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夜会厄介 〜たまには薔薇も粉砕する〜  作者: そろまうれ
二章 フェダール国編
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ep.68 光る線と、光る薔薇

時刻は夕暮れ時、もうしばらくすれば太陽が沈もうとしていた。

見慣れたとはいえ広大を感じさせる風景に、一つの影が接近していた。


「クソ……」


海洋モンスターと戦って思い知らされるのは、海が人間のための場所じゃないって現実だ。

踏みしめる大地はどこにもなく、常に揺れる板の上にしか安全地帯がない。

そして、敵はその「安全地帯」を壊そうとしてくる。


「!」


タイミングを見ての防御壁の展開。

なんとか、敵の攻撃を弾いた。


こっちが作った壁に、敵が体当たりした状況。

けど、モンスターのダメージになった様子はなかった。こっちの船が盛大に下から突き上げられただけだ。

上手く衝突角度を合わせられた。


わたしの魔力だけがごっそりと減る。

想像以上に、不味い、あと何回できる?


甲板上は悲喜こもごもに騒がしい。


「雷撃が、効かない!?」

「風系の魔術使えるやつは無駄遣いすんな! 船長の合図で一斉に風を吹かせろ!」

「ひ、ひぃ!?」

「よし! 甲板に出てくれるだけで御の字だ! 絶対に吹き飛ばされんなよ!」

「あるじ、また来る!」

「クソ……!」


魔力感知で見えるその姿は、まるで矢だ。

エンパラと呼ばれる部位を動かし、触腕を揺らして加速するそれは、紛うことなきイカだった。バカみたいに大きいイカだ。


クラーケンと呼べるほど規格外にデカいわけじゃない。全長は船の半分程度だ。

だけど、凄まじい速度で突っ込んでくる姿は、ただ単純に脅威だ。


「そういやカリスが言ってたな、イカが不漁だとか!」


きっとコイツのせいだ。

その周囲には、配下を引き連れるように小さなイカも控えていた。

魔力を使い、周囲の海域ごと移動しているのか、それらが遅れている様子もない。


膨大な数だ。腹だって空かせているんだろう。

こいつらにとってわたしたちは、ぷかぷか浮かぶ餌場って扱いか?


