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夜会厄介 〜たまには薔薇も粉砕する〜  作者: そろまうれ
二章 フェダール国編
72/105

ep.72 定められた道から足を踏み外すだけでも「罪」だ

アマニアの調子が悪い。

ひどく不安そうだ。


にも関わらず、すぐに戻らずしばらく待つことを決めたのは、単純にここまで来た鳥、ステュムパリデスの疲れのためだ。

三日三晩にもわたって飛び続けたせいで、ひどく疲れていた。


ここから更に三日三晩を追加するのは殺すも同然だ。

割と生意気そうな鳥だけど、さすがに自滅に追い込むのはどうかと思う。

休息の時間が必要だ。


なのでわたしはアマニアに抱きしめられる姿勢で耐えなきゃいけない。

後ろから、ぎゅっと密着されていた。


「いや、普通に暑いんだけど」

「いいですよね、暑いって、とても素敵です」

「汗だらだら流しながら何言ってんだお前」


相変わらずアマニアの言動は理解できそうにない。

苦しそうにしながら、どうしてそんなに嬉しそうなんだ。


密かにへばっているデスピナと、一向に離れそうにないアマニアに水をやる。

拡張バッグはとても便利だ。


いくらか二人が楽になった様子を確認してから、わたしも水を飲んだ。

水質悪化を防ぐため、果実皮も入れてあるから美味い。


島であるアイトゥーレに充満していた湿気がここにはないから、過ごしやすいことは過ごしやすかったけど、その代わりみたいに太陽は容赦がない。

日陰がなければ普通に死ねる。


「ここ、独特だよなぁ」

「この国に何日かいることになるのなら、予備として衣服を買ったほうがいいのかしらね」


夏用の衣服を着た上でも、カリスはとても暑そうだ。


「だろうな、わたしも丸坊主にしたほうがいいのかな」

「やめなさい」


全員ってわけじゃないけど、道行く人々はハゲている人が多い。

男女関係なく、髪の毛を剃っていたり短髪だったりだ。たまに長髪の人もいるけど、たぶんカツラだ。帽子代わりのようにつけている。


髪の毛切って髪の毛を乗せるのかとは思うけど、まあ、理由があるんだと思う。


「そういえば、短期留学生たちは王宮に呼ばれていたけれど、貴女は行かなくていいのかしら?」

「わたしはただの下働きだ」

「貴女ねぇ」

「どこかの間抜けな令嬢が、航海中に足をすべらせて海の藻屑となって消えたんだ、それが誰か知らないけど、一人足りないのはそのせいだ」


そういうことになっている、なので問題はない。

船旅で誰か死ぬとかよくあることだ。


まして、わたしたちの船は航行禁止にしたような海域を通過した。


「どうしてそこまで優遇と配慮をされてるの? 身分を明かしていないのであれば、そんな特別扱いされることなんて――いえ、たしか貴女、誰かの借金をチャラにしたとか言っていたわね?」

「この短期留学生をまとめるニキ・デュカキスって人がいる」

「なるほど?」

「いや、納得すんなよ」


本当にわたしからは何も要求していない。

だけど自然とそういうことになった。気を利かせてくれたんだと思う。


あと今、カリスに余計な情報を与えたような気がする。


「というか、わたしは、着替えられないのがなによりもつらい……」

「普通に暑そうよね」


二人は夏用の、軽い衣装だけれど、わたしはメイド服のままだ。

さすがに夏用の薄いものではあるけど、それでも「アイトゥーレ島の夏」に対応したものでしかない。ここまでの日差しと熱を想定した作りじゃない。


「クソ、はやく戻ってこいよ、あいつら……」


王宮へ行って顔見せをして、役所で身分を保証されてはじめて「留学」はスタートする。

様子見だけだったつもりのわたしにとって、王宮への顔見せも役所の身分保証も不要だ。

実は留学生だという変な勘違いされないためにも、しばらくはこの格好を続ける必要がある。


「……そういえば、貴女の役割ってどういうことになるのかしら」

「役割?」

「知らないの?」

「言葉としては知ってるし、この国にそういう制度みたいなものがあることも知っている。だけど、いまいちわからなかったんだよ」


この砂漠の国フェダールには、二つの特徴があると言われてる。


一つはこの砂漠そのもの。

特有の土地柄が、他とは違う文化や生活を作り出している。


もう一つは、厳法と役割だ。

秩序マートとも呼ばれるこれを徹底しているからこそ、この国は安全で過ごしやすいとかなんとか。


「法はわかるわよね」

「まあな」

「盗まず、侵さず、殺さずの基本的なものよ、変なものはないわ」

「ふぅん」

「役割は、どちらかといえば身分のようなものかしら」

「んん?」

「こう、うまく説明できないのよ……!」


なんか厄介そうだ。

身分じゃなくて役割ってことは、わざわざそう表現しなきゃいけない理由があるのか?


