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夜会厄介 〜たまには薔薇も粉砕する〜  作者: そろまうれ
二章 フェダール国編
90/105

ep.90 きっとこれはそれくらいの話だ


軍勢はもと来た道へと去って行く。

砂漠を行くその姿は、どこか幻想的だ。


それを見送りながら、わたしはがっくりとその場に腰を下ろした。

さすがに疲れすぎた。


いや、というか、スフィンクスの魔力が流れ込んでぐるぐるだ。

なんか魔力の流れが上手い具合に整わない。


「大丈夫ですか」

「あー、うん」


長身で力強いアマニアが、肩を貸してくれていた。


デスピナという外部魔力の補給路があるとはいえ、根本的にわたしは魔力回復が難しい。

これだけ大量に使用してしまえば、しばらくの間は身動きも取れなくなる。


「くそぅ、せっかく自由の身になれたのに、またベッドに縛られる生活か」

「ぼくの血を飲みますか?」

「……う」


アマニアの言葉は、魔力的な補給の提案だ。

とてもありがたいもののはずだ。


だけれど、わたしに肩を貸してくれているアマニアから、なんかこう、邪悪な雰囲気が醸し出されていた。


「……ぼくはさんざん飲みましたからね、そのお返しです、持ちつ持たれつ、困った時はお互い様、特に深い意味はありません。ええ、本当に」

「なんで早口なんだ?」

「……クレオがぼくの血を飲んでくれたらどうなるか、どのような感覚になるのか、とても興味があるからです」

「うん、やめとくな?」


もう手遅れっぽいけど、これ以上アマニアを変な道に引きずり込むわけにはいかない。

友達同士で血を飲ませ合うような関係は望んでいない。


「そもそも、アマニアの場合、防護を突破して肌に傷をつけるのも一苦労だろ」

「はい、ですから、クレオの八重歯で噛みちぎってくれれば」

「よし、絶対やめよう」


なにが嫌って、それをしたらアマニアが喜びそうなのが嫌だ。


「首筋がいいです」

「だからやらないって言ってるだろうが」

「ガブッと、こう、勢いよくですね」

「話を聞けよ」


軽く頭突きをしたら大人しくなった。

どうして笑顔になったのかは聞かないでおく。


「あるじよ……」

「なんだよ」


デスピナは、より正確にいえばその人形は、真面目な顔でスフィンクスの横にいた。

さすがに片翼を取られるのはダメージなのか、スフィンクスの歩行に支障が出ていた。顔色も少しばかり悪い。

それを補佐し、支えることができる位置にいた。


「知っているだろうか」

「だから、なにをだ」

「そう、このスフィンクスは――吾が後輩なのだ!」


冷徹な人形の顔が「あはー!」という笑顔になった。その肩に乗るネズミはバンザイの格好をしている。

そんなの知ってる、とか言い出せない雰囲気だ。


「ああ、うん、良かったな」

「そう、喝采こそがすべてと考えていたが、これもまた悪くはないものであった! あるいは、そう、ひょっとして、これだけでは終わらぬのではないか!? 神ですら吾が後輩となる日がくるやもしれぬ!」

「無い」

「あるじ」

「なんだよ」

「そうたやすく諦めてはダメだ、吾は、期待している」

「そんなキラキラした目で見られても無理なもんは無理だからな!」


こんなこと、そうそう起きない。


「夢は大きく天界征服!」

「世界征服ですらないのかよ!?」

「そのためなれば、吾はいくらでも力を貸そう」

「なんか動機がだめすぎる!」


片翼を失ったスフィンクスは、コクリと小首を傾げた。


「……ワタシは、先輩と呼ぶべきなのですか?」

「うむ!」


ネズミは即座に頷いた。


「いや、別にこのネズミの言うことは聞かないでいいぞ」

「なぜ!?!???」

「世界が終わったみたいな面すんな」

「この先、かのスフィンクスに「先輩、一緒にごはん食べましょ?」などと言われることは、そうありはしないのだぞ!?」

「そもそもねえよ!」

「妙なことになりました……」


スフィンクスは、どこか呆れたようにこぼしていた。



 + + +



イロイーダ村に「傘」がかけられたことは、大半の住人には好意的に受け止められた。

日中の陽光が遮られたことを歓迎した。


片翼をなくしたスフィンクスのことも、驚きはしたものの受け入れられた。

狂乱し、ときに張られた結界に激突するようにしていた時分に比べれば、今のほうが良いと納得していた。


理性を取り戻した守護者は、子供が笑顔で抱きついても問題ないくらいだ。


「とはいえ、大変です」

「だな」


この村の村長であるイオアンナ・フォトプロスにとっては、むしろここからだ。

村長宅にて、今後のことを話し合う。

わたしは魔力が枯渇しすぎて寝そべる格好だけど。


「到着できないとはいえ、道が通されました、いつでも本国から兵が接近することができるようになっています……」

「悪いな」

「いいえ、これしか解がないことは理解してます、それに、決して悪いことばかりじゃない……」


傘として上に在ることはもちろん、「軍以外は触れない」ことも重要だ。

隣国からのちょっかいや、モンスターに対する牽制になる。


住民たちも触れたらミイラ化するのは問題だけど、実質的には変わった形の城壁が建てられたようなものだ。


「守護者様は、飛ぶことができない……」

「斬ったもんはそう簡単に生えないか」

「いえ、時間をかければ復元するとのことです」

「戻るのかよ!?」

「けれど、それもすぐじゃありません、年単位の時間を必要としてます――その間は、村人で手分けをして、見回りをする必要があります」


この場合、見張るべき対象は、道路敷設者だ。

半端に作成した「道」を延長されたら致命的だ。


どうにかして、これを防がなきゃいけない。


「がんばれ」

「人ごとですね」

「そりゃそうだろ」

「ここは、あなたのための村なのに?」


言葉につまる。

ひょっとしたら、もしかしたら、そうなのかもしれない。

この村の祖先の連中は、そういうつもりでこの村を作成した。だけど――


「知るかよ、ここはもう、お前たちの村だ。わたしのじゃない」

「守護者様は?」

「返すよ」

「否、すでに吾らのものであり、返却はできない」

「てい」


余計なことを言い出すネズミの額をついた。

「ぬぉ!?」とか言ってひっくり返る。まだ起き上がるのに苦労していた。


「色々あったけど、ぜんぶ成り行きだ、別に難しく考えるようなことじゃない」

「それでいいのですか?」

「ああ」


少し考え。


「ここで食ったメシは美味かった、対価は、それだけで十分だ」


一宿一飯の恩を返すために頑張った、きっとこれはそれくらいの話だ。



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