茜色に染まる海を切り裂くように、波がまっすぐこちらに来ていた。


「準備できたわ!」

「ニキ、ナイス! 船長、準備いいか!」

「やれ!」


看板に並ぶ学院生たちが、一斉に両手を上に上げる。

上方の空気に魔力を流し、変質させ、望む動きをさせる。


風魔術だ。

もっとも基本的な、送風のそれ。


普通ならそれこそ団扇で扇いだ程度、だけど、仮にも魔術を学ぶ学院生が、タイミングを揃えて一度に全力でやれば――


「おお!?」


斜め背後から突進するイカを躱すほどの移動速度を叩き出した。

ぷかぷかと浮かぶばかりの船が、確実な加速を続けて危険海域を脱する。


満帆に膨らみ、魔力風を受け止め、帆柱はきしみを上げる。


「はは、やるじゃねえか!」


船長が快哉を上げた。

それはきっと、船乗りが一度は夢見る光景だ。

自らの思うがままに最速を叩き出す。


追いつこうとするイカを置き去りに、船はただ走り出す。


後ろを確かめて見れば、イカの突進が妙な軌道を取っていた。

たぶん、激突位置を通り過ぎてもなんの手応えもないことに戸惑っている。


「ざまあ!」


こっちの位置は感知できてるんだろうけど、ここまでの速度を出せばもう当たらない。

その突進は、あくまでも「普通の航行をしている船」に当たる程度のものだ。


けど、代償もある。

学院生が、夜会っていうバフもなしに世界の有り様を変える魔術をやったことの反動だ。


「う……」


魔力欠乏で、力なく崩れ落ちる。

倒れきる前に彼女たちとニキを抱えた。


三人ばかりがわたしへと寄りかかる。


「ナイス、さすが」

「賭け、勝った……!」

「そうだな、これで全部チャラだ」


汗塗れの顔で笑う姿は、大穴を当てたギャンブラーの顔だ。


「念の為、他に送風の魔術使える奴らも準備してくれ」


一応は呼びかける。

わたしができれば話が速いんだろうけど、残念ながらそうもいかない。

属性として、ちょっと苦手すぎる。


まあ、いざとなったらデスピナに頼んでやってもらうつもりだけど、最後の手段だ。


「とはいえ、ここまでの距離を開ければ大丈夫なはず……」


常識的に考えて、水平線の向こうにまで引き剥がした敵は問題にならない。

太陽が沈み切り、残照だけがわずかに空を照らす地点、そこにモンスターは置き去りだ。


後は夜闇にまぎれて逃げ切ってやる。

けど――


そんなわたしの妥当な判断を打ち砕くかのように、光るものがあった。波間の反射じゃない。魔力光が彼方のその地点にある。


「え」


西空の闇に導かれるように姿を見せた月。

その月光を吸い込むように、光り出していた。

その光は、点滅を繰り返し、徐々に光量を大きくした。


魔術的な発動の準備だ。


いやでも、もう追いつけないくらいの距離があるんだ。

何をしたところで無駄だ。

風による加速が途切れたとはいえ、これだけのアドバンテージがあれば――


そう皮算用するこちらを嘲笑うかのように、その光が、線を描いた。


遥か遠い水平線から、逆の水平線までを一直線に。

こっちの船にその線が触れなかったのは、きっとたまたまだ。本当にすぐ近くを通った。魔力貫通光じみたそれは、ただ通り過ぎた。


わずかな間を開けて、その線から水柱が、いや、水壁が立ち上った。

衝撃波が、その威力と速度を水上にまで知らせた。


「嘘だろ!?」


船よりも高く登った水壁が、それこそ大波のように船を打ち付ける。

波にさらわれそうになった人たちをつかみ、口に入った海水をペッペと出しながら、ただ慄然とする。


魔力を纏っての突進。

言葉として言えば、きっとそれだけの現象だ。


だけど、あまりに魔力量が莫大すぎて常識外れを叩き出していた。


よくよく注視してみれば、光の起点となった地点に力なく浮かぶものがいくつもある。

イカだ。


モンスターと比べればちいさなそれらが、命ごと魔力へと変換され、吸収されて死んでいた。

ただのひと泳ぎのためだけに、彼らは消費された。


遠くの敵を注視する。

水平線近くで、モンスターが静止していた。

また、光る点滅を繰り返していた。

さっきやった突貫の、準備体勢だ。


その範囲内の生命が失われ、魔力として吸収されているとわかる。


これは、わたしが張る魔力壁じゃ無意味だ。

間違いなく砕かれて終わる。


やっていることは非道だけれど、最適効率の最適解だ。

こっちに取れる対策がない。


「――」


あの船長ですら、顔を青くするばかりで命令ができない。

どう船を動かしたところで無駄だと、長年の経験が判断していた。


「船長!」

「なんだ……」


けど――


「この船を、わたしにくれ!」


諦めるつもりはない。

船長はそれこそ狂人でも見るような呆れを向けた。

わたしの必死と決死に何を思ったのか、はは……と力なく笑う。


「お前、本当に悪魔か?」

「はやく!」


本当に時間がない。

船長は、首を振った後に顔を上げ、吠えるように言う。


「いいぜ、どうせやるなら全額オール・インだ! この船をくれてやる! その代わり、俺達を助けろ!」


最低限の条件が整った。

あとは、間に合うかどうかだ。


「デスピナ、協力しろ!」

「諾」


胸元に隠し持っていた薔薇ロドンに触れる。

肩に乗るネズミから魔力が供給される。同じく持つ薔薇ロドンを通じて。


たった今、この船の持ち主である船長から移譲された。

契約もなにもないけど、たしかに行われた。

互いにそれを認識した。


「この夜において――」


だから、できる。


「支配こそが力となる」


船そのものが光り出す。

どこか薄汚れていたそれに装飾が施される。


そう、この船は今や「わたしのもの」だ。

わたしの支配下にある、だったら、わたしが開く夜会オルギアの会場にもできる道理だ。


帆には薔薇をモチーフにした絵が描かれ、操るための索がビンと張られ、支柱や帆柱には緑茎を模した彫刻が施される。

遠くから眺めれば、光る薔薇が海の上に咲いたように見えたかもしれない。


その威容は、内外を区切る証拠でもある。

夜会として設定されたこの船そのものが、巨大な結界として在る。


メイド姿から令嬢のドレス姿となり、顔にも「人形としてのわたし」が作成されたけど、ぱりんと片手で顔だけは壊しておく。化粧はいま要らない。


けど、その破壊前の顔を見たニキが、目を丸くした。

そういえば、わたしの人形の姿ってデスピナと戦った際に知られている。割と有名らしい。写真まで出回っているとかなんとか。


わたしは人差し指を唇にやり、笑いながら「しー」と言う。

ここだけの秘密だ。


口をぱくぱくとさせているニキを背後に、トンカチを作成し、向き直る。


「来いよ」


舳先に立ち、睨むわたしの背後では、何体もの人形コーキィアが出現する。

デスピナの支配下にある、この船を根城としていたネズミたちのものだ。


「この夜を、そう簡単に壊せると思うな!」


光る線と、光る薔薇が激突した。



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