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女王の災難、あるいは大公の無双 (前編)

作者: トネリコ

エテルティの龍女王となってから、朝は決裁、昼は謁見、夜は夫の相手で城の外に出る機会がめっきり減っていたアデルにとって、人身売買の告発は渡りに船でもあった。


競売に掛けられる前に命からがら逃げだし、兵士達に助けを求めてきた女性を「もう大丈夫だ」と抱きしめたアデルは、女性を王族専用の風呂場に案内させた後、躊躇う事なくいつもの騎士服を脱ぎ捨て、先ほどまで彼女が着ていた襤褸切れ同然の衣服に身を通す。 純白の騎士服を引き取って畳むニーナは、言っても聞かないアデルの性格を嫌というほど熟知しているから、溜息をついただけだった。


「ちょっと、人身売買の現場を押さえてきます! イザークへの言い訳、よろしく!」

「どうなっても、知りませんからね?」


今更言うまでもないが、エテルティ王国では人身売買は禁じられている。 人間は家畜やモノなどではないのだから、当たり前の話だ。 女神エテルデアの国に、奴隷などただのひとりもいてはいけない。 それがたとえ、異国人であろうとも。 それは、エテルティ建国当時から現在まで継承されてきた誇りであり、信念だ。


「蛇王ヴィークに虐げられてきた我々がその痛みを忘れ、他者を虐げてはならない」


初代国王の言葉を魂に刻みながら、王家は代々続いてきた。 初代王の言葉を忘れた貴族が労働力の確保だの、物価対策だのと耳障りのよい屁理屈を並べながら奴隷の容認を奏上してきた時の、王妃エステルの一言は城内で伝説となっている。


「奴隷の容認? ……では、あなたが奴隷になってみればよいのではなくて?」


偉大なるエステル王妃、安らかに眠れ。 結局は、自分達がどうとでも扱える「捌け口」が欲しいだけだと、母は気づいていたのだろう。 母の一言にぐうの音も出なかった貴族はその後、秘密裏に異国の奴隷を買い取り馬車馬のように働かせていたことが屋敷に仕える使用人からの告発で明らかになり、爵位をはじめとした一切を剥奪された。命だけは助ける代わりに、家族丸ごと裸一貫で国外追放され、めでたく先例となったわけだ。 哀れな奴隷達はその後、エステル王妃の預かりとなって、それぞれの国に帰還していった。 帰る故郷も身寄りもない奴隷は、王妃が私財で下働きとして雇い入れて、生涯にわたって面倒を見たそうだ。


 逃亡時に着ていた襤褸切れを纏い、魔法で姿形や声を似せれば、簡単に奴隷になりすますことができた。 どうやっても変えられない二色の瞳は、魔法で瞼を固く閉じることで隠し徹す。 奴隷ひとりひとりの特徴など覚えていないと見たアデルの読みは的中し、逃げた奴隷を追ってきた奴隷商人は、アデルの手足に枷を嵌め、どこぞへと連行した後で、鞭打ち水責め殴る蹴ると好き放題に振る舞った。


お前のようなごつい奴隷がいるか、とばかりにイザークに何も告げずに出てきてしまった手前、死ぬのはまずい。 だからアデルは、死にそうな折檻だけは魔法でこっそりやり過ごし、他は全て受けた。 ダリウス大将軍の一撃に比べれば、そよ風のようなものだ。


(なるほど、これは胸糞悪い)


アデルの意思など無関係に、数多の目が鉄の籠に入れられた彼女を身勝手に値踏みし、遊戯のように価値を吊り上げて興奮している。 生きた玩具は自分のものだと言いたげな声に、吐き気がする。


「……さぁ、他には!? どんな折檻にも耐える、タフな女奴隷ですよ!」


煽りに乗せられて、ひとりの男がすっと手を挙げた。

司会に指名されて発言権を獲得した男は、当然のようにこう言い放った。


「この場にいる全員、女王への不敬による死罪を覚悟なさい」


アデルが道中に落としていった髪の毛を辿り、会場の番人をアイアンクローで制圧して競売の客に成りすましたイザークは、まるでゴミの始末をするように淡々と物事を進めていく。


「この会場は既に、ダリウス大将軍指揮のエテルティ軍に包囲されています。 抵抗すれば、命はないものと思いなさい」


反論も、抵抗も、抗う意思さえ許さない。 絶対零度そのもののイザークを目の前にした司会はあっさりと壇上から退避。 怒りが収まるどころか増しているイザークの両手が、粘土のように鉄の柵を捻じ曲げる。 アデルが纏う襤褸切れの下に何があるのかを知っているイザークの怒りは、後ろでこそこそと逃亡しようとしていた奴隷商人へと向けられた。 アデルを散々打ち据えた鞭を手にしていたのが、更に悪かった。


「……殺してやる……!」

「やめろイザーク、早まるな! エテルティ大公の誇りを、血で穢す気か!」


歯ぎしりから漏れた禁断の一言に仰天したアデルの魔法が解けるのと、どうにか服としての体裁をなしていた襤褸切れが役目を果たすのは、ほぼ同時だった。


怒鳴った拍子に魔法が解け、エテルティの龍女王のありのままの姿が露わになる。

本来なら自分以外が見てはならないアデルの姿に、イザークの復讐心は消し飛んだ。


「アデル!!」


慌てて戻ってきたイザークにより布を纏わされ、抱き上げられたアデル。

再度強化し直して明瞭になったアデルの視界に、前をロウル、後ろをキラムに抑えられて逃げられなくなった奴隷商人の姿が映る。剥き出しになったロウルの牙に怯え、ちらつかされるキラムの金色の炎に小さくなる奴隷商人は、先ほどまで罵詈雑言を並べてアデルを折檻していた人間と同一人物とは、とても思えなかった。


こうして、龍女王の災難な一日は幕を閉じた。

大公に抱えられた龍女王の痛々しい姿に、国民の誰もが絶句したという。

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