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夜会厄介 〜たまには薔薇も粉砕する〜  作者: そろまうれ
二章 フェダール国編
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ep.64 「なんて厄介な積み荷だ」

船における絶対権力者が誰かといえば船長だ。

狭い世界において、権力関係がハッキリしていなければ混乱が起きる。


ゲオルギオス・パパスは、その中でも「良い船長」と呼ばれる部類だ。

見せしめの処刑や、無駄に増やす刑罰などを行わず、適切に法を敷き、荒れ狂う海の男たちを抑え込んだ。


だがそれも、通常の航海であればの話だ。


「頭痛え……」


まだだ。

まだ問題は何も起きていない。


この程度で瓦解するような体制など取っていない。


それでも、ゲオルギオスにはハッキリと見えていた。

この先に混乱と崩壊が発生し、シャレでは済まない事態となることが。


閉鎖された場所に、多くの動物を放り込んで閉じ込めればどうなるか?

答えは、ストレス過多による共食いの発生だ。

己の縄張りを侵されることに耐えられず、後先など考えずに戦い、周囲のライバルの数を減らす。


これは動物的な本能であり、いくら言葉で説得した所で意味がない。

ムチによる躾か、逆らってはいけない上位者の威圧で、どうにか抑え込めるかどうかだ。


あるいは、ある程度の頭があり、己を律することができれば話は別なのだろうが、海の男にそれを求める者などいない。


どんな荒波にも、海洋モンスターにもビビらない荒くれ者こそが必要だ。

最悪の、絶体絶命のときでも変わらず動けるやつがいてこそ船は動く。


そう、困ったことに船には人員もまた必要なのだ。

帆を畳むにしても補助用の櫂を漕ぐにしても、とにかく人数がいる。


人数不足は操船ミスに繋がり、風をつかめず遅くなる。

海賊や海洋モンスター相手であれば、これはそのまま船の破滅だ。

まあ、大抵の海洋モンスターと出逢えば何をしても破滅ではあるが。


ともあれ、船内の争いは好ましくないが、人員不足はそれ以上に好ましくないのだ。


だから、ゲオルギオスは港に拠るたびに船員をかき集めた。

質など考えない、ただ数だけを揃える。

大半は、航海中に減ることになるからだ。

生き残った何人か使い物になればそれでいい。


減る理由は、船員同士の争いだけではない、単純なミスにより、不衛生な環境により、あるいはふらりと自ら船から飛び降りるなど様々だ。


これらの対策は行わない。

運が悪いやつなど、とっととくたばった方が良い。

実力不足はまだ笑って済ませられるが、不運な奴は船全体を巻き込む死神だ。だが――


「よっと」


メイドが、帆柱から落ちた船員を受け止めていた。

それほどの力があるようには見えないというのに、完全に衝撃を殺しきった見事なキャッチだ。


体格として勝る男は青い顔で「わ、悪ぃ……」と蚊の鳴くような声を出した。


「大丈夫か? 気をつけろよ」


いまさら恐怖がぶり返したのか、全身を震わせる男の頭を撫でながら、そのメイドは温かい飲み物を差し出していた。

どこから取り出したのか、船長である彼の目からでもわからない。

あるいは、あれが「魔女」の技なのだろうか。


「船員がまったく減らんとか、想定外すぎる……」


メイドの努力により、気の緩み始める四日目という時期なのにミスはまるで発生しない。

それどころか、船内は清潔に整えられ、そろそろ発生する腐敗臭も来ることがない。


健康で体力を持て余した男どもが喧嘩を始めるだろうが……


「あのメイド、それすら止めそうだな……」


その表情と動きを見ればわかる。あれは、「従わない者」だ。

己のルールにのみ殉じ、既存のルールを完全に無視する。

情には厚いが、敵には冷淡であり、その区切りを明確につける。


あの者にとって、きっとこの船の大半は「どうでもいいもの」という扱いだろう。

だが、どうでもいいからこそ、気に食わない争いを止める。


個人としては好ましい。

だが、船長としては論外に近い。


「……」


この航海の間だけであればいいのだ。

なんの問題もない、むしろ快適な旅だ。


しかし、次の航海はどうなる?


運ぶ魔女たちは、そこには乗っていない。

今回選んだ新人どもは、この上なく楽な航海で経験を積むことになる。


だが、本当に耐えなければならないのは、あのメイドや魔女が排除したものだ。

ウジが湧くような食事に、衛生からは程遠い環境、怪我をすれば放置され、亡くなれば水葬。それすら実はまだマシだ。宗教的な理由があれば「連れて帰る」必要がある――つまりは、船の一番下に遺体を放り込んで共に行くことになる。


そうした最悪な環境に、果たして耐えられるのか?


