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夜会厄介 〜たまには薔薇も粉砕する〜  作者: そろまうれ
二章 フェダール国編
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ep.83 なんだよ、そのダメなヒモを見るみたいな目



案外あっさりと、村に入ることはできた。

最悪、取り囲まれて袋叩きにされることも想定してたけど、むしろ、のほほんとした雰囲気すらある。


フェダール国の、あのピリピリとした様子とは正反対だ。

ひとつ間違えれば死ぬかもしれないという恐れがない。


村長の建物はそれなりに高いけど、他とはあまり変わってない。

ちょっとだけ豪華かな、という程度のものだ。


「どうぞ……」


当たり前みたいにそこを通され、歓待するための部屋へと座る。

なぜかわたしが主賓位置だ。


自己紹介をし、こちらの用意した手土産を渡すなどの儀式めいた挨拶は済ませた。出されたミントティーに口をつける。

爽やかに涼しいけれど、ちょっと、いや、かなり苦い。


砂糖をドバドバ入れた美味いんだろうけど、貴重な水分だ。

残さずいただく。


「確認したいんだけど、いいか?」

「はい」


優雅に飲んでいるイオアンナの様子を邪魔するようで心苦しいけど、訊かなきゃいけないことがある。


「この村に道を通すことは、都合が悪いのか?」

「はい」


迷いのない断言だ。


「とても迷惑です」


ミントティーを飲む様子が苦そうなのは、きっと味だけが理由じゃない。


「けど、道がなければ、それはそれで村が滅びます……」


胸元のネズミが首をかしげる様子が伝わる。

横に座るアマニアもわずかに目を開く。


「説明します……」


あのスフィンクスは、もともとこのイロイーダ村を守っていた。

代々の村長と契約を交わし、この地を襲うものを撃退していた。


自由に空を飛ぶ戦力がいたからこそ、他のモンスターや、ちょっかいをかける隣国や、フェダール本国の干渉を跳ね除け自主独立を獲得していた。


だが、スフィンクスのもともとの生息地から遠く離れたこの場所で、変化せずにいることは難しい。

魔的な生物だからこそ、この地の魔力に干渉され、変質した。


狂乱し、理性を保てなくなった。どれほど宥めてももはや通じず、どうにか「村のものを襲わない」だけの理性を保つだけで精一杯だ。


「そのため、わずかにあった交易も最近ではできません」

「だから、守護者だけれど排除したい、ってわけだ」

「はい……」

「けど、恩人でもある」

「……子供の頃、よくあの羽で頭を撫でてくれました」


倒さなければならない。

だが、倒したくはない。


そんな葛藤だ。

狂乱したスフィンクスはもとに戻ることはなく、悪化の一途だ。

なにせ、原因はこの国の風土やら魔力そのものだ。


このままではいけないと、頭では理解できている。


「えーと、確認するぞ」

「はい」

「この村の守護者だったスフィンクスは、狂乱した。このまんまじゃヤベえけど、倒すのも忍びない」

「はい、そうです。また、道を通せば、そこから兵も来るはずです」

「だろうな」

「その兵たちは、きっとこの村を占拠します」


口だけでは上手いこと言うのかも知れないけど、実質それを行うはずだ。

けどこれ、ほぼ完全に詰んでないか?


