ep.84 色々な意味でこの国は窮屈だ。
いくら考えたところで、いい案が出ることはなく、しばらくは休憩ということになった。顔を突き合わせて悩んだところで考えが浮かぶことはない。
わたしはプラプラと町中を歩く。
ポケットには当然のようにデスピナがいた。
ついでのようにアマニアもポケットに入ろうとしたけど、物理的に無理だ。強引に引き剥がした。
今はわたしと腕を組んで歩いている。
「先輩、ずるい……」
「ふ、この場所こそが吾の住居」
「違うからな?」
オアシスを中心に作られた町並みは、小さいけれど機能的だ。
日干しレンガで作成されているから、それほど彩り豊かなわけじゃないけど、静かな活気みたいなものがある。
太陽の日差しを避けながら、各々がのんびりと動いている。
わたしたちの上には、デスピナの作成した魔力板がある。
日傘代わりのものだけど、けっこう便利だ。
「壊れてないな……」
「む、吾の魔術はそこまで脆弱なものではない」
「違うって、この町のことだよ」
周囲の、綺麗な町並みを指し示す。
「あのスフィンクスは守護者とやらなんだろ? 以前は自由に出入りしていたはずだ、けど、屋根とかに傷がついてる様子がない」
建物はそれなりに年季が入っていそうだけど、経年による劣化はあっても、巨大モンスターが乗ったから壊れたというものはない。
「注意深くて、優しい奴だったってことか」
「それだけではないでしょうね」
「というと?」
わたしの疑問に、アマニアは人差し指を立てた。
表情には出ないけど、どこか自慢げだ。
「国というものは異なる力を嫌います。異物を取り込み、自らの支配下に置こうとするものです」
「まあ、そうだな」
「そして、あのスフィンクスは強力な「戦力」です」
「うん?」
「放置するはずがありません」
三国の中間点に作られた図書館という微妙な立ち位置の出身だからこその、実感の籠もった発言だ。
少し考えてみる。
もし、高速で移動して、強力な魔力を操り、上位者とは別のやつに従うようなモンスターが、学園に住み着いたらそうなるか。
「つまり、こういうことか?」
ポケットの中を示しながら続ける。
「コイツは、この国の法に囚われていない」
「うむん」
わたしの指で撫でられ目を細めているネズミは、鼻息が荒い。
「けど、コイツくらい強いやつがこの国に長くいれば、どうにか法の内に入れようとする、何とかして縛る」
「はい」
「この国は、厳法と役割の国だ。あのスフィンクスにも、何かの役割が与えられた」
「そして、それは今も変わっていないと思われます」
「ふぅん」
ここの村人に被害が出ていないのは、結界だけが理由じゃないのかもしれない。
法によって「スフィンクスが村や村人を傷つけること」が禁じられたのかも。
本能的に「ここの村人を襲ったら破滅する」と認識しているからこそ、無事で済んでいる。
「で、旅行者だったり見習いだったりのわたしたちは、その適応外ってことか」
「はい」
嫌な話だ。
別の国からついてきた守護者なのに、それですら強引に取り込んだ。
色々な意味でこの国は窮屈だ。
役割と法が最優先で、個人が好き勝手することを許さない。
だからこそ、フェダール国とこのイロイーダ村とでは、雰囲気からしてまったく違う。
どっちが良いってことでもないんだろうけど――
まあ、鼻水垂らした子どもがわたしにぶつかって、にへらぁ、って感じに笑う様子は、きっと都では見れないんだろうなと思う。
「あぶねえぞ」
「ねー」
「いや、ねー、じゃなくて。前をちゃんと見ないと危ないって話だよ」
急いでその親らしき人が謝り、引き戻して行った。その光景の向こうでは、スフィンクスが飛ぶ姿が遠く見えたけど、誰も気にした様子もない。
さっきの子供は、スフィンクスに向けて手を振ってすらいる。
きっと、昔からある当たり前の景色だ。
