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夜会厄介 〜たまには薔薇も粉砕する〜  作者: そろまうれ
一章 アイトゥーレ学院編
54/105

ep.54 「わたしの、勝ちだ」

夜会というやつは、やっぱり魔術的な空間で、それなりに外部をシャットアウトするものらしい。

曲がりなりにも結界の一種だ。


わたしの夜会と、デスピナの夜会、それらが同時に壊されたとたん、そこかしこから騒がしい音が復活した。


夜そのものと思えた静けさが、日中の騒がしさに巻き戻る。

今なら授業中の時間帯だと納得できる。


天井部分が壊れた下水路、そこでわたしはネズミを片手で確保している。

噛みつくようなことがあれば、そのまま握りつぶしてやると決意しながら。


わたしたちは、睨み合った状態でいた。

勝って詰ませた状態ではあるけど、油断はできない、できるわけがない。


場合によっては、ここから更に逆転される。

わたしの手の内にいるのは、そういう相手だ。


魔力発散の余波で、わたしから流れる汗はすべて湯気となって蒸発する。

握っているデスピナの身体も、同じくらい熱い。


「なあ」


それでも、わたしが真っ先に呼びかけたのは、カリスだ。

彼女は息も絶え絶えの座り込んだ状態でいた。


「なによ」

「どうして