ep.86 この村の守り
単純化すれば、問題点は二つ。
スフィンクスが強いことと、村に防衛力がないことだ。
スフィンクスが強いから、色々と問題になっている。弱ければ退治してすぐ解決だ。
イロイーダ村の人々が強ければ、自分たちの手で達成できた。国から派兵されてもあまり問題にはならずに終えた。
前者はわたしがなんとかするとしても、後者の方はすぐには解決しない。
守護者という防衛力に任せきりで、この村では戦える人の数が少なすぎた。
わたしたちという「異物」が我が物顔で歩いていたのに、誰も因縁をつけてくることすらないのはダメだ。
村の外は秩序が覆い、そこを抜けるようなものならスフィンクスが対応していたからだ。
根本的に、自衛の発想が薄い。
時間が必要だ。
それこそ5年とか10年くらいの間がいる。
「まあ、なんとかするか」
気分を上げるために長柄のトンカチを構え、二人に視線を送る。
すでに、わたしが何をするつもりなのかは伝えた。
デスピナは文句たらたらだったけれど、
「ふむ……心を込めて吾を褒めるように」
「わかった」
結局はそれで納得してくれた。
アマニアは、プランそのものには反対じゃないみたいだけど、
「ぼくは、クレオの調査がもっと必要です」
「これ以上?」
「はい」
「……もう少し考えさせてくれ」
なぜだが、わたしに対する調査意欲に燃えていた。
けど、これ以上は本当にプライバシーがゼロになるから勘弁してほしい。
一人でぼーっとする時間とか、けっこう好きなんだよ。
わたしは村近くに陣取り、アマニアとデスピナの二人はランドヨットを使い、もう少し前へと移動する。
砂の海をヨットが移動する様子は、少しだけ気持ちよさそうだ。
「さて」
太陽が昇る。
じりじりと砂を焼き、その温度を上げる。
真っ昼間にもなればパンを焼くための調理用として活用できるくらいの温度になる。
とてもじゃないけど活動できないような環境を、スフィンクスは飛ぶ。
わたしが村からほんの少し離れた途端、待ってましたとばかりにまっすぐに。
女性の上半身に、両手は鷲の羽、その下半身は獅子のそれだ。
羽の大きさとして、とてもじゃないけど飛行なんて出来ないはずなのに、そんな道理を無視して空を駆る。
ツバを飛ばして喚くその顔がなければ、間違いなく神聖だと思えた。
その狂乱した目は、わたしだけを睨んでいた。
「……正直、勘違いだと信じたかった」
まだ遠いけれど、間違いなくその目と合っている。
それがどういう感情に由来するものかはわからないけど、妙に執着されていた。
いや、違うのか?
敵だと認識されている感じか?
たぶん逆恨みの類なんだろうけど。
「知るか」
そういう因縁や執着に付き合う義理は、わたしにはない。
+ + +
スフィンクスはわたしを狙う――
そうと分かれば取れる手がある。
遠ざかるヨットを目に止めながら、わたしは宙に作成した板に乗る。
更に上にはまた別の板がある。幾重にも連なるそれは、事前に作成したものだ。
それらをトントンとテンポよく、階段を駆け上がるように斜めに昇る。
時には長柄のトンカチも利用して加速し、狙う高さにまで陣取る。
「よし」
地面を滑走するように飛ぶモンスターはその角度を変えた。
羽ばたき、わたしの駆け上がる動作に追随する。
まるで砲弾に自動追尾されてるような気持ちになる。
空を飛ぶモンスターというのは、それだけで厄介だ。
こちらに出来ることが限られる。
けど、そう、「わたしを狙う」ことは、その移動ルートをこっちで誘導できることを意味する。
遠くから来るスフィンクス、事前にそのだいたいの位置はつかめていた。
だからこそ、そちらへとランドヨットを向かわせた。
「――」
移動を続けるランドヨットの帆柱の頂点には、アマニアがいた。
前日をなぞり直すような位置関係。
けれど、なにもかもが違う。
「行きます……」
そこからさらに、跳躍した。
