ep.91 「それが合法の国って、どこにも無いわ」
イロイーダ村から離れて、もと来た場所へと引き返す。
なんだかいろいろあったような気がするけど、結局のところは「道を通す」っていう頼まれごとの達成しかやっていない。
うん、本当に大したことはしてないんじゃないか?
わたしのことを色々言うけど、客観的に見れば実にこじんまりとしたものだ。
ランドヨットに、揺られながら、そんなことを思う。
「あるじがまた見当違いを考えている雰囲気を醸し出している……」
「そのようですね」
だからすぐ傍で内緒話はしないでほしい。
「先輩は、クレオの機微に通じています。どのようにしているのでしょう」
「予測と経験によるものだ」
「なるほど。たしかにクレオは大抵の場合、ぼくからすれば理解不能の考えを持っています。理性で考えてはだめなのですね」
「おそらく脳以外の場所で思考しているのであろう、反骨精神を体現する反骨が体のどこかにあるのだと考える」
「ひでえな、お前ら」
帰りはアマニアが主に操縦してた。
急ぐ必要もないから、ほとんどの場合は風まかせだ。
「ほら、わたしは割とつつましく生きてるだろ? このまま平和に帰国できればいいな、ってことしか考えてないって」
「後輩よ……」
「はい先輩」
「果たしてつつましく生きるものが、上位モンスターを支配下に置くことがありえるだろうか?」
「きっと、つつましいという基準がぼくらと違うのだと予測します」
「ほう」
「国を割る戦争が起きなかったのだからつつましい、きっとそんな判断です」
「なるほど」
「仲いいな、お前ら」
徐々に回復はしているものの、わたしはまだ上手く動けない。
魔力が回復してないわけじゃない、そうじゃなくて、こう、不適合を起こしてる感覚だ。
そう、曲がりなりにも上位モンスターを支配下に置いた。
夜会や薔薇や人形っていう共通項を持つデスピナと違い、本当に何もかもが異なる相手だ。そこから伝わるものが、不具合を起こしていた。
「うー……」
これは、支配関係を解消すれば解決するような問題でもないらしい。
少なくともスフィンクスはそう告げていた。
なにせそのスフィンクス自身が「異なる魔力」を取り入れてしまったことで狂乱した。
それだけやばい事態だ。
この「異なるもの」をちゃんと支配するなり消去するなりしないと、不都合が残ったままとなる。
うん、なので実はあのスフィンクスは、まだわたしの支配下だ。
手放すのは、ちゃんと支配してからのことになる。
「なんか、すげえ変な感じだ……」
「クレオ、気休めかもしれませんが、物語るといいですよ」
「なにをだよ」
「かのスフィンクスを、あるいはそれにまつわる物事を」
どういうことかと視線をやる。
「理解できないものを、人は受け入れられません。ですが、物語として正しく把握すれば、それは君の力となります」
「そういうもんか?」
「はい――情報は、正しく扱えば力となります」
「ふぅん……」
そういうもんか?
