ep.75 「お前、なに言ってんだ?」
常識的な判断として、断るべきだ。
大変なのはわかるけれど、この国で起きた問題は、この国の人々が解決するべきで、下手な介入をすべきじゃない。
「役割」に縛られたせいで自由に動ける人材がいないって状況も含めて、この国の問題だ。
「不満そうだね?」
シェリさんが、自分のツルツル頭を撫でながら、苦笑していた。
「たしかに、これは本来、君たちに頼むようなことじゃない。ちょっと恥知らずなことを言っているとは自覚してるよ」
「そうですね」
「ただ、たとえ人材が余っていたとしても、あの村が救えるかどうかは疑問なんだ。他の人の手を借りるしかない」
「どういうことですか?」
彼女は魔術で構築した杖を作り、がりがりと地面に書き記した。
「現在地はここ、問題となる村はここにある」
「ずいぶん、離れていますね」
「うん、けど、距離は問題じゃない。位置が問題だ」
示した場所は国境付近だ。
「交易地としても農作地としての旨味が少ない。もともとモンスターが多発している地域でもある。そんなところにわざわざ助けに行かなきゃいけないのか? そう考える人も少なくない。その上、あー、なんて言えばいいんだ?」
「いや、知りませんよ」
「……差別されているんだ」
ぽつりと言う言葉は、どこか苦い雰囲気がある。
「国の境として示すために村は置きたい。けど、危険な場所に住みたがる人はいない。だったら「役割」を与えられないような不必要な人間が送り込んでしまえ――それが、この国境の村の始まりなんだ。今でも子供を叱る言葉として使われるくらいだ、そんなことじゃタフォス村に送られるよ、って」
そこがモンスターに襲われている。
もともと国外れで自活していた人たちだ、滅多なことじゃ救援を言い出さないはずだ。
洒落にならないくらい危険な事態になっているのは、確実だ。
けど、危険を冒し、命がけで戦ったところで、助けるのは「不必要とされた者たちの子孫」だ。モンスターが暴れている間は、どうせ他国の人間も手を出せない。絶滅を確認してから、また移住者を募ればいい。
そういう意識があるらしい。
「当たり前だけど、これは危険だ。もちろん報酬は弾むつもりだけど、断ってくれて構わない」
「どうしてわたしに頼んだんですか?」
「ひとつは緊急だと命じられたから、あともうひとつは勘だね」
シェリさんは、すこし上を見上げ、む、という顔をして。
「いや、違うか。君が彼女たちを助けるのを見て、思ってしまったんだ」
「なにをです?」
「七王国の始まりは、きっとこうした何気ない感動が始まりだったに違いないとね」
魔王が支配していた時代を打ち破り、七つの王国を作り出した昔々の物語は、魔族に苦しめられた人を隙を見て逃がす、ごくささやかな場面から始まる。
そういう英雄的なものを、わたしの活躍に見たらしい。
おべっかとか冗談かとも思うが、シェリさんの顔は本気だった。本当に、そうした感動を覚えていた。
ただのメイドではなく、英雄の卵として扱っている。これから何かを成す人物だと――
わたしはひとつ頷き、褐色肌の彼女を真正面から見つめ。
「お前、なに言ってんだ? 頭湧いてる?」
当然のことを口にした。
+ + +
なぜかカリスからは「貴女、さすがにそれはどうなの!?」と言われ、デスピナからは「そなたは褒められたのだぞ?」と不服そうに言われ、アマニアは黙ってわたしの後頭部を嗅ぎ続けた。
「いや、でも本気だからこそ、なに言ってんだって話だろ?」
「あのね、仮にもここは七王国のひとつよ。それを引用した言葉を言うのはとても重いわ」
本当か嘘かは知らないけど、このフェダール国にはそういう長い歴史がある。
「だから引き受けただろ?」
「それも不満なのよ……」
うん、シェリさんの説得そのものはまったく心に響かなかったけど、頼まれたことそのものは承諾した。
今やわたしは「道路敷設者見習い」で、国境へと行く準備中だ。
ちなみにシェリさんは、「あ、ああ、助かる」とすごく微妙な顔で頷いてた。
その後に保証となるカードを渡され、正式にわたしは「道路敷設者見習い」としての役目を得た。
「ちゃんと報酬は出そうだけど?」
「危険の度合いが測れないわ、その報酬が適正かどうか判断ができない。わたしなら絶対に受けないわね」
「そういうもんか」
言いながらもわたしはペタペタと肌に塗りつけた。
