉の葉が渦を巻き、狂ったように空を覆う。

 亡霊たちの叫びが森全体に響き渡った。


 そして──闇の中から、巨大な影がゆっくりと姿を現した。


 祐真の目に映ったのは、人でも獣でもない、紅葉そのものが形を持った怪異だった。

 赤い枝を腕とし、数え切れぬ顔をその身に宿した怪物。

 囁きの正体──森の主。


 その視線が祐真を射抜いた瞬間、胸の奥に冷たいものが流れ込んだ。


 「……おまえが、“紅葉”か」



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