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夜会厄介 〜たまには薔薇も粉砕する〜  作者: そろまうれ
二章 フェダール国編
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ep.77 「……君は、誰なんですか?」

ネズミという生き物は1日の半分くらいを寝て過ごす。

ただし眠るのは一度に十分とか十五分くらいだ。

一時間の内、半分は寝て、半分は起きてると言ったほうがいいのかもしれない。


ただし、人間並みの知性を兼ね備え、下手な人間以上の魔力を持つデスピナは人間みたいに深く眠る。


「ふぃあぬ……」


よくわからない寝言を、わたしの衣服内で丸まりながら呟いてる。

起きる気配はまったく無い。ごそごそ寝返りを打つ感触がこそばゆい。あと、肌に歯が触れてる感触が怖い。頼むから齧るなよ。


「――」


ランドヨットは変わらず進む。

乾いて冷たい風から身を守るために、わたしとアマニアは一つの布に包まっていた。借りた予備マストの布と、毛布とで二重の防護だ。

少しでも肌が出ている部分は容赦なく冷える。吹き付ける風が体温を奪う。


わたしだけが顔を出し、アマニアは頭ごと布防護に入り込んだ。

ときおり風が止んだ時だけ、手を出して風魔術を発動してもらう。


進むヨットの下で、二人揃って横に寝ている格好だ。

マスト布、毛布、わたしたちに挟まれて、衣服の中に入り込んだデスピナだけは一番あたたかい場所を独占し、フヒ……とか言いながら褒められる夢に耽溺する。


さっき水を欲しがって寝ぼけた顔を出したばかりだったから、あと二時間くらいは起きてこない。


「知っていますか?」

「なにをだ」


わたしの眠気を覚ますためか、アマニアはときどき話しかけてくれた。


「アンドレウ家は、始祖七王国の流れを組むものです」

「そうらしいな」

「ただ、ぼくたちの祖先は権力への興味があまりなく、あっさりと国を潰しました」

「それはそれで酷い話だよな」

「国よりも本ですよ?」

「人命の価値どこ行った」

「本には書かれてはいますね」


だからどうしたという声色が、毛布奥から伝わった。素の疑問だ。


アマニアは、体温維持という名目でかなりしっかりわたしに抱きついてる。

そのまま独白のように続ける。


「七王国の一つ、アンドレウ家の祖が、このフェダール国について個人的な事柄を書き残しています」


日記みたいなものかな。


「クズカスの死にぞこないのクソ野郎がとっととくたばれ、今すぐ滅しろ、嘘つきの馬鹿クズ石板ミイラの頭までカチコチ野郎が、とのことです」

「ただの愚痴じゃねえか!?」

「はい、個人的な感情のみが書き記されたものです」

「取っておくなよ、そんなもの」

「詳しい事情こそわからないものの、当時の人の証言です、そうやすやすと破棄はできません。また、祖先が厳重に秘匿し、誰にも読めないよう自動焼却機能まで組み込んだ本など、「どうか読んでください」と懇願されたようなものです、期待は裏切れません」


いや、普通に読まれたくなかっただけだろ、それ。


「この日記の中で、もっとも愚痴と文句を言っていた対象は、七王国のトップであるイリオンについてでした」

「へえ……」

「七つの王国をまとめ上げ、魔族領を打ち倒した英雄ですが、あまりよい感情を持っていなかった様子です……イリオンについては、知っていますか?」

「まあ、そりゃあ」


もう滅びた国だ。

昔の話とはいえ強大な力を持っていたのに、今はもう跡形もない。


「イリオン以外の、6つの国が協力して滅ぼしたそうです。土地を呪い、住居に火をつけ、跡形もないようにした。今ではどこにあったのかすら判然としません」

「……」

「そこまでした理由は不明です、詳しいことは日記の中にも書き記されていませんでした。しかし、騙された、という単語が頻出しています」

「そうかよ」

「いったい何を騙したのでしょうか?」

「知るかよ」

「本当に?」


ちらりと下を見る。

包まれた布の奥から、こちらを見上げる硬い視線と目が合う。


「本当だ、わたしはその理由を知らない」

「そうですか、残念です」

「昔の話だろ? いま知ったところでどうしようもない」

「いいえ、記すことができます」

「……」

「本の中で、それは事実となるのです。いつまでも、永遠に残りつづけます」


それがアマニアの生き方なんだろうな、と思う。

何もかもが不確かな中で、本の世界こそを信じた。

そして、アマニア自身でもそれを作成しようとしている。


「……君は、誰なんですか?」


しばらくの時間を開けて、そんなことをぽつりと言われた。

視線を下ろさなくても、あの硬い視線がこちらを向いているのが分かる。


「デスピナ・コンスタントプロスは、君には秘密があると言いました。以来、ぼくは長く考え続けましたが、答えが出ません。書き残そうとしているあなたの秘密が、わかりません」

