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夜会厄介 〜たまには薔薇も粉砕する〜  作者: そろまうれ
二章 フェダール国編
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ep.74 「君は、その、このあと暇かな?」

「貴女、ねぇ……」

「申し訳ありません、ぼくが手助けすべきでした」


呆れたようなカリスと、申し訳無さそうなアマニアには手を振って平気だと伝える。

というか、わたしの判断ミスだよな、これ。


「やばかったぁ……本当に危険だな、この国」

「貴女が好んで首を突っ込んでるだけよ」

「知り合いが死にそうなら助けるだろ?」

「金にならなきゃ見捨てるわ」


カリスはその辺りがドライだ。

ただ、一度知り合いになってしまえば、カリスの言う「金にならない」ことになるのは難しそうだけど。


「いいから貴女は今すぐにでも役所に行き、旅行者登録をしなさい。役割のない人間がどれだけ危険な状態か、もう分かったわよね」

「そうだな」


というか、学院生を待たずやるべきだった。シェリさんの言葉じゃないけど、結果的には王宮連中の「すぐにでも留学生に会いたい」というわがままで、こっちだけが酷い目にあわされた。


「けど、少し休憩かな」


死地を脱した留学生同士で、身を寄せ合っていた。ほとんど一言も会話せず、ただ互いの手を握り合い、呼吸を荒くしている。

ここで「じゃあ、またこの港湾部を出て役所に行こうか」って言っても誰も頷いてくれない。


「貴女が先に行ってもいいんじゃない? ちゃんとした道路が敷かれているから安全よ」

「道路、消えないか?」

「身分が上のものが住む区域だから平気でしょ」


魔法じゃなくて、物理的な道が作られていた。


「ふぅん……」


今いるここは、港だ。

わたしみたいな外国人が足を踏み入れるところだ。


そこから住民がいる方向へと足を踏み入れたら死亡する。

道ではない国土に触れることは罪だとされる。

けど、身分が上の人たちがいる方に入っても平気、そういうことらしい。


これは、少数精鋭の敵が攻めたとしても、国民の安全は保証されている、ってことでもある。

被害方向が「身分が高いもの」に限られている。


ほんの少しだけど、フェダール国の人たちを見直した。

王とやらは横暴だけど、その下の人たちは国民の盾となる心意気がある。


「まあ、けど少しくらいは待つよ」


わたしの役割は旅行者になるだろうし、向こうは留学生としての役割になる。きっと役所に行っても別々だ。けど、それでもここまで一緒の船で来て、一緒に生活した連中だ。別行動はいい気分がしない。


「相変わらず1コインにもならないことを重視するのね」

「カリスは1コインを重視しすぎ」


むしろそれで振り回されている。


「え? 誰だって儲けることができるのであれば、限界まで儲けたくものでしょう?」

「それを世界の常識みたいに言うな」

「お金にがめつくないということは、自身の命にがめつくないということよ」

「お金に対する価値が重すぎる」

「だから借金借用書を買い取らせて?」

「クソ、憶えていやがった」


少なくともこの国にいる間はずっと言われそうだ。

わたしが回収するつもりのない借用書は、カリスにとっては宝の山だ。


ちなみにさっきからアマニアはわたしの手をずっと握っている。汗ばんで来てるから嫌なんだけど、離してくれそうにない。


「ふむ、だが、たしかしに吾も金銭の価値は軽く扱うべきではないと思う」

「でしょ? いいこと言うわねデスピナ」

「お陰で吾がともがらは、たくさんのチーズを手に入れた」

「嫌なこと言い出すわね、このネズミ」


実はナッツ類の方がネズミは好むらしいけど、丸ごとのチーズは保存期間の長さって利点がある。

デスピナたちは、カリスが主催する夜会で必死に集め、自分たちの巣に貯蔵した。


カリスは高級贅沢品路線で行こうとしてたみたいだけど、実際のオークション会場の主力商品は食料関係になりつつある。

世界一美味いとも言われる高品質ピスタチオが出品されたときは、ネズミたちの歓声で学院が揺れた。


「だが、そう、あるじは船を手に入れたが、書類上では入手していない。金銭の価値とは法的な拘束力に裏打ちされたものであり――」

「あ、馬鹿」


秘密にしていたことをペラっと喋るな。

そんな事実を言えばどうなるかなんて――


「――」


呆れたように腰に手を当て、少し離れた場所で堂々と立っていたカリスは、気づくとすぐ目の前にいた。

瞬間移動じみたスピード、どうやって叩き出した。


カリスはとてもいい笑顔を浮かべていた。

満面の、親しげな表情だ。


「……友達よね?」


けど、目が笑っていない。そこには「おいテメエ、なんで黙ってた? なあ? 儲け話をどうして隠した?」という脅しがある。


「デスピナの奴も言ってたが、別に正式に手に入れたわけじゃない。すぐに船長に戻すつもりだ」

「へえ、いくらで?」

「タダで手に入れたんだから、タダで引き渡すよ」

「殺すわよ?」

「怖いことさらっとガチの声色で言うなよ!?」


笑顔を消した、完全無表情だ。

カリスの声には殺意すらなく、常識的判断として殺傷しなければという意思がある。


「……船一艘でどれだけすると思っているの? 普通の人が生涯で稼ぐ値段を十倍しても足りないわ。それをタダで渡す……? 貴女は経済活動そのものに糞便を塗り込めるおつもり?」

