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夜会厄介 〜たまには薔薇も粉砕する〜  作者: そろまうれ
二章 フェダール国編
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ep.88 変わらずワタシはワタシとしてここにある


空気が張り詰めた。

軍が――武装した者たちが、その背後で圧力を上げた。


その中央に陣取るシェリ・ペルもまた、笑顔を変えないまま敵意を上げる。

うん、ドラゴンの舌を踏んづけたな、これ。


「……どういうことかな?」

「そのまんまの意味だよ、スフィンクスはもう村を襲うことがない、それを「道路敷設者見習い」として断言する」


役割の保証として持たされたカード、それを提示しながら言う。

見習いとはいえ「役割」の上での言葉だ、違えれば罰を受ける。


数秒の間、わたしの様子を伺う時間は、ただ風が砂を運ぶためだけに使われた。

それ以外は、何も起きない。

わたしがミイラとなるようなこともない。


「……嘘ではないようだ」

「ああ」

「む、村の代表として、その言葉に偽りがないことを保証します」


三角帽子のイオアンナもフォローした。

二人の人間が、それぞれの役割の上で断じた言葉だ。

そう軽々と無視できるものじゃない。


「……何が起きたかは、詳しくは聞かないでおく」


どういったことか詳細に言えば、わたしが「道路敷設者見習い」としての役割から外れるかもしれないことを危惧してくれた言葉だ。

正直助かる。


「だが、ここまで来て何もなしに帰るわけにもいかない、軍を村に逗留させ、それが事実であるかどうかを確かめる」

「それは、わたしの言葉を疑うってことじゃないか?」

「ここはフェダール国だ。正式に許可を得た上で国内を移動し、留まることになんの問題がある」


スフィンクス討伐の名目で村に来るのも、確認のための村に来るのも変わらない。

そのままなし崩し的に実効支配を行うことに違いはない。


「けど、それは無理だ」

「なぜだ? 君が嫌だからか?」


半ば揶揄するような言葉は、それこそ子供の癇癪だと判断したからだ。

ただのわがままだと思われている。

だけど、残念なことに――


「物理的に、それは行えないんだ」

「なにを――」


わたしは指をさす。

そこには、宙に浮かぶピラミッドがある。

道は、その頂点へと接続されている。


「軍は、道以外を移動できない。例外は戦闘が必要とされる状況か、村に到着した時か、そのどちらかだ」

「……そうだ」

「村って、どの範囲だ?」


何を言ってるんだという疑問の表情は、愕然とした気づきに上書きされる。

その視線の先にある構造物は、地面から浮いている。


「その範囲は、あの村に張られている結界だ。そして、あのピラミッドはその「結界」を覆う形で展開されている」


球状結界の頂点と、ピラミッドの頂点はだいたい一緒だ。

けど、ピラミッドの裾野は、結界の「外」に出ている。

つまり――


「ピラミッドの頂点から下がり、地面に足をつけた地点は「村の外」だ。この軍隊は、誰も村に到着することができない」


このまま道を上ってピラミッド頂上に到着したとする。その時点で村に到着だ。

けど、そこから斜めに下がれば、途中から村の範囲から外れる。

結界の外に出る――「村から再び出発した」ことになる。どうやっても村の敷地に足をつくことは出来ない。


かといってピラミッドを――「道」を壊すような行為もまた秩序に反する。

この道は5年間継続すると定められている。


「それもとなけりゃ、すべての大義名分を捨てて戦闘を始めるか? この軍勢は本当に村を助けるためのものか、それとも滅ぼすためのものか、答えてもらうぞ遠征軍責任者」



 + + +



当たり前だけど、わたしのやったことには多くのハッタリが含まれている。

少し考えただけで突破方法はいくらでもある。


人命の損失とか考えないのであれば、地面に誰かを放り投げ、灼かれてミイラとなったその上を「道」として歩けばいい。

距離があるから何人か必要となるけど、逆を言えばそれだけの被害で突破できる。


わたしのやったことは所詮、一時的な足止めだ。


だから重要なのは、そこじゃない。

重要なのはシェリ・ペル、彼女の判断を迷わせることだ。「この村に、そこまでする価値があるか?」と考えさせることだ。


この村のことを「役割のないものたちの子孫の村」だと言った。

そんなもののために、兵に死ねと命じることができるのか?


「私は――」

「それと、たぶん勘違いしていることがある」

「……これ以上なんだ?」

「この村の戦力は、減っていない。軍を派遣したからって、好き勝手はできない、いままでがそうだったようにだ」


注目していたピラミッドのその向こうから、飛び立つものがある。

巨大なそれは、両手に翼を生やし、ライオンの下半身がある。


「――っ」


顔色を変えて、手を挙げる。

その指揮に背後の軍勢が緊張を高めた。

上位モンスターの出現に対して当然の反応だ。けど――


「わたしは「スフィンクスは村を襲わない」と断言した! 道路敷設者見習いとして、これを断じた!」


そのシェリの即断の機先を制す。


「その上で戦闘を命じることは、「正しい」ことか?」


もしかしたら、それは秩序マートに反するんじゃないかと示唆した。

対処を命じた途端、全身が干からびるのでは?


「……君は何をした」

「大したことはしてない」


うん、本当にそうだ。

だからそんな嘘つきを見る目をしないでほしい。


「ただ、スフィンクスから余計な魔力を吸い出してから補給しただけだ」


もともと狂乱していた理由は、この国の魔力と合わず、不適合を起こしていたからだ。

その不適合となる部分を、「道」を使ってすべて消し飛ばし、その後で賦活した。


ただ――


「いいえ」


乱雑な力任せの飛行とは違う、あきらかに魔力を利用してのそれは優雅な着地を成功させる。

巨体が砂漠の砂をまるで動かさないまま、近くに降りる。


「あの行いを、「それだけ」と表現することは、不適です」


完全に正気を取り戻したスフィンクスが、そこにいた。

その上には人形コーキィアの姿を取るデスピナと、アマニアも乗る。


ただ降り立つだけで、そこに内在する存在が他を圧倒した。

王家の守護者、あるいは死の使いとしてあることが納得できる姿だ。


「ただ、以前と変わらずワタシはワタシとしてここにある。その事実をアナタがたに告げます」


それは、イロイーダ村の戦力が回復したことの宣言だ。




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