スフィンクスの眼前へと躍り出る。
どうあっても避けられないタイミングと速度だ。
吠え立て、獅子の爪で裂こうとするけど、通じない。
その攻撃はアンドレウ家の秘伝を通過しなかった。その全身の魔術紋が光り、一切を通さない。
もっとも、効かないだけだ。
結界で覆われた人を、結界ごと動かすことはできる。
攻撃が通じない感触に嫌そうな顔をしながらも、邪魔者を弾き飛ばそうとするけれど――
「無為」
アマニアの肩には、デスピナも乗っていた。跳躍位置の背後に板を作り出し、固定した。
光る魔術紋が、後方のそれも同様に無効化する。
普通なら破裂してしかるべき圧力ですら通用しない。
モンスターの突進が止まる。
砲弾のような威力が空中で縫い止められた形だ。
気軽に弾き飛ばす一撃は、空中での奇妙な停止に姿を変えた。
「雷よ」
「征け」
その機会を逃さず、アマニアとデスピナ、二重の雷撃が発動した。
それは砂漠の太陽よりも激しい白となって辺りを染め上げた。
スフィンクスの絶叫が上がる。
普通なら、これだけ決まると思える一撃。
村人たちが唖然とした様子が見て取れる。
「グィれアぃあらァ!!!」
けれど、倒しきれなかった。むしろ殺意を掻き立てた。
さらに力を込めて前足を振り抜いて、アマニアを固定化した板ごと吹き飛ばした。
その魔力の余波だけで、地上のランドヨットが横倒しになったほどだ。
二人が弾かれる。
高く放物線を描いて落ちる。
送風魔術を使い、なんとかしようとしているのがわかる。
スフィンクスとわたしとの間には、何もなくなる。
「うん、この角度だ」
すべて、望んだ通りだ。
わたしは一時的に返してもらった形見を握りしめながら、八角形のそれを「宙の魔法板」へと刺した。
そう、今のスフィンクスは、こちらの望んだまさにそのポイントにいる。
「道路敷設者見習いとして――『道の作成を命じる』」
瞬間、おぞけのようなものを感じた。
周囲一帯の魔力が吸い込まれた。
この国そのものが、魔術の発動の後押しをする。
空中であっても、魔術機構は問題なく発動した。
「道」が、伸びた。
フェダール国がある方へと。
なにもない場所であっても関係ないとばかりに固定化し、落ちることもなく、巨大に突き進む。
「グィぉ!?」
その間にいる、スフィンクスを吹き飛ばしながら。
これは、国の法に従う存在だ。
守護者であっても変わること無く効果を発揮する。
道を踏み外した学院生の足が瞬時にミイラ化したように、激突した部分から魔力を容赦なく吸い取った。強大な魔力が縮むのがわかる。
けどそれは、激突した瞬間だけのことだ。
さしたるダメージにはならない。
道の激突による錐揉みを、強引に羽を広げて止め、わたしを睨んだ。
殺意に染まりきった黒い眼球だ。
「――ッ!」
声にならない咆哮を上げて、突進する。
道に触れず、その上を飛行した。
わたしへの最短経路は、そこだ。
道は完成しきっていないから、こっちは身動きが取れない。
弱った獲物を屠れることの歓喜の声を上げ――
「よいしょ」
「戻るがいい」
放物線を描き、落下し、この道へと着地していたアマニアとデスピナの人形が、引き戻した。
弾き飛ばされた二人は、この空中道へと着地していた。
アマニアのそれは、完全無効とはいかないけど、この国の罰則に拮抗できる。
デスピナに至っては、そもそもが法の外だ。
どちらも短時間なら接触しても問題がない。
二人がかりで「瞬間的に弱体化したスフィンクス」の両羽つかみ、道へと押し付け、その巨体の上へと乗る。
その顔が唖然としたのは一瞬だけだ。
「ギィぃいあああああ!!!」
すぐに全身から、煙が上がった。暴れる動きは瞬間的に弱体化し、学院生の拘束すらほどけない。
魔力の一切が削がれ続ける。
「まだだ!」
同時に、わたしは形見のペンダントを握り、魔術を発動させた。
攻撃でも防御でもない、作成のための魔術を。
この村の守りとなるものを。