あのスフィンクスを倒しても、国にここが占拠される。

かといって倒さないことも事態の先送りだ。交易を封じられたこの村が、疲弊し続けることになる。


「なあ」

「はい」

「なんで、わたしにそんなにペラペラと内情を喋ってるんだ?」

「馬鹿な言い伝えがあるから……」

「言い伝え?」

「この村は、ある人のために作られたものであり、いつしかその人を向かいれるためのもの。かの英雄はきっとやって来る……」

「へぇ」

「こんなの、誰も信じてない……」


それでもすがりつきたくなったと、その疲れた目が訴えていた。



 + + +



いろいろ考えるけれど、時間ばかりが過ぎる。

そうして、形ばかりだけど、歓迎の宴が催された。

夜のディナーじゃなくてランチだけど、割と無理をしてくれたみたいだ。


羊肉が出ているのは間違いなく歓待の証だ。

羊を一頭潰すのは、交易がなくなったこの村だと相当な痛手のはずだ。


固くて平たいパンに、いくつか小石とか砂が混じっているのは御愛嬌。

それでも、ありがたくいただく。


これを残すのは「お前らが飢えを覚悟してまで提供したもんは口にできねえ」という最悪の拒否だ。

食べた以上は応える義務がある。あまり豊かではない土地の、限られたリソースを得ることの対価だ。


「とはいえ八方塞がりだ」

「やはり……」


わたしは変わらず主賓の位置にいた。

食事をしながらも、定期的に切り分けた羊肉やパンをアマニアの口に放り込んでいるのが主賓ならだけど。


「問題は、スフィンクスだ」

「ほうですね」

「アマニア、食ってから言え」

「はい」


日干しレンガで作られた住居の中は、案外居心地がいい。

レンガといってもキレイに均されて、一見するとそうは見えない。


天井の魔法光に照らされる様子は、清潔な洞窟みたいに見えた。

まだ昼間だけど、窓もないから薄暗い。もちろん、椅子とか机とか料理とかが並んでるから、ちゃんと文明的ではあるけど。


その中で、わたしたちと村長のイオアンナは食事を続けた。


「うみゃ……」

「デスピナも黙って食え」

「諾」

「――」


デスピナのことは、誤解を招きそうだから紹介していない。

ただ疑惑の目は向けられている。


「あのスフィンクスをどうにかすれば解決、って話ではあるんだよな」

「ですが、打倒すればすべての問題が消えるわけではありません」

「だな……」


仮にぶっ倒したら、この村を守るものがなくなる。

派兵は、たとえわたしが断ったところで実行される。


道を通した段階で、この村は白旗を上げたも同然になる。


「というか、ひょっとしてわたしが道作成のアイテムを使わず戻ったら、「役割を果たしてない」ってことにされるのか?」

「そうなるでしょうね」

「うむ」

「……この村の中にいる限りは、安全ですよ」

「うわぁ……」


この村だけじゃない、わたしもまた詰んでいた。

何も仕事をせずに村を出れば、その瞬間にミイラとなる。


回避するには、この村に居続けるしかない。

将来の夢のひとつが世界旅行のわたしとしては絶対に拒否したい。


「……あのスフィンクス、強さとしてはどんなもんなんだ?」

「うむ、吾が思うに相当なものだ。その魔力量や膂力以外に、この土地に適応した強さを持つ。なにもないこの砂漠地帯にて、飛行者からの攻撃を避けることは難しい」

「あの……?」

「わたしの腹話術だ」


ネズミが滔々と喋る事実を勢いでごまかす。


「ふしぎ……」


それで納得されるのも、それはそれで大丈夫かとは思うけど。


「あのスフィンクスを打倒し、余分な魔力を吐き出させることができればいいのですが」

「アマニア、それが無理に近いって分かって言ってるよな」

「はい」


パンから丁寧に小石を取り除き、十分に確認したものをその口に放り込みながら言う。

アマニア、砂はもちろん小石でも平気で食おうとするんだよな。


「戦力として見たとき、クレオは役に立ちません。ぼくもまた自衛戦闘だけです。こちらからの先制攻撃はできないでしょう。先輩だけがこの軛から解き放たれていますが……」

「さすがに吾だけでは厳しい」


トウモロコシを目を閉じ味わいながらネズミは言う。


「守護者と言ったか、たしかにその名称にふさわしい実力があると思える。あれほど狂乱はかの者にとってマイナスの要素しかないはずだが、それでも十分過ぎるほどに危険だ」

「……狂乱前だと、魔術とかも使えるのか、ひょっとして」

「はい」


厄介どころの騒ぎじゃない。


「こっちの戦力は半減、けど、向こうの戦力も半減。ただし、飛行移動ができるって差がでかすぎる、そんな状況か」

「ある程度であれば、誘導は可能であろう」

「え、どういうことだよ」


少し考えるけど、そんなことができるとは思えない。


「ああ、たしかにそうですね」

「んん?」


二人にはわかっているけど、わたしにはわからない。

どういうことかと首をひねるけど、まったく思い至らない。村長も三角帽子を傾けて疑問を呈してる。


「簡単です、あのスフィンクスは、クレオを優先的に狙っていました」

「は?」

「うむ、操船に意識を裂いたために気づけなかったのかもしれぬが、あの者は常にあるじだけを睨みつけていた」

「……なんで?」


心からの素の疑問だったけど、なぜか二人には非難の目を向けられた。


「……道作成の魔術起点を狙った可能性もありますが」

「そのような戦術的な思考が行えるか疑問ではあるな、かの守護者は狂乱している」

「ええ」

「うむ」

「いや、なに言いたいんだよ」


なぜか、じぃ、っと見つめられ続けた。

物言いたげな感じに。


「クレオ、また何かを忘れてはいませんか?」

「そなた、きっとなにかやらかしたのであろう」

「君の過去の行いの被害者が、また増えることになりますか」

「実はあるじは記憶喪失の類なのではないかと疑うことがある」

「確かに二人には悪いことをしたけど、今回はマジでなんにも憶えがない! 本当にない! というかわたし、この国に来るのも初めてだろうが!」


二人からの疑いが張れることはなかった。なぜか村長は納得したように頷いてた。

なんだよ、そのダメなヒモを見るみたいな目。違うからな?




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