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夜会厄介 〜たまには薔薇も粉砕する〜  作者: そろまうれ
二章 フェダール国編
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ep.99 「あれは、反逆の首謀者だ」


デスピナの薔薇、そこから生えて伸びる手は蠢いていた。

何かを求めてジッタンバッタンと。


まるで藻掻くゾンビようだが、ある程度の意思も伺えた。


「なにこれぇ!?」


ネズミは涙目で距離を取る。

同時に、己の薔薇であるため、完全に放り捨てるわけにもいかない。


部分的な人形の顕現は、デスピナが行っていたことではあるが、己の意思に反したものが蠢く様子はたた気色悪い。


「まさか……」


ふと気づき、アマニアは人形の手を握った。指同士を絡ませ合い、少しでも接触面を多くする。


「後輩!? そのようなことをして平気か!」

「ええと……」


何かを伝えるかのようにその手は開閉を繰り返している。


「毒はないか、攻撃を食らってはいないか! む、平気そうではあるな。よし、ならば、そのまま握りつぶすことは可能か?!」

「触った感触が、あります……」

「……はえ?」

「これ、クレオの手です!」


ネズミは呆然と、薔薇から出る手を、それとがっちり握り続けるアマニアの様子を眺めた。


「吾の薔薇ロドンに何をしてくれているのだ、あのあるじは!?」


支配関係を強くすることにより、魔力的なパスを通した。

これにより魔力的には同一のものとなる。


そうやって、デスピナの薔薇を起点に、クレオの人形コーキィアを部分顕現させていた。

かなり強引かつ無理やりな方法だ。


「どうして、手だけを……?」

「正直、吾は気色悪いので今すぐ滅ぼしたい」

「先輩、だめです」

「ぬぅ」


彼らの注意は薔薇から生えた手だけに向けられていた。

だからこそ、観察していた王宮が更に昏く、悍ましい気配を纏う変化に気づかずにいた。


「ひょっとして……」

「む?」


さすがに全身を作成することは難しかった。だからこそ、部分的な人形の顕現を行った。そこまではいい。問題は――

それを使って何をしたいかだ。手により行えることは多くあるが、伝達となれば手段は限られる。


「これですか?」


アマニアは、その手にペンを握らせ、その下に敷くように手帳を置いた。

彼女がクレオを書き記すため、常に持ち運んでいるものだ。


「お」

「何か、書いてますね」

「ふむ……? あまりに字が下手すぎてよくわからぬ」

「暗号解読は得意です、任せてください先輩」

「うむ、任せた後輩」


彼らはマストの先端付近にいる。

真下にいるカリスが、王宮を指さして騒いでいるが、そんな場合ではない。


そう、クレオは王宮に閉じ込められた。

そこから物理的に抜け出すことは難しい。


だが、魔力は――より正確に言えば「魔力的に接続された先」はそうではない。


こっそりと隠れるように人形の手だけを作成して行う筆記。

そこに書かれたことは――


「ええと」

「むむ?」


完全に意味不明すぎた。

なぜ、どうして、こんな妙なことを頼んだのかわからない。

まったくもって無駄な魔力消費だとしか思えない。


だが――


「クレオのやることを考えるだけ無駄、そういう結論でしたね」

「だが、それにしてもこれは――」

「諦めましょう。ぼくらはクレオの思考を完全に追うことはできません」

「あの支配者め……」


文句を言いながらもマストを降り、準備をすることになる。

出港のための準備だ。


書かれた最初には、前置きも状況の説明もなく、ただ「買い取った船で出港せよ」とだけ書かれていた。


「いくらなんでも横暴に過ぎぬか」

「今更です」

「ねえ、貴女たち、どうしてクレオを乗せずに出ようとしてるのよ!? 食料や水だって積み込んでいないわ!」


カリスの当然のツッコミに対し、二人は肩を同時にすくめた。


「そうした文句は、クレオの奴に直接言うといい」

「はあ!? どういうことよ」

「吾らにも、理解できぬ。だが、おそらくではあるが、何もかもが台無しとなる」


予言のような言葉と共に、船は出る。

オロオロとしていたカリスは、共に下ろされた船内に巣食っていたネズミたちと共に見送るばかりだ。


「え、あれ?」


せっかく買い取った船を、アマニアとデスピナの二人に持ち逃げされた格好となったと気づいたのは、もうどうやっても届かない距離まで離されてからのことだ。