けど同時に、正しいことのようにも思えた。
アマニアは、そうやって世の中を把握した。自分では直接わからないものを、物語を通して受け取り、理解した。
「あいつ、どういう奴だったんだろうな」
「吾の後輩だ」
「余計なノイズ入れんな」
「むぅ」
なんとなく、思う。想像する。
かつて、イリオンという国があった。始祖七王国とやらのトップだ。
スフィンクスは、その時代から守護者をしていた。
イロイーダ村は、滅ぼされた国から来た者たちがたどり着いた。砂漠という他から隔絶した場所に居を構え、ようやく一息をついた。
あのスフィンクスは、ずっと付いていたはずだ。
長い長い時間を過ごした。
そして――
「わたしのことを優先して狙ってたよな、あれ、やっぱり怨み半分だったのか」
「どういうことですか」
「きっと……」
砂漠を横切りながら、ぽつぽつと話を続ける。
その大半は、たぶん間違った推理だ。事実から遠くかけ離れている。
けれど、長く続ける内に、わたしの内部で荒れ狂うものが、少しずつ大人しくなっていく気がした。
+ + +
先に行った軍勢とは、ほとんど同着だった。あまり急がず、イロイーダ村で休んでから出発したからだと思う。
あるいは、あんまり詳しくは知らないけど、道そのものに移動を補佐するようなシステムがあったのかもしれない。
わたしたちの無事を――もっといえばランドヨットの無事を誰よりも喜んだのは船長だ。船から引っこ抜いたマストが元へと戻る。
割と乱暴に扱ったし、アマニア越しとはいえスフィンクスの攻撃を受け止めてたから、見えないダメージが入っているかもしれない。
うん、実は隠れたヒビとかが入ってないといいな。
「意外と早かったわね」
「おうよ」
カリスにも出迎えられた。
「なにか事件は起きた?」
「いいや」
「……二人が貴女のことを「なに言ってんだコイツ……?」みたいな目で見てるのだけれど?」
「ちょっと知り合いが増えただけだよ」
「貴女の背後の二人が、鎮痛な面持ちで首を振っているわ?」
後ろを振り返る。
なんだその処置なし、手遅れ、致し方なしみたいなジェスチャー。
「まあ、いいよ、とにかく対外的にわたしは何もしていない」
「そういうことになっているという話よね」
「詳しいことはぼくが書きます」
「……話を盛るなよ?」
「事実だけしか書きません」
逆に不安になるのはどうしてなんだ。
「まあ、いいや、疲れたし、とっとと帰国しようぜ」
「絶対に船で戻るわ」
「三人であればギリギリ行けますね」
「なんだっけ、鳥とかで戻れるんだっけ?」
「はい」
「ねえ、聞いてる? 絶対に、絶対に嫌だからね!」
悲痛に叫ぶカリスの背後では、砂漠に通された道、そこを通って軍が戻っていた。
民の誰もがその道に触れないようにしてるけど、誰もがぽかんと口を開けて見た。
渡された道から戻ってきた兵隊。
その先頭にはシェリがいた。
彼女の手にはトロフィーを掲げるように、大きな片羽を掲げていた。
戦果を上げ、勝利して戻ってきたのだと気づき、最初はおずおずと、やがては大喝采で出迎える。
地味で行儀のいい雰囲気が嘘みたいに、歓声が上がる。
正直、あんまりいい気分はしない。
前のとき、短期留学生たちが通った際には、歓待する素振りすらなかったのにな?
「あれ、貴女、関係してるわよね?」
「あれをわたしが切ったかどうか、って話なら違うな」
「……珍しいわね、本当っぽいわ」
「どうやって判断してんだ?」
「貴女、案外わかりやすいわよ?」
そんな馬鹿な。
そしてわたしの左右の二人、どうして深く頷いた?
「ったく……」
悪態をつく間にも、軍隊は広間のような場所へと到着した。
たぶんもうわたしを起点として作成された「道」じゃない。別の形で作成されたそこに整列していた。
その最前列に位置するシェリが、兜を抜いだ。
清々したように外し、別のものを被る。
冠だ。
御付きらしき人が、黄金の衣服を彼女に着せている。
ひどく重そうだけど、とても豪奢だ。
シェリ。
正式には、テティシェリと言うらしい。
たぶんだけど、名字まで含めればテティシェリ・ファラオって名前なんじゃないかな。
王そのものじゃないけど、王家に連なる者だ。
そんな彼女が、本来の役割を取り戻した。
役割と人、この二つは違うものであるらしい。
身分によって仕事が固定化されないのはいいことだけど、誰もが役割に振り回されている。
今、軍のトップから王族へと役割を変えた。
そんな彼女と、目が、合っていた。
ばっちりと、ロックオンされていた。
「よし、すぐに逃げよう、すぐに島に戻ろう」
「はい」
嫌な予感どころじゃない。
だってテティシェリは、とても優雅に微笑んでた。
おい、散々やってくれたな、絶対にお前は逃さないぞ――そう言うかのように。
踵を返して全力逃走しようとするけれど、逃げ出す方向には当たり前みたいに兵たちがいた。
遠征から戻ってきたばかりの、わたしの顔をばっちり把握している連中だ。
「なあ」
「なによ」
カリスに訊く。
「……兵の静止を振り切って、ぶん殴って囲いを突破して、この国から逃亡するのって、やっぱり罪か?」
「それが合法の国って、どこにも無いわ」
強制連行という名の招待をされた。




