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夜会厄介 〜たまには薔薇も粉砕する〜  作者: そろまうれ
二章 フェダール国編
80/105

ep.80 クレオの友人であり彼女を書き記すもの



帆を張り直し、再び向かう。

最初の加速をつけるために送風魔術を使用するが、あとは順調に加速する。


「デスピナ氏、起きていますか?」


冷え切った体を温めるため、ふたたび毛布と帆布に体を包みながら、アマニアは訊いた。


「……吾は寝ている」

「うそつけ」


クレオが操船しながらツッコミを入れた。


「あんだけ寒いのに、まったく身動きしないから逆に気付いた」

「むぅ、吾の気遣いを褒めてもいいのだが?」

「それは助かった」

「であろう?」

「ひとついいですか」


再び温かい暗闇の住人だ。

徐々に温もる様子がある。

アマニアにも、クレオと接している部分だけ、それを感じ取ることができる。


「なんだ?」

「いえ、クレオではなく、デスピナ・コンスタントプロス氏になのですが」

「どのような用件であろうか」

「先輩と呼んでもいいですか?」

「む」

「なんでだよ」

「考えてみたのです」


訥々と語りだす。


「ぼく自身が付き従うわけではありませんが、己を殺し、ただクレオの生き方を記そうとするあり方は、どこかデスピナ氏のあり方に通じるものがあります。なのであなたを先輩と呼びたいのです」

「――」


返答が遅れたのは、純粋な驚きのためだ。


「せんぱい……」

「はい」

「吾が」

「そうですね」

「アマニア・アンドレウ、そなたは吾が後輩であると」

「ダメですかね」


毛布の中の、囁き合うような会話だ。


「そ、それは、仕方ないなっ! 後輩が後輩をしたいというのであれば、先達としては認めざるを得まい! そう、センパイとして、先を行くものとしてッ!」

「クソ嬉しそうだな?」

「そのようなことはない!」


ネズミはクレオの服の中でぐるぐると回転していた。


「アマニア、調子に乗るからあんまり言うなよ?」

「友人としての言葉ですか?」

「……関係性がクソ難しいことになってるんだが」


対等なはずの友人が、現在は支配下にあるネズミのことを先輩として敬っている。


「アマニア、お前が完全にわたしの支配下に入るならそういうことになるのはわかるんだが、違うのなら別に言わなくてもいいんじゃないか?」

「あるじよ、何を言う。後輩の意思を尊重せずにどうする。自発的に後輩は吾を先輩と褒め称えたのだぞ? これを否定することはたとえあるじであっても許してはおけぬ……!」

「あー、そっか、お前、そういう褒められ方、いままでされたことないもんな?」


定期的に下級職員が増える関係上、後輩と呼べる立場の人間とクレオは多く接していた。

一方でデスピナは、支配下となるネズミや、副官などはいたが、「先を行くものとして敬われる立場」という微妙なものを味わうことはなかった。それはあまりに人間的な関係性だ。


「自慢か、このあるじは自慢をしているのか」

「クレオ、そのような物言いはどうかと思います」

「その通り、後輩よ、もっともっと言うがいい!」

「……なんか、いつのまにか2対一になってないか?」


関係性が複雑に変化していた。


「まあ、いいや、アマニア」

「なんです」

「お前はわたしの友達で、筆記者だ。それでいいか?」


唐突に指を突きつけての断言に、少しだけ返答が遅れた。


「筆記者ですか?」

「この国っぽく言うなら、その役割をわたしはお前に与える。それくらいはいいだろ?」

「このあるじ、偉そうなことこの上ない」

「うっせ」

「それは――」


戻りつつある加速度を下に感じながら、アマニアは意味を咀嚼する。


「ぼくが、君について書くことを、正式に認めてくれるということでしょうか?」

「もともと認めてるけどな、ただそれ以上に「筆記者」としてなら、お前がどう振る舞ってもいいってことだよ」

「――」

「正直、わたしなんか書きたがることは理解できないけどな。アマニア、お前がそれをしたいのであれば、全力で認めるし、応援する」

「……」

「なんか文句言ってくるやつがいるなら言ってやれ、「クレオ自身がアマニアのことを筆記者として任じた、文句はクレオにどうぞ」ってな」


操船する様子が、毛布と帆布越しに感じ取れた。

あまり集中を裂いての言葉ではない。

ただ思うがままに言った言葉であり、だからこそ本心からのものだともわかる。


「む、後輩、塩水の匂いがしているが?」

「……なんでもありません」

「デスピナ、先輩ならそういう時は気遣ってやれ」

「む、むぅ……!?」


涙が流れる。

そのことをどこか他人事のようにアマニアは受け取った。自らにこのような機能があることを初めて知った気分だ。


アマニア・アンドレウは、クレオの支配下に入ることで得られる「当たり前の生」の代わりに、「クレオの友人であり彼女を書き記すもの」という役割を手に入れた。その実感が、胸を締め付ける。