「アマニア?」

「……ぼくとカリスには、短期旅行者としての役割が与えられています」

「まあ、そうだな」

「先日、役所にて手に入れた役割ですが、これは許された期間の、各地への移動を許すものです。この期間を過ぎても旅を続ければ死亡します」

「は?」

「また、大量購入や自衛以外の戦闘行為など、旅行者としてふさわしくない行動を取れば、同じく死亡することになります」

「それは……ええと、自動的に?」

「はい」


声に嘘偽りは一切ない。

淡々と事実を言っているとわかる。


「この国では、役割を逸脱することは、死に値する罪だと規定されています」

「ええ……」


ひどく窮屈極まりない国だった。役割をはみ出すことを、何があっても許していない。


「どういう方法でやってんだ?」

「フェダール王家による特殊魔法だって話だけれど、詳しいことは知らないわね」

「ぼくがこの国が嫌な理由かもしれません、ぼくの魔術とここの特色は、とても相性が悪い」

「商売を誠実にしてくれるのは嬉しいけれど、交渉すら嫌うのよね、つまらなくないのかしら?」


やるなら「交渉役」を通してからにしないといけならしい。

それ以上は役割を越えたとされ、呪いだか法だかが発動する。


「なにこのクソ厄介な国」

「夜会が国単位にまで広がったと思えばいいわよ」

「あー」


そういう横暴なルールが敷かれている。

夜会が個人の好き勝手に規則を定めるように、この国ではそうした独自の規則が定められていた。


「だから、下手にこの港湾地区から離れると死ぬことになるわよ、貴女」

「え」

「だって移動するにも「旅行者という役割」が必要なのよ? そうしたものを持っていない人がウロウロすれば罪と判定されるわ」

「……聞くけど、違反したらどうなるんだ?」


習い覚えた本には「神からの罰が下る」としか書いてなかった、具体的に何が起きるかは把握してない。


「そうね……」


カリスはきょろきょろ周囲を見渡した。

ちょうど、留学生たちが戻って来るのが見えた。

とりあえず最初は、って感じに王宮へと案内されたから、私物や手荷物はここに放置されたままだ。


普通なら盗まれて跡形もなくなっているところだけど、問題が起きてないのは「厳法と役割」の国だからこそだ。窃盗行為なんていう逸脱をしたら死ぬ。


日干しレンガで作られた町並みを、やけに綺麗な石灰石の道路が敷かれ、その上を歩いている。

皆やけに疲れていた。


船酔いがぶり返したところに王宮へと強制的に連れて行かれたからだろうなあ、と思う。

あと、服が確実にここの気候と合ってないのに、正式な挨拶だからと着込んでいた。


道の両端には、この町の人々が立ち並んで見送っているけど、あんまりこう「歓迎!」ってムードはない。

むしろ、いいから早く進めという苛立ちが隠れ見える。


学院生のうちの一人が、特にふらふらしてた。

きっと体力的に限界だった。歩く足を滑らせ道路の外、舗装されていない部分に足をついた。


周囲の人々の目が、見開かれる。


石灰岩製ではないそこは、ただの土だ。薄く砂がかけられた、なんでもない土地だ。

けれど、そこに接触した途端、足がしぼんだ。


「え」


肉体がその体積を減らした。

水分が、魔力が、生命力が失われる、あっという間に枯渇しカラカラに乾く、その範囲は上へと広がる。

その口から悲鳴が上がるよりも先にわたしは駆け出した。


「ちょ!?」


アマニアの拘束を解いて、ただ走る。

湾岸部を示す簡易柵を出て街中に入った瞬間、わたしの全身を死ぬほど嫌な感覚が這いずった。表情も顔もない死神に目をつけられた、わずかな隙でも見せればその大鎌を振り下ろしてくる、そんな幻覚に襲われた。


港湾地区から離れると死ぬことになる――

カリスに言われた言葉を思い出す。


「知るかっ!」


足に力を込める、腕を強く振った。更に加速する。


足をすべらせた学院生の状況は悪化していた。しぼんだ足では体重を支えきれない、さらに「道路の外」へと倒れ込もうとしてた。

靴越しの足裏接触だけでこの有り様だ、倒れたら致命傷だ。


周囲の学院生は疲労のためか状況を理解できていない。

走って来るわたしを不思議そうに見ている奴らが大半だ。


先導するように歩いているフェダール国の関係者が、わたしを止めようとするけど、その横をくぐり抜ける。

向こうは反射的にコピシュという湾曲した短剣を抜いたけど、そんな場合じゃない。


そのまま、片足をしぼませたやつへとタックルを仕掛けた。

悲鳴を上げて助けを求めた顔が、横ではなく後ろへと倒れる。

その後頭部を抱えながら、どうにか「道路の内側」へと体を倒した。


安全圏へ、引き戻すことに成功した。

見ればその学院生は、誰よりも船酔いが酷い人だった。そのせいでこのミスをしたのかもしれない。


「罰って、これかよ……ッ」

「あ、え……」


なんとかその体を引きずり、安全確保しながらも納得する


役割が与えられるのは、王宮ではなく役所などだ。

いまだわたしたちは何者でもない。だから、ちょっとしたことでも「役割に反した」とみなされる。


定められた道から足を踏み外すだけでも「罪」とされる。


「誰か、水を!」


叫びながらもこっそりと、わたしは薔薇ロギアに触れ、学院生へと魔力の補充をした。


ここは、やばい。


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