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夜会厄介 〜たまには薔薇も粉砕する〜  作者: そろまうれ
一章 アイトゥーレ学院編
55/105

ep.55 「諾」

一応は拘束は外さずないままにする。

ここで一番最悪なのは、全力で逃げられることだ。


「吾は、ここで殺されても仕方ないとは覚悟している」

「なんかもう、それ、嫌になった」


必要なんだろうとは理解している。

それでも、死ぬほど寝覚めが悪くなる。


考えてみれば、地下下水の清掃は、リリさんに頼まれごとをされた程度の話だ。

是が非でも完遂しなきゃいけないことじゃない。


「あー、とりあえず、囚われた学院生、ちゃんと全員助けられたのか?」


アマニアに向けて聞いた。


「ええ、他の場所に隠されていなければですが」

「吾が保証する。拐かした人間の保管場所はあの地点だけだ」

「ぼくが見たところ、魔力欠乏ではありましたが、それ以外の怪我はありません」

「無論だ。餌もきちんと供給した」


それって普段はネズミが食べてるものじゃね? とは言わないでおいた。


「そうか、助かった。マジで感謝するわ」

「ええ、本気で大変だったわ、これでなんの成果もなかったのなら、貴女のことを見限ろうかと考える程度にはね」


カリスは心の底から嫌そうな顔だ。

ニオイを気にしてるのか、しきりに衣服を嗅いでいる。


「デカい貸しだな」

「対価は労働力で支払ってもらうわよ」

「ええ、ぼくの取材に協力してもらいます」

「……ふたりとも似たようなことを言っているはずなのに、なんかぜんぜん違うことを要求されてる気がするのは気の所為だよな?」


カリスは不思議そうな顔をし、アマニアは「ええ、もちろん」と静かに頷く。


「まあ、いいや。デスピナ、お前にひとつ要求がある」

「なんだ」

「わたしの支配下に入れ」


よほど意外だったのか、ネズミは動きを止めた。


「なに?」

「わたしが問題視するのは、お前の群れが無制限に増えることだ。それを抑えることができるのなら、後は好きにしていい」

「吾らに我慢をしろと?」

「そうだ。その代わり、地下下水はお前らの場所になる。脅かされることはもう無い。厄介な別の敵がくれば、わたしが助力してやる」

「それは――」


もともとこのネズミの、群れのリーダーとしてのデスピナの目的は、生存だ。

わたしという敵に脅かされない状況を求めた。


この解決手段として、別天地への移住か、天敵の排除を選んだわけだけど、それ以外にも道はある。

わたしという敵を、味方につけるやり方だ。


「というか、ネズミの群れが学院に行ったところで、そんなに上手くやれるか?」

「む」

「デスピナ、お前が力付くで全てをひっくり返すことができない以上、学院のやり方に従う必要がある。大量のネズミの全員が、それに適応できるとは思えない」


上級生や先生たちの様子を思い出す。

学院そのものを夜会で覆われたというのに、焦った様子も混乱した風もなかった。まるで、「この程度ならいつでも解決できる」とでも言うかのように。


デスピナは学院最強とは言われていたけど、実際にそうだと証明したわけじゃない。

少なくとも、デスピナに勝った今のわたしであっても、この学院を圧倒できない。リリさんを越えられる気がしない。


「居心地のいい場所で、少しの不便を受け入れる。そういう形の支配を受け入れろ」

「む、むむむ……っ」


悩んでいるのはプライドもきっとある。ここまで群れのトップとして君臨し続けた。下ることは、その矜持を放り捨てることだ。


「……そもそもの話……」

「なんだよ」

「現状は、これだ。吾はそなたの手の内にある。そなたは、ただ望むがままにすればいいだけだ」

「やだね。それはわたしの支配じゃない」


少なくとも、双方の納得がなければ嫌だ。


「お前たちのデメリットは、人口増加と移動範囲の制限だ」


本当にそれだけだ。

わたしたちが捨てたものを食べたところで、それほど困らない。

ただ、学院に我が物顔で出てこられたら困るってだけだ。


「逆に、わたしから提示できるメリットは3つある」

「なんだ」

「さっきも言ったが、いざという時の戦力の後ろ盾になれる」


この島は、もともとはダンジョンだったものを改装したものだ。

危険な野生動物はもちろん、モンスターの類もときおり出てくる。


これをいち早く察知し、撃退するのは、こっちとしても望むことだ。


「なるほど」

「また、ここにはカリスがいる」

「どういうことだ?」

「どういうことよ」

「お前たちの事情を知っているやつと取引ができる、ってことだよ」


ここのネズミは、ある程度は魔力を持つ。

その魔力を集めて他の欲しいものに変えることが、カリスの夜会を通じて行える。


「それぞれが欲しいものを手に入れられる」

「ほう」

「ねえ、なんか嫌な方向に話が転がっているのだけれど?」


気のせいだ。

ただちょっと、オークションに大量のネズミが湧くだけで。


「最後にまあ、この取引に応じるならくれてやるよ」

「なにをだ」

「形見のネックレスを」

「は……?」


唖然とするネズミを、わたしの肩に乗せながら、その首にかけてやる。

半端にチェーンが壊れたそれは、うまい具合に絡まりその首元を彩る。


「この形見のネックレスはわたしのものだ。だが、デスピナ、お前がわたしのものになるなら、お前が使ったところで問題ない。どっちもわたしの支配下にあるんだからな」


これを気に入っている様子は見て取れた。

そして、わたしが身につけるより、こいつが身につけた方が「奪われない」ことに関しては安全だ。


「それは――」


ネズミはきょろきょろと周囲を見渡した。

真正面から見つめるわたしを、硬い目で事態の記録を続けるアマニアを、儲け話と厄介事が同時に発生して頭をかかえるカリスを。


その短い手で、ネックレスの宝石部分を握り。


「吾は、そなたに認められた、ということか? これを渡してもいいと思うほどに」

「まあ、そうだな」


その程度には評価している。

戦っている最中、デスピナに伝わってた喝采は嘘じゃない。


「諾」

「ん?」

「そなたの支配を受け入れる。今、このときから、吾はそなたに褒められるために生きる」


なんか違うんじゃねえかと思いながらも手を伸ばし、そのネズミのちいさな手と握手を交わした。

天井の開いた下水の、陽光の降り注ぐ下で、わたしは学院最強を手に入れ、形見を失った。




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