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夜会厄介 〜たまには薔薇も粉砕する〜  作者: そろまうれ
二章 フェダール国編
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ep.75 「お前、なに言ってんだ?」

常識的な判断として、断るべきだ。

大変なのはわかるけれど、この国で起きた問題は、この国の人々が解決するべきで、下手な介入をすべきじゃない。


「役割」に縛られたせいで自由に動ける人材がいないって状況も含めて、この国の問題だ。


「不満そうだね?」


シェリさんが、自分のツルツル頭を撫でながら、苦笑していた。


「たしかに、これは本来、君たちに頼むようなことじゃない。ちょっと恥知らずなことを言っているとは自覚してるよ」

「そうですね」

「ただ、たとえ人材が余っていたとしても、あの村が救えるかどうかは疑問なんだ。他の人の手を借りるしかない」

「どういうことですか?」


彼女は魔術で構築した杖を作り、がりがりと地面に書き記した。


「現在地はここ、問題となる村はここにある」

「ずいぶん、離れていますね」

「うん、けど、距離は問題じゃない。位置が問題だ」


示した場所は国境付近だ。


「交易地としても農作地としての旨味が少ない。もともとモンスターが多発している地域でもある。そんなところにわざわざ助けに行かなきゃいけないのか? そう考える人も少なくない。その上、あー、なんて言えばいいんだ?」

「いや、知りませんよ」

「……差別されているんだ」


ぽつりと言う言葉は、どこか苦い雰囲気がある。


「国の境として示すために村は置きたい。けど、危険な場所に住みたがる人はいない。だったら「役割」を与えられないような不必要な人間が送り込んでしまえ――それが、この国境の村の始まりなんだ。今でも子供を叱る言葉として使われるくらいだ、そんなことじゃタフォス村に送られるよ、って」


そこがモンスターに襲われている。

もともと国外れで自活していた人たちだ、滅多なことじゃ救援を言い出さないはずだ。


洒落にならないくらい危険な事態になっているのは、確実だ。


けど、危険を冒し、命がけで戦ったところで、助けるのは「不必要とされた者たちの子孫」だ。モンスターが暴れている間は、どうせ他国の人間も手を出せない。絶滅を確認してから、また移住者を募ればいい。


そういう意識があるらしい。


「当たり前だけど、これは危険だ。もちろん報酬は弾むつもりだけど、断ってくれて構わない」

「どうしてわたしに頼んだんですか?」

「ひとつは緊急だと命じられたから、あともうひとつは勘だね」


シェリさんは、すこし上を見上げ、む、という顔をして。


「いや、違うか。君が彼女たちを助けるのを見て、思ってしまったんだ」

「なにをです?」

「七王国の始まりは、きっとこうした何気ない感動が始まりだったに違いないとね」


魔王が支配していた時代を打ち破り、七つの王国を作り出した昔々の物語は、魔族に苦しめられた人を隙を見て逃がす、ごくささやかな場面から始まる。

そういう英雄的なものを、わたしの活躍に見たらしい。


おべっかとか冗談かとも思うが、シェリさんの顔は本気だった。本当に、そうした感動を覚えていた。

ただのメイドではなく、英雄の卵として扱っている。これから何かを成す人物だと――


わたしはひとつ頷き、褐色肌の彼女を真正面から見つめ。


「お前、なに言ってんだ? 頭湧いてる?」


当然のことを口にした。



 + + +



なぜかカリスからは「貴女、さすがにそれはどうなの!?」と言われ、デスピナからは「そなたは褒められたのだぞ?」と不服そうに言われ、アマニアは黙ってわたしの後頭部を嗅ぎ続けた。