いや、そもそも新入りだけではない、古参の連ですら今回の船旅に味をしめて言うのではないか?

魔女や魔術師を――あの「外れもの」どもを乗せるべきだと。


「なんて厄介な積み荷だ」


あのメイドの活躍は、船長を頂点とした権力のピラミッドを崩そうとしている。

どうにかしなければならない。


だが、どうすればいい?

魔女を相手に強気になることは、非常に難しい。


その敵がどのような力を持つかがわからないからだ。

力拳がものを言う環境で育った彼にとって、彼女たちは未知の「反逆者」だ。



 + + +



結局のところ――事情を真正面から話し、伝えることにした。

やっていることそのものは助かるが、その楽を覚えたら困るのは船員たちであることを。


「そっか、わかった。悪いな、余計なくちばし突っ込んだ」


案外、簡単に頷いた。

話の分かる魔女で良かったと安堵するが。


「けど、人間の肉を食って半分くらいモンスター化したネズミがいたが、これの退治は別にいいよな?」

「は?」

「たまに夜中に船員が減ってないか? そいつがやってるらしいぞ」


たしかにあった。

夜の海を見るうちに、ふらりと飛び込むバカが出るのはいつものことなので、気にもしていなかったが、まさか……?


「いろいろ調べてるが、割りと狡猾な奴だ。ちょっと時間がかかりそうなんだよ」

「待て、待て!」

「なんだ」

「本当か?」

「わたしよりも、船長の方が心当たりあるんじゃないか?」


この船は、他と比べて人員の減りが特に速いのではないか、とは感じていた。

だが、詳しく調べたわけでも比較したわけでもないため「気の所為だ」と言われれば頷いてしまう程度の差ではあった。どの船長であっても己の船の内情を外にべらべらと喋ることはない。


「あと、反乱起こそうとしてるやつもいるみたいだが、これもいいか?」

「ああ……その手の話はいつものことだ、船員の愚痴ぐらい、好きに言えばいい。船員の少ねえ特権だ」

「そっか、なんか海神に船長を生贄に捧げるとか言ってたみたいなんだが、まあ、宗教は自由か」

「トリオスの馬鹿、棄教したって話は嘘かよ! 生かしておけねえ……!」

「いや、そこまで……」

「あいつが邪教信じてんのが問題じゃねえ! 男と男の約束を破ったのがクズだ!」

「あ、そりゃ仕方ない」


話の分かる魔女だった。その顔には「約束破りは死んどけ」と書いてある。


「それと船医だけどさ。こいつが毒薬を用意してわたしたちに使いそうなんだよ、これの自衛はさすがにするぞ」

「……」


船長は思わずそのメイドを見た。

その顔は、嘘を言っているようには見えない。

だが、だからこそおかしい。


「おい、さすがにこれを拒否されたら怒るぞ。黙って殺されるつもりはねえ」

「そうじゃない、そうじゃねえんだが……」


さすがに不審すぎた。


「どうしてお前、そこまで知ってる? 今朝方起きたばっかりだよな」


睡眠薬を自ら煽り、延々と寝ていたことは知っていた。なんでもないような顔をして起き上がる様子を見て、心から驚いた。

一度そうなってしまったものは、そのままくたばるのが普通だ。


だが、このメイドは蘇生どころか、元気に働き動いていた。

まるでそんなことなどなかったかのように。


今も真面目な表情で頷く。

その顔は、やけに血色がいい。


「わたし以外のやつは起きていた、その事情通から聞いた」


疑惑は晴れることがなかった。船長が見た所、学院生の大半が船酔いだった。また、貴族子女ということもあり、大変にお行儀がよろしい。

とてもじゃないが船内の様子を詳しく調べて尽くせるような奴はいない。


「……裏は取る、だからモンスターとやらへの手出しはするな。馬鹿狂信者のトリスの聞き込みはこっちでやる、本当だったら海神とやらへ直で逢いに行かせる。船医が馬鹿やるのを叩くのはいいが、殺すな。あれでも貴重で代えの効かない船医だ」

「了解、ネズミを見かけても手出しはしない」

「ああ……」


返事をしながらも、どこかひっかかりを覚えた。

嘘ではないが、本当のことも言っていない、そのような感覚だ。


情報で、人を操る。

拙いないながらも、それをされたのではないか?

そう、今までの会話は、「このメイドがネズミを殺さないことの保証」を得たいがためにしていたのでは。


「……考えすぎだ」


船長は頭を振る。

遠ざかるメイドの肩に、小さい何かが乗っていたように見えたのも、きっと気の所為だ。


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