「わたしはわたしだ」


右手は帆を操り、左手は毛布の内部に入れている。

それを動かし、アマニアの背中を軽く叩いた。


「アマニア、お前が見ている今のわたしが、わたしだ。ぶすで生意気で暴力的な元下級職員だよ、それ以外のことは、あんまり関係ない」

「本当にそうでしょうか」

「ああ」

「反骨精神の塊で何をするかわからず、事態を致命的に悪化させる達人であり、酷い人誑しであることも付け加えるべきだと強く思います」

「事実無根すぎる」

「君が何をしてきたかを思い返すべきです」


考えてみた。


「……割とわたし、大人しい方だよな?」

「君の周囲に革命家や英雄や結婚詐欺師などはいませんでしたか?」


比較対象がおかしいと言いたいらしい。


「そんなことはない、と言いたいけど。考えてみれば下級職員連中も割とクセが強くはあったなあ」

「ぼくは島に帰るのが怖くなりました」

「大丈夫だって、そのうち紹介するな?」


考えてみれば友達同士を引き合わせるとか初めてだ。

身分差もあるから上手く行かない可能性が高いけど、ちょっと楽しみでもある。


「はい、是非――他のメイド達から、君がどのように見られているかについて、とても知りたい」

「やっぱり紹介するの止めていいか?」


なぜか酷い評価をされる気がして仕方がない。


「約束は守りましょう?」

「まったく……」


夜の砂漠をヨットは進む。

上には月がかかり、夜風は容赦なく冷たい。


生命が何もいない、死だけが密集した土地を、わたしたちという生命は進む。

魔力を燃やし、風を起こしながら。


「そろそろ加速したい、いいか?」

「はい、補給もお願いします」

「了解」


わたしは左手を抜け出し、八重歯で親指を傷つける。

ぷつりと肌を貫いて、血が玉となって膨れ上がる。

他に血がつかないよう注意しながら、また布と毛布の中へと左手を入れる。


暗闇の中で、その手が掴まれ、引き寄せられる。

そのまま、吸われる。

アマニアに、血を経由して魔力を分け与えている。


「――っ」


見えないその体全体が、ぶるりと大きく震えた様子がわかった。枯渇しつつあった魔力が補給されたからだと思う。


「あぁ……」


ふらふらと、酔っ払ったように手が上へと伸びる。

その手をつかんで位置を多少調整した。

ぶるぶると痙攣するその手の先から、送風の魔術が発動する。


わたし自身の魔力が減っていくのを体感しながら、順調に加速する心地よさも味わう。

なぜかわからないけど、アマニアの体が震えるに従い、送風の度合いが上がっている気がする。何かに耐えるように魔術が繰り出される。


「いや、そこまでやらんでいいから」


というか、わたしの手を持つ力が、ちょっと強すぎる。

砂漠で三日三晩を彷徨った挙げ句に水の入ったコップを渡されたみたいな強さだ。絶対に、何があっても離さないという意思が伝わる。


ごそごそと物音が毛布からした。

寝ぼけ眼のデスピナが、ひょっこりと顔を出す。


「吾は気になる。血とは、そこまで美味いものなのだろうかと」

「寝とけ」

「気になるではないか、魔力の補給のために試みることは良いことだと吾は思う」

「まあ、試すのなら一回くらいは――痛っ!?」


警告するかのように、アマニアに軽く噛まれた。


「これは、ぼくのです……」

「いや、違うからな?」

「興味深い……」

「デスピナ、わたしの肩にめり込ませてるその前歯、それ以上進ませたら怒るからな」


そんな目をされてもダメだし、アマニアは吸う力を少しは弱めてほしい。


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