胡麻油と石灰と色々を混ぜ合わせて作るクリームだ。
この日差しの中を移動しなきゃいけないから、対策は必須だ。
「……ついていかないわよ」
「そうだな」
「躊躇なくそう言われると、それはそれで嫌なのだけれど?」
「わがままだなぁ」
少し離れた場所では、大工たちが船を作成していた。
船の一種ではあるけど、デカいものじゃない。熟練の職人なら材料さえあればすぐに作れる。
本当ならわたしがトンカチで作っても良かったんだけど、今や「道路敷設者見習い」だ。そんなことをすれば罰が下るから手出しができない。
せいぜいが、ここまで乗ってきた船の帆柱の一本を引っこ抜いて、船内にあった予備用木材を引き渡したくらいだ。
船長が表現しにくい苦虫潰した顔をしてたけど、特に何も言うことはなかった。男が一度口にした約束を違えるつもりはないらしい。
うん、けど、ちゃんと戻すつもりだから大丈夫だ。一時的に借りるだけだ。
砂漠が大半を占める国だけあって、木材そのものがあんまり無いんだよね、ここ。
「ぼくは付いて行きます」
「うん、それはわたしからも頼もうとしてた」
「吾は?」
「来たら褒める」
「行く」
カリスが微妙な表情になったのは、ひとり取り残されるのが確定したからだ。
「うー……」
「悪い、さすがにこれ以上の重量はだめだ」
先ほどから大工が作っているのは、ヨットみたいな形のものだ。
帆が張られ、操るロープがあるのは同じだけど、下にはタイヤが三つついている。
ランドヨットとも呼ばれるこれは、一部を除けば最速の移動手段だ。
「いいわよ、留守番してるわよ、ここで一人観光よ」
「あの鳥、ステュムパリデスだっけ、あれが使えれば話は早かったんだけどな」
「その場合、絶対に、確実に、何があっても留守番するわ」
カリスとアマニアの二人がここまでこれが手段は、まだ疲れが取れていなかった。それでも近距離なら大丈夫じゃないかと期待はしてたんだけど――
「無理ですね。聞いたところ、どうやら行きたくないそうです。魔力的な齟齬が出るので、下手をすると飛行そのものができません」
そういうことらしい。
鉱物の羽なんてものを生やしているし、その飛行はどうしても魔術的な要素が強くなる。
短時間ならともかく、長時間飛行は不可能だ。
「ひょっとしてアマニア、あの鳥と会話とかできるのか?」
「いいえ」
「そうだよな」
まるで直接聞いたみたいな口振りだったけど、さすがに――
「ぼくは聞き取りしかできません」
あいかわらず謎すぎた。
どういうことかを聞いても「だってぼくですよ?」という答えしかたぶん返ってこない。
「それで結局、どうしてなの?」
「ん」
「なんでわざわざこの国を助けるようなことをするわけ?」
不満というより、本当に理解できない様子だ。
「気に食わないからだ」
「なにがよ」
「タフォス村」
「ん?」
「これ、わたしたちの国の言葉だよな?」
少なくともフェダール国で使われている言葉の響きじゃない。
「たぶん、もともとはわたしたちの国の誰かが難民として流れ着いたんだ、けれど、「役割なし」として危険な土地へと追いやられた」
もちろん、昔の話だ。
その子孫である彼らは直接関係はない。だけど――
「多少とは言え縁がある奴らが助けを求めたんだ、応えてやってもいいだろ?」
「それだけの理由で命がけの救援をするのは、やっぱり理解できないわ」
「言ったろ。気に食わないんだよ」
タフォス――それは「墓」を意味する単語だ。
難民として流れ着いた過去の人々は、好きに名を付けられたのに、最悪に縁起でもないものにした。
ここが、この最果てが自分たちの「墓」であると。
あるいは、当てつけのような意味もあったのかもしれない。
お前たちフェダール国がやったことは、墓地の作成でしかない。
けど、そんなこととは関係なく、現在までタフォス村の人々は生き残っている、命を繋いでいる。戦い続けている。
「この国の連中には疎まれ、祖先は勝手に嘆いた、今だって救援に誰も向かっていない」
八方塞がりだ。
完全に絶望的な状況だ。
「そんな窮屈は、残らずぶっ壊すに限る」
カリスは何も言わずに肩をすくめ、アマニアはわたしをただじっと見つめた。
「やはり、反乱軍首謀者こそが近いのではないか」
どこぞのネズミだけがそんなことをポツリと言ったので、グリグリしておいた。