そのことが悲しいのか、嬉しいのかすら、よくわからない。


「後輩、ナッツを食うか? これはとても硬くて良いものだ」


先輩のオロオロしながらの気遣いは、どうしても笑ってしまったけれど。



 + + +



夜通しのヨット行は、かなりの距離を稼ぎ出した。

白々と地平線の彼方から朝日が昇るころには、うっすらと煙が見えた。


煮炊きする町から昇るものだ。

あるいは、助けを求める狼煙であるのかもしれない。


「順調に着きそうだな」

「はい」

「正直、吾は途中でモンスターに襲われると覚悟していた」

「んなわけないだろって言いたいが、そもそもあの町がモンスターに襲われてるんだったか」

「警戒を高めるべきだと吾は判断する」

「正直、ぼくはそうした探索系が苦手です」

「ふふん、仕方がないな後輩! センパイが、そう先達である吾が把握してみせよう!」

「お願いします、先輩」


クレオの襟首から顔を覗かせていたネズミは、顔をそむけながらぺちぺちと小さな手でクレオの頬を叩いた。「ヒょぉ――ッ!」というご満悦の鳴き声は、おそらくごく間近なクレオにしか聞こえていない。


「……アマニア、あんまりこのネズミに餌をやるな」

「否! それはさすがに横暴というものだ!」

「後輩は先輩のことを尊敬するものですよ?」

「そう! その通り! この後輩はとてもえらい!」

「いいから感知範囲広げろデスピナ、いまはわたしのもんだろ?」

「むぅ、たしかに今のこの三人の中では吾が適任ではあるが……」


クレオは操船に注意を裂いている。アマニアはそのスティグマのために外部感知が難しい。

デスピナだけが周囲の魔力の様子を探ることができた。


「む?」

「どうした」

「たしか、モンスターとやらはタフォス村を襲っているのであったな」

「そうだな、それで救援要請が来た」

「……村らしき方向からまっすぐこちらに向かってきているものがある」

「なにが?」

「モンスターだ」


あまりにシンプルすぎて、その言葉の意味を一瞬理解できなかった。それはつまり――


「わたしたちが襲撃されるってことじゃねえか!?」

「吾はそう言っている!」

「もうちょっと焦りながら言えよ!」

「そのような無様は不要! 敵は大型種、飛行している、方法は不明だが、吾らをいち早く感知していた」

「ぼくは盾役となります」

「やべえ、避けて行けるか?」


さすがにまだ村までは遠い。

この位置に八面体アクセサリーを刺すわけには行かない。


「あ、クレオは戦わないでくださいね」

「は? なんでだ」

「だって君は今、道路敷設者見習いです、戦う役割ではありません」


下手に戦えば魔力を失ってミイラ化します、と続けた。


「え……」

「ぼくの役割もまた旅行者です。たとえモンスター相手であっても主体的な戦闘は認められてはいませんが、自衛くらいは行うことができます」

「待て、待て、道路敷設者見習いって、そういう自衛戦闘すらやったらダメなのか!?」

「はい」


あるいは道路敷設者であれば可能なのかもしれない。だが、クレオに与えられた役割は「見習い」だ。

一人前ではないものであり、その職分は制限されている。


「役割なしでこっそりここまで来た吾も、ひょっとして戦ってはダメなのだろうか……?」

「もちろんですよ、先輩」


役割なしが街中で足をついただけでも、罰として魔力が存分に吸われる。

主体的な戦闘など言語道断だ。


もっとも単純で、もっとも得意な戦闘という手段が奪われた人とネズミが口を開けて呆然とする中、彼方から飛行するものがいた。

巨大なそれはモンスターであり、スフィンクスと呼ばれる高位種だ。


「行きます」


これに対抗できる者は、今はアマニアだけしかいない。



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