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夜会厄介 〜たまには薔薇も粉砕する〜  作者: そろまうれ
二章 フェダール国編
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ep.93 「あの馬鹿は、身売りをしたわ」



「ありえないわ」


ぐるぐるとその場を忙しなく歩きながら、カリスは爪を噛む。

口元は限りなく強く「いー」という形をつくるが、それすら気にした様子もない。


「なにを考えているのよ、あのクレオは」


その横では、向かう形でいる硬い目の令嬢と、一匹の白いネズミがいる。


アマニアは、その指先に傷を作り、そこから垂れる血をデスピナへと与えていた。

傷の作成は通常不可能だが、クレオが捨てた爪を用いることで成し遂げた。

クレオ自身から離れたものであっても、その性質は残存していた。

大切に保存してある。


ぽたりとあふれる血を、ネズミは舐め終えた。


「ふむ? これでいいのだろうか」

「はい、ありがとうございます」

「たしかに魔力の提供はなされた感覚はある」

「はい」

「しかし、一体なにがしたいのであろうか」

「クレオの配下である先輩なら、なにか違うのではと期待しての行動です」

「なるほど。それで?」

「魔力こそ伝達されますが、やはりそれ以外の感覚が伝わることがありませんね、残念です」

「そのようなものか」

「はい、ですが、クレオの捨てたもののお宝セットはまだ保存してあるので、しばらくの間は大丈夫です」

「うむ、よくはわからぬが、後輩が幸福であることは先輩としても喜ばしいものだ」

「できればコレクションを増やすためにも、先輩には協力していただきたいのですが」

「任せよ」

「ねえ、貴女達!」


指先から血を流しながらどこか楽しそうな令嬢と、口元を血まみれにしながらニコニコと微笑むネズミへと割って入るように、カリスは机を叩いた。


「事態をわかっているの?」

「うむ、ヤバヤバだな」

「八方塞がりですよ、ここは待ちの一手です」


クレオが連れて行かれた。

それは重大な事件ではあるが、だからといって取り得る対策はない。


「いえ、そういうことではなく、もう、ああ……!」


焦りが伝わらないことに、カリスはこれ以上なく苛立った。どうして、コイツラはこんなにも平和なのか。


「貴女たちにも関係あることなのよ」

「そうなのですか?」

「あの馬鹿は、身売りしたわ」


二人そろってまばたきした。

クレオとカリスがなにか密談のようなことをしたのは知っていたが、そうした取引があることは知らずにいた。


「そなたにか?」

「ええ、クレオ・ストラウスを買い取ってほしいそうよ」

「カリスがクレオを、買う……?」

「それは――無理では?」


下働きであればともかく、学院生としての身分である今であれば不可能だという話だったはずだ。


「……借金よ」


忌々しそうにカリスは続ける。


「膨大な前借りをしてまで、あの船を正式に購入したいのだそうよ。その借用書を以て縛り付けろ、わたしのことを買い取ってみろ、そうあの馬鹿に要求されたわ」


カリスが指差す方向には、船が元通りに戻って喜ぶ船長の様子がある。

今から、その喜びに水を差すような交渉をしなければならない。


「なぜ、そのようなことを?」

「知るわけないでしょ、もう、もう……!」


何を考えての行いかはわからない。


だが、たかが船一隻の価値でクレオを買い取れるかもしれないとなれば、カリスに断るという道理はない。

その借金は、クレオを縛り付ける。だが――


「本当に何を考えてるのよ、お金を甘く見すぎていない!? カリス・ペルサキスの名にかけて、きっちり取り立てるわよ!? 本当に、本当にそれでいいと思っているのかしら! もう、なんであんなことを頼んだのよ!」


実行していいかどうかを悩んでいた。

足は、船へと向かっては引き返すことを繰り返している。


「考えても無駄であろう」

「ええ」

「はあ!?」


金銭と友情との間で葛藤するカリスと違い、二人は平然としたものだ。


「かの者の考えなど、推察するだけ無駄というものだ」

「ぼくはそうした徒労を止めました。カリスもそうすべきです」

「ねえ、貴方達、少し見ない間になにがあったの?」


まるで東洋の修道者のような悟った様子を、カリスは疑わしげに見ていた。


「いえ、特には」

「うむ」

「なに二人して視線そらしてるのよ」


アマニアは長年に渡る苦悩を、一部とはいえ覆されたためであり、デスピナはスフィンクスや人間が後輩として自分を慕ってくれるという幸福絶頂が勝手に転がり込んで来たためだという事実は伝えない。


どちらにせよ「放って置くと何が起こるかわからない」という認識は共通しており、考えるという作業に意味がないという理解へと至ったことには違いないのだから。


「どちらにせよ、ツテを頼って交渉して――」

「あの!」


苛立つカリスに声をかけるという暴挙に出たのは、学院生だ。

今はもうリネン製のシースドレスという、この地にふさわしい衣服を着ている。


「あら?」

「聞きたいことがあります」

「何かしら」

「ランドヨットに乗り戻った彼女は、本当に王宮に招かれたのですか?」


ニキ・デュカキスという、短期留学生だ。

どこか不安そうに、「そうであってくれるな」という表情をしている。


「貴女は、たしか……留学生長で、借金をチャラにするというこの世でもっとも罪深い所業をした……」

「クレオが王宮へと招かれたことは本当ですが、それがどうしましたか?」


侮蔑を貼り付けるカリスを押しのけて、アマニアが訊いた。


「いえ……その……」

「落ち着くといい」

「え」


白いネズミにそう言われて、さらに落ち着かなくなった様子だが、それでも幾度か深呼吸し。


「私は、呪術と祝福を専門にしています」

「そうですか」

「ふむ」

「それがどうしたの?」


三人の疑問に押されるように、ニキは続ける。


「……あの王宮に向かい、王に拝謁した際、私が見たのは巨大で濃密な呪詛の塊でした。そこに本当に彼女が向かったか、確かめたかったのです……」



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