「緊急避難の一時的な措置だ。しかも、別に売買契約を交わしたわけじゃないんだ。これで金とる方がダメだろうが」

「儲ける機会を不意にする――友達としてそれは見過ごせないわ! そんなことは絶対にダメよ」

「本音は?」

「儲ける絶好の機会よ、手数料は二割でいいわ」

「却下だ」

「どうしてよ!?」


海水に耐える大きな樹木を輸入し、船大工に頼んで長い期間をかけて建造するから、どうしても船は高くなる。

カリス視点からすれば、そういう高級品が軽く扱われてる状況なんだろうけど、わたしとしても譲れない。


「貴女、どうせ危機から脱するために色々と無茶をしたのでしょう? たしかに全てを取ることは難しいかもしれないけれど、いくらか利益を得てもいいはずよ」

「もう十分得てるよ」


賭博を主催して儲けた。

まあ、これも取り立てる気はないけど。


「……」

「ほら、お前が馬鹿なことを言うから、学院生から怖がられてるだろ」

「え、まさか、学院生も借金をしていたの!? てっきり船乗りからだけだったと……」


やべ、今度はわたしが口を滑らせた。


「さあな」

「なるほど、ここで離れられたら取り立てが難しくなる船乗りと違い、学院生たちなら取り逃がしがないわ。いざというときは彼女たちの親元に手紙を送り、ことを公にしないためにいくらかの口止め料を……」

「へい、そこまで」


アマニアと繋いだ手で、その首元をきゅっと締めるような形にして、強制的にその口を閉じさせる。


「なにするのよ!?」

「暴走しすぎだ、そういうつもりは一切ない、そのうち破棄する予定だ」

「情報と金銭こそが力よ、貴女は力を手放すつもり?!」

「あのな――」

「あー、いいかな?」


それこそ悪魔でも見るようなカリスの後ろから、申し訳無さそうにシェリ・ペルさんが、この国の「道路敷設者」の役割を担う人から話しかけられた。


「はい」

「いいえ、申し訳ないのですが、まだ話し合いが終わってはいないので」

「カリス、イカ食わせるぞ」

「……値段が暴落するものを食べたくはないわね……」


カリスは引き下がった。

そんな嫌になるほど食べたのか。


ただし諦めた様子はまだない。


「ええと、シェリさん、なにか用事でしょうか」

「ああ、うん、君たちは面白いね」

「喧嘩売ってます?」

「素直な感想だよ、他意はない。まず、ちょっと確認したいんだけど、いいかな」


言いながらシェリさんは、背後を示した。

そこには片足に包帯を巻かれた令嬢がいる。

やせ細り、ミイラ化したような足は、もうだいぶ下に戻っていた。こんな短時間なのに。


「彼女みたいに秩序マートに反したものは救えない。国の法が定めたものを、ただの人では抗えない。けれど、それを癒すことはできる。君にもそれが必要かどうかを確認したかったんだ」

「あ、平気です」

「そうかい?」

「はい」


下手に探られたらデスピナがバレる。


「君は……」


わたしのことを確かめながら、悩むように彼女は腕組していた。


「君は、その、このあと暇かな?」

「何かに誘われていますか?」


アマニアは今、どうして手を握る力を強くした。


「はは、君は誘っても来なさそうだ。いや、そうじゃなくてね、この国で何かやりたい強い動機がないかを聞きたかったんだ」

「ありません」

「それは良かった」

「なぜ?」

「仕事を頼みたいんだ」


なぜか、居心地の悪さのようなものがある。


それは、胸ポケットですぴすぴと鼻を動かし聞き耳を建てているデスピナのせいかもしれないし、なにかこれは儲け話に繋がるかと目を光らせるカリスのせいかもしれない。

あるいは、どこにも逃さないとばかりに背後から抱きしめているアマニアのせいかも。


「離れた村が、モンスターに襲われているという報告が届いたんだ」

「そうですか」

「これを助けるために兵隊を派遣したいけれど上手くいかない」

「なぜ?」

「兵の移動は、道の上を行かなければならないと規定されているからだ、そこまでの道が、まだ無いんだ」

「は?」

「どれだけ緊急事態だったとしても、これを変えることはできない、道を敷いてから、ようやく兵は移動できる」


それがこの国の秩序マートらしい。

ただの人ではこれを越えることが出来ない。


「そして、道路敷設者の役割は激務だ。いま手の空いている人は誰もいない」

「あなた自身は?」

「私は責任者だ、この街から離れられない、そう規定されている」


そして、この国の魔術的道路は「二点に楔を打ち込む」ことで作成される。

この人は、この街から離れられない。

派兵には、道路が必須だ。


ええと、段々と嫌な予感が強くなって来たよ?


「頼みたいことは一つなんだ」


シェリさんは、細長いアクセサリーを取り出した。

透明な翡翠色をした手のひら大の八面体で、よく刺さりそうな形をしている。


「これを、その村に行って刺して来てくれないか? 私の権限において君を「道路敷設者見習い」にする」


頭を下げ、シェリ・ペルは真正面からわたしを見た。


「どうか、私達を助けてくれ」




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