ep.65 「なるほど、そなたがやりそうな手だ」
「それで、どういうつもりだ」
「ん?」
なぜか個室が与えられた。
船長からの指示で、普通なら特別な賓客か役職持ちにしか与えられていない、密閉された空間を手に入れた。
活躍を称えてというよりも、まるで「コイツを放って置くと何をするかわからんから、せめて寝ている間くらいは閉じ込めとけ」って扱いみたいに見えたけど、たぶん気のせいだ。
デスピナはご満悦だし、余計な疑問を入れてもしょうがない。
「なにがだ?」
ただ、そのお陰でネズミであるデスピナと、堂々と室内で会話ができる。
「そなたの目的だ。なぜ、わざわざ身元を隠してまで短期留学を行う?」
「アマニアから逃れるためだ」
「なるほど」
瞬時にネズミが頷くくらいには、硬質視線の高身長ストーカーことアマニアの執着は、最近は特に悪化していた。
本人もどうにか止めようとしている節はあるけど、耐え切れないかのように側に来る。
引っ付いてニオイを嗅いで舐めようとしてくる。
その目つきは、時間が経つにつれてヤバくなっていた。
「こういう荒療治がいいとも思えないけど、正直、他の方法も思い付かないんだよなぁ」
「アマニアは体重が増加している様子もあったな、以前が痩せすぎであるため良いとも言えるが」
「それ、お前もな?」
ネズミを指差す。
「む?」
「わたしの支配下に入って安心したのか知らんけど、前と比べて明らかに太っちょになってるぞ、お前」
「はは、そのような馬鹿なことがあるはずがない。吾はいつでも褒め称えられるべく自らを鍛え、怠ることがない」
「へー」
半眼になりながら、指でちょいとネズミを押す。
「てい」
「むお」
偉そうに二本足で立った姿が後ろに転げる。
ころん、と仰向けの格好となる。
「……何をする」
「起き上がれるか?」
「無論」
腹筋の格好で体を起こそうとした。
短い手足がぷるぷると震える。
だが、手足が床を踏むことはない。
「む」
これでは具合が悪いと気づいたのか、体をひねりながら起き上がろうとするけれど、同様に成果は出ない。
「ほ、お、むむ! ならば……!」
「魔術は使用禁止」
最近使えるようになったらしい、部分的な人形の権限を阻止する。
「なぜ!?」
「ダメに決まってんだろ。というか、今の時点で自覚しろ」
「横暴な」
「そうだよ、横暴な支配者だよ」
デスピナは、キッとキメ顔で。
「あるじよ」
「なんだ」
つぶらな目で見ていた。
そこに冗談は一切ない、ごく真剣にネズミは言う。
「起こして」
ここで手助けするからダメなんだろうなと自覚しつつ、その背中を指でささえて復帰させる。
「むん!」
「ああ、うん、すごいすごい」
「もっと喝采を……! 吾はすごく、そう、今とてもすごく頑張っていた!」
「ダイエットがんばろうな?」
「カラカラ回るやつを所望する!」
この船って木製だけど、勝手に削って作ったらダメかな。
+ + +
「それで……」
「ん?」
わたしは書類を読む最中、ネズミはツルツルの床上を必死に走りながら訊いた。
ちなみにツルツル床は、デスピナが魔術を利用して作成したものだ。摩擦係数がとても低い。
瞬時に作り出すことはできないから、戦闘用として使いにくいのだけが残念だ。
「本当の理由はなんだ?」
「だから、アマニアが――」
「それは言い訳であろう。それで謀られるほど吾は愚かではない」
騙されておいてくれよ。
「それも理由の一端ではあるだろうが、それだけならば、もっと別の方法を取るはずだ」
「たとえば?」
「密航だ」
当たり前のように断じた。
「そもそも、現状がおかしい。あるじは短期留学者として正式に応募した後に、わざわざ名を隠して乗り込んだ。だが、そのような面倒をする理由などありはしない。密航は通常であれば縛り首となる罪だが、そなたであればいかようにでも覆すことができるであろう」
「わたし、どんな無法者だと思われてんだよ」
「つまり、相手国に来たことを伝えたいが、直接乗り込んだことを伝えたくはない、そのような葛藤が見て取れる」
「目立ちたくないだけだよ、深い意味はない」
「ニキ・デュカキスにも伝えぬ理由は?」
返事に少し詰まる。
それは――
「事情があるにせよ、この短期留学をまとめる学院生を味方につけて損はないはずだ。いつまでも隠し続けるのは、意図を持った行動だ」
誤魔化そうと口を開くが、すぐに閉じる。
ネズミはいつの間にか立ち止まり、こちらを見ていた。
その目は、嘘や偽りを許してない。
支配し、支配される関係だからこそ、その間に偽りを入れてくれるなと要求していた。
「……用心だよ」
観念して白状する。
すべてではないけれど、部分的な本音を。
「フェダール国にわたしが来たことを知らせれば、国ごと敵に回って殺されるかもしれない。それを避けるために「わたしはこの船に乗っていない」ことにしたかった」
ニキに教えていない理由でもある。
知らないことが彼女の身を守る。
「なるほど、そなたがやりそうな手だ」
「なんだよ、それ」
「敵に情報を与え、その出方を見たいのだ。アイトゥーレ学院のクレオ・ストラウス、この名を彼の国が知った時、どう動くかについては、そなたも掴めていないのだろう? だからこそ偽装している」
肩をすくめた。
大方その通りだったからだ。
「だが――」
止めていた足を再び動かし、ツルツルの床を走りながらデスピナは不審そうな顔をした。
「名を相手国に伝えれば殺されるやもしれぬ……そなた、一体なにをしたのだ?」
「大したことはしていない」
「それを信じる愚か者はこの世にいない」
「本当だって。実際、スルーされる可能性の方が高いと思ってる」
「ああ、そうか、違うのか」
ネズミは素直に頷いた。
「大した事件を起こすのは、これから先か」
「デスピナ、お前わたしのことを反乱軍の首謀者とでも勘違いしてないか?」
「さして違いは無いと認識している」
ダイエット中のネズミは、その後にいくら説得しても誤りを認めなかった。なんでだよ。




