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夜会厄介 〜たまには薔薇も粉砕する〜  作者: そろまうれ
二章 フェダール国編
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ep.87 「なぜ、あんなものを造った?」


道路敷設責任者でもあったシェリ・ペルは嫌な予感がしていた。


「道」が通されたのは、いい。

それにより軍が待っていましたとばかりに進むことも、計画通りといえばそうだ。


望まぬ命令を実行しなければならないことは憂鬱だが、それもこの国に生きるものであれば致し方がない。

誰もが秩序マートに殉じることを常としている。


違反者が、怠惰な者が、あるいは老人や、泣きわめく赤ん坊が死ぬことは秩序マートのためであり、それに守られているからこそ人々は安寧を手にしていられる。


今更、手放すことなどできはしない。


「どういうことだ……」


しかし、シェリは行軍の大休憩の最中、目的となるタフォス村を遠眼鏡で確かめ、思わず言葉を漏らした。

そこに、村はなかった。いや、より正確に言えば「妙なもの」が鎮座していた。


太陽光を反射し、巨大に在る。

よくよく見れば、浮いているようだ。

構造物の頂点には、いま歩いているこの道が接続されている。


そこにあるのは、ピラミッドだ。


正四角錐というには歪に広がるそれが、巨大な日傘のようにタフォス村に覆いかぶさっていた。

今歩いている道も徐々にその角度を上げている。


「……」


いや、だが、問題はないはずだ。

たしかに「回り道」こそ強制されるが、村にまで軍隊が着くことができることには変わりがない。


また、最大級に警戒していたスフィンクスの姿がない。

周囲を飛ぶ様子も見受けられない。


あの守護者の狂乱を把握し、退治に赴いた。それは名目上であっても、いや、名目上の大義名分だからこそ、きちんと行うつもりでいた。


年単位の道作成は、それだけの時間が必要だと考えたからこそだ。

今や滅んだとはいえ、かつての大国、イリオンの守護者を甘く見るつもりはない。


打ち込んだ楔――「この国の秩序マートに従う」ことすら、狂乱の果てに無効化しているかもしれないのだ。

一度の戦いでは終わらず、長く時間をかけてその体力を削るしかないと思えた。


その際、「スフィンクスの体力の基」を削ることも、考慮しなければならない。


タフォス村に張られた結界が、現状ではそれを行っている。村人の余剰魔力をスフィンクスへと移譲している。


上手く結界の解除ができればいいが、数年が経っても無理なようであれば、別の方法を考える必要があるだろう。


最悪の選択ですら、視野に入る。

多くの兵隊を引き連れているのは、そのためだ。


「!」


隊列がシェリの前で盾を構えた。

弓矢兵が一斉に魔術弦を張り、魔術師隊は盾兵の背後から標的を睨む。


警戒の陣形だ。

近づいてくるものに対応した。


「戦闘移行は許可しない、そのまま警戒を続けよ」


シェリは手を上げ、それだけを伝える。

遠眼鏡を外して砂漠を見れば、一隻のランドヨットが接近していた。


それは帆を操り、砂飛沫を上げながら近くで止まる。


「よお」


長柄のトンカチを片手にそう言う表情を見て、シェリの嫌な予感は確信へと変化した。


コイツだ。

コイツが、何かをやらかした。



 + + +



「ごくろう」

「言われた通り、道を通したぜ」


そのヨットには、見習いとして任じた彼女だけではなく、村の代表であるイオアンナ・フォトプロスも乗っていた。どこか申し訳なさそうに、三角帽子を下げた。


「道は、たしかに村まで通っているな」

「だろ?」


あのピラミッド状のものを「道」とするのならではあるが。


彼女はどこか不思議そうに、軍隊装備をするシェリのことを確かめ。


「今のあんたは道路敷設者じゃない、そういうことでいいか?」

「そうだ」


この辺りの独特のシステムは、国外の者からは奇異の目で見られる。

役割とは永続するものでも固定化したものでもなく、ときに切り替わるものだ。

それを理解するからこそ、その無礼な物言いも見逃すことにする。


「今の私は、遠征軍責任者だ」

「へぇ?」


面白がるというよりも、どこか好戦的に唇を釣り上げていた。


「身分や役職ではなく、役割。役割だからこそ、好きに付け替えられるってことか?」

「私自身の意思ではないけれどね、王命によるものだ」


昨日までパンを焼くことしか許されていなかったものが、今日から鉄打ちの鍛冶職人の「役割」となることは珍しくない。

大抵は自らが望む役割を得るが、上位者からの命令となれば、この拒否は難しい。


命令違反。それもまた秩序を乱す行いだ。


「じゃあやっぱり、わたしはその道にあんまり近寄らないほうがいいな」

「設置直後であればともかく、今となってはこの道は兵たちのためのものだ。それ以外の役割が接触すれば、酷いことになるだろうね」


広々とした行軍道路とランドヨット、異なる場所の同じ高さで二人は会話をしていた。


「……それで、どういうつもりだい」

「なにが?」

「なぜ、あんなものを造った?」

「わたしは、見習いとはいえ道路敷設者だ。ちょっとくらいアレンジをしてもいいだろ?」

「この国の保有魔力を余計に消費したことは、場合によっては罰となる」

「下のピラミッド部分は、わたし自身の魔力を消費して作成したものだ、この国のものは使っていない。道が浮遊状態で固定されているのはデフォルトのはずだ。なにも問題ない」


砂漠は常にその姿を変える。

一晩立てば砂山が別の箇所へと移動していることなど珍しくない。


固定するための土地が流動的である以上、半ば空中固定しながら魔術道は作成されている。


「……役割を逸脱する行いはしていないと、そう言いたいのかい」

「わたしはきっちり道を通した。村の範囲と王国の範囲、この二点間を繋いだ。わたしに課せられた役割は、たったそれだけだったはずだ。たかが見習いに、それ以上を求めるのか?」

「……」

「そもそも、なんでわたしを見習いとして派遣した」

「それについては、私からも聞きたい」

「なんだよ」

「君は、過去に何をした」


睨みつけ、ずっと疑問だったことを問う。


「王は、君がこの国に来て以降、常に不安定かつ不機嫌だ。滅多に行わない勅命を何度も発した。留学生たちについてかと思っていたけど、違う。すべて君を対象としたものだ。君を苦しめ、あるいは死亡しても構わないような命令を続けている。この村への派兵ですら、もともとは長く時間をかけて、より穏便に行う予定でいた」

「へぇ」


留学生が通る道路が、時間ギリギリだったのも王命だ。

まるで何かを確かめるかのように、あれは行われた。


道路敷設者見習いとして、タフォス村へと派遣したのもそうだ。

当然これを受けるだろうと確信すら込められていた。


どれもシェリは疑義を挟んだが、王は再考する素振りすらなく実行を命じた。


「答えてくれ、君は何者だ」

「たぶん、その王様とやらの勘違いなんじゃないか?」

「……王が完全無欠であるとは言わない、だが、長く執着し続けることは稀だ」

「わたし、王様に惚れられた?」

「……申し訳ないが、その……」

「容姿のことは自覚してるから、いっそ思いっきりツッコンでれないかなあ!」

「はは、申し訳ない」

「クソ、まあいいや」


頭を振り、真剣な顔で向き直る。

あるいは、これが彼女の本当の表情であると思えた。


「シェリ・ペル、一つ頼みがある。いや、頼みというか忠告かな」

「……なんだろうか」


未だに警戒体制を続ける軍隊、それらを指差し。


「今すぐ軍隊を連れて引き返せ、このまま進んだところで意味がない。問題は、もうすべて解決した」




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