「本当に何なのよ!?」


地団駄をいくら踏んでも事態が改善することは決してない。



 + + +



通常、出港にはそれなりの技術や運がいる。

風を捕まえるか、櫂で漕ぎ出すことで岸から離れる必要があるからだ。


下手をすれば岸へと船体を衝突させるはめになる。

だが、二人はこれを魔力による送風で無理やりに解決した。


通常であればあまりに無駄な魔力消費だが、時間がないので仕方ない。


「考えてみればぼく、身分は旅行者です。手続きもなしにこの国を離れたら、確実に罰則を喰らいますね」

「むぅ、どのあたりが境界であるかは不明だが、あまり距離をとるわけにもいかないか」


ぷかぷかと浮かぶ船の上からでも、町並みや王宮の様子はわかる。

ひときわ大きいそれが、黒く昏い魔力を纏い、佇んでいることも。


町中の人々が足を止めてざわついていた。

この国に住む人々からしても、異常な現象であるらしい。


「……」


だが、二人は言葉にせずとも、「ああ、クレオがなにかをやらかしたのだな」と判断した。

この程度で驚いていられない。


二人でただ、その場で待つ。

今はもう消えている人形の手によって、そうするよう指示がされていた。

波音が船へと打ち寄せる音だけが聞こえる合間に。


「アイトゥーレ学院には、隠された花園がある」


ぽつりとデスピナが呟いた。


「ああ、噂のですか」

「現実にあるものだ、吾はそれを確かに見た」


どういうことかと視線を送るアマニアに、ネズミはただ瞑目していた。


「あそこに、クレオはいたのだろうと考える」

「どういうことですか」

「遥か過去に何かがあった。そこからクレオを逃がし、隠すために、魔術が使用されたのだ」


デスピナは思う。

あの学園は、本当に徹頭徹尾、クレオのためにあったのだと。


「結界という内外に差をもたらず法則のその底で、あのあるじは長い時を「薔薇ロドン」として過ごした。人ではなく、魔術で形成された植物として長く時を越えたのだ」


どのようにすればそのようなことが可能になるのかは、わからない。

だが、あの島のすべての結界は、すべての魔力は、たった一本の薔薇を存続させるためだけに使用されていた。


「どうして、先輩はそう思うのですか?」

「簡単だ」


思い出されるのは、上級職員とされるリリと呼ばれるものだ。

クレオの親代わりであるという彼女は、デスピナを認めた途端、わずかに殺気を帯びた。

おそらく、クレオの支配下に入っていなければ、簡単に滅ぼされていたのではないか。

なにせ――


「吾は、クレオが薔薇化していた花弁を食した。抜け殻となり本体のないそれではあったが、吾というネズミが知性と意識を獲得した程度には、あれはとんでもない代物だった」


呉越同舟一蓮托生として食した花弁を思い出す。

過去に一度は味わったことがあるものだった。だからこそ、断言ができる。


あれは、特別なものであったのだと。


「つい先程と過去の二度、吾はクレオの薔薇ロドンを食したのだ」

「なるほど、やはり先輩ですね」

「むぅ?」

「ぼくよりも前に、先輩はクレオに救われています」


ただのネズミとは異なるあり方を獲得した。

間接的な形ではあるが、たしかに「本人にはどうしようもない悩み」を救われていた。


「望んだわけではないがな」

「それでも、先輩は先輩です」

「むぅ……」


いまだにデスピナの魔力は、クレオのそれと連結されている。

また、クレオを挟んだ反対にも、その連結が感じ取れる。

本当に遠くて、その存在をうっすらと把握できるだけだが。


「あの者は、多くの反対に合いやすい」

「そうですか?」

「そうなのだ」


ネズミである自分よりも、人間に対する理解度が低い後輩はどうなのかと思いながらも続ける。


「おそらくそれは、クレオが己が思うがままに動くことを当然だと、心底から信じているからこそだ。あの者は王女ではない」

「というと?」

「言ったであろう。あれは、反逆の首謀者だ」


そうした一族であったのではないかと、ネズミは思う。

だからこそ、望むと望まぬに限らず事態を動かす。


「あれにもっとも似合わぬ言葉は、平穏だ」


それを証明するかのように、遠くの王宮が破裂した。

二人は驚くことすらなく、次の指示に従うべく、瞬間的に魔術を発動させた。




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