「いや、でも本気だからこそ、なに言ってんだって話だろ?」

「あのね、仮にもここは七王国のひとつよ。それを引用した言葉を言うのはとても重いわ」


本当か嘘かは知らないけど、このフェダール国にはそういう長い歴史がある。


「だから引き受けただろ?」

「それも不満なのよ……」


うん、シェリさんの説得そのものはまったく心に響かなかったけど、頼まれたことそのものは承諾した。

今やわたしは「道路敷設者見習い」で、国境へと行く準備中だ。


ちなみにシェリさんは、「あ、ああ、助かる」とすごく微妙な顔で頷いてた。

その後に保証となるカードを渡され、正式にわたしは「道路敷設者見習い」としての役目を得た。


「ちゃんと報酬は出そうだけど?」

「危険の度合いが測れないわ、その報酬が適正かどうか判断ができない。わたしなら絶対に受けないわね」

「そういうもんか」


言いながらもわたしはペタペタと肌に塗りつけた。

胡麻油と石灰と色々を混ぜ合わせて作るクリームだ。

この日差しの中を移動しなきゃいけないから、対策は必須だ。


「……ついていかないわよ」

「そうだな」

「躊躇なくそう言われると、それはそれで嫌なのだけれど?」

「わがままだなぁ」


少し離れた場所では、大工たちが船を作成していた。

船の一種ではあるけど、デカいものじゃない。熟練の職人なら材料さえあればすぐに作れる。


本当ならわたしがトンカチで作っても良かったんだけど、今や「道路敷設者見習い」だ。そんなことをすれば罰が下るから手出しができない。

せいぜいが、ここまで乗ってきた船の帆柱の一本を引っこ抜いて、船内にあった予備用木材を引き渡したくらいだ。


船長が表現しにくい苦虫潰した顔をしてたけど、特に何も言うことはなかった。男が一度口にした約束を違えるつもりはないらしい。


うん、けど、ちゃんと戻すつもりだから大丈夫だ。一時的に借りるだけだ。

砂漠が大半を占める国だけあって、木材そのものがあんまり無いんだよね、ここ。


「ぼくは付いて行きます」

「うん、それはわたしからも頼もうとしてた」

「吾は?」

「来たら褒める」

「行く」


カリスが微妙な表情になったのは、ひとり取り残されるのが確定したからだ。


「うー……」

「悪い、さすがにこれ以上の重量はだめだ」


先ほどから大工が作っているのは、ヨットみたいな形のものだ。

帆が張られ、操るロープがあるのは同じだけど、下にはタイヤが三つついている。


ランドヨットとも呼ばれるこれは、一部を除けば最速の移動手段だ。


「いいわよ、留守番してるわよ、ここで一人観光よ」

「あの鳥、ステュムパリデスだっけ、あれが使えれば話は早かったんだけどな」

「その場合、絶対に、確実に、何があっても留守番するわ」


カリスとアマニアの二人がここまでこれが手段は、まだ疲れが取れていなかった。それでも近距離なら大丈夫じゃないかと期待はしてたんだけど――


「無理ですね。聞いたところ、どうやら行きたくないそうです。魔力的な齟齬が出るので、下手をすると飛行そのものができません」


そういうことらしい。

鉱物の羽なんてものを生やしているし、その飛行はどうしても魔術的な要素が強くなる。

短時間ならともかく、長時間飛行は不可能だ。


「ひょっとしてアマニア、あの鳥と会話とかできるのか?」

「いいえ」

「そうだよな」


まるで直接聞いたみたいな口振りだったけど、さすがに――


「ぼくは聞き取りしかできません」


あいかわらず謎すぎた。

どういうことかを聞いても「だってぼくですよ?」という答えしかたぶん返ってこない。


「それで結局、どうしてなの?」

「ん」

「なんでわざわざこの国を助けるようなことをするわけ?」


不満というより、本当に理解できない様子だ。


「気に食わないからだ」

「なにがよ」

「タフォス村」

「ん?」

「これ、わたしたちの国の言葉だよな?」


少なくともフェダール国で使われている言葉の響きじゃない。


「たぶん、もともとはわたしたちの国の誰かが難民として流れ着いたんだ、けれど、「役割なし」として危険な土地へと追いやられた」


もちろん、昔の話だ。

その子孫である彼らは直接関係はない。だけど――


「多少とは言え縁がある奴らが助けを求めたんだ、応えてやってもいいだろ?」

「それだけの理由で命がけの救援をするのは、やっぱり理解できないわ」

「言ったろ。気に食わないんだよ」


タフォス――それは「墓」を意味する単語だ。

難民として流れ着いた過去の人々は、好きに名を付けられたのに、最悪に縁起でもないものにした。

ここが、この最果てが自分たちの「墓」であると。


あるいは、当てつけのような意味もあったのかもしれない。

お前たちフェダール国がやったことは、墓地の作成でしかない。


けど、そんなこととは関係なく、現在までタフォス村の人々は生き残っている、命を繋いでいる。戦い続けている。


「この国の連中には疎まれ、祖先は勝手に嘆いた、今だって救援に誰も向かっていない」


八方塞がりだ。

完全に絶望的な状況だ。


「そんな窮屈は、残らずぶっ壊すに限る」


カリスは何も言わずに肩をすくめ、アマニアはわたしをただじっと見つめた。


「やはり、反乱軍首謀者こそが近いのではないか」


どこぞのネズミだけがそんなことをポツリと言ったので、グリグリしておいた。


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