正気をなくした後であっても、まだ変わっていない。
「君は子供が嫌いなタイプだと思っていました」
「そうか? そりゃ酷い誤解だな」
「……ぼく、少しの間だけ赤ん坊になってみたいのですが、いいでしょうか?」
「尊厳の自己破壊はやめろ」
「残念です」
うん、事情を聞いたけど、やっぱり根本的には理解できそうにない。
その理解できない奴は、わたしの腕を取って離さない。
みじかい目抜き通りを抜けた先には、未だに放置してあるランドヨットがある。
物珍しそうに何人かが見ているけど、遠巻きにするだけで触れてはいない。
好奇心旺盛な子供を、親たちは必死に抑えている。
割と人が良さそうな人たちだけど、何の対策もなく放置してたら、いくらかものが盗まれていた。
厳法と役割が及ぶ地帯に置いてあるからこそ、「ちょっと珍しいものだから、記念にちょっと持っていくか」ってことが起きていない。
そしてー―
「う」
「む」
「おお」
村の範囲から出た途端、奇妙な感覚を覚えた。
周囲の空気が、やわらかなものから刃へと変わる。
「違うな」
「はい」
「むぅ、これは、監視されているのか……?」
こっちの一挙手一投足のすべての行動に判定がくだされている。
正しいものかどうかをジャッジされている。
そういう雰囲気が感じ取れた。
「ちょっとでもミスれば喜んで奪い尽くす、クソみたいな魔術要素だ」
「あるじ……」
「……発言すら、下手すればアウトか?」
「そうであると吾は思う」
イロイーダ村という自由からの落差があればこそ、より明瞭にこの国の不自由さが感じ取れた。
呼吸をすることすら国の許可がいる。
「……将来なにがあってもわたしはこの国には来ない」
「それはフラグでは」
「決意表明だ」
「叶うといいですね」
「アマニア、失敗するの前提みたいな言い方やめて?」
言いながら、ランドヨットに置いた八角形の魔術起点を確かめる。
ただの薄青い透明な結晶体にしか見えないけど、今はこれが重要だ。
「デスピナ、頼む」
「諾、任された」
ネズミがその小さな手で結晶体を持ち、よくよく確かめる。
走っている最中じゃできない調査だ。
「アマニアは、暑いから腕を離そうって気にはならないのか」
「はい」
心底不思議そうに頷かれた。
「お前のそのスティグマだっけ、それでここの罰って防げないのか?」
「ええ、おそらくは」
しばし考え。
「完全に効果を発揮することもないでしょうが、すべてを無効化することは難しい。ぼくたちの始祖が作成したものです、この国のそれとは同格です」
アマニアがここに来てから時折見せる、居心地の悪さのようなものの原因だ。
その防護が取り除かれることを望んではいるけど、それは「別の不自由を得たい」ってことでもない。
「それでも、対抗できるだけ羨ましいけどな」
「クレオでも無理ですか」
「どんだけ魔力を込めても取り込まれるだろ、これ」
「なるほど」
たぶん、アマニアなら道を外れても数歩くらいなら防護で耐えられる。
わたしはせいぜい数秒だけミイラ化の時間が伸びるだけだ。
「むぅ」
ネズミは八角形のアイテムの前で、難しい顔で腕組みをして唸る。
「これは、酷い」
「デスピナ、わかったか?」
「うむ、5年だ」
「は?」
「港で道を作成した際、道の構成には時間の制約があった。これは作成するよりも前に設定され、決められている」
「ああ、そうみたいだな」
たぶん、そう区切ることで魔術的な強度を強くした。
「この結晶は、兵のみが渡ることが出来る通路を作成するものであり、その構成は5年間と設定されている」
「――」
言葉が出ない、それはつまり……
「あるじよ、この魔術道は、完全に派兵を前提としたものだ」
起動した途端、5年もの間、村人では触れることすらできない、兵士だけが通れる道が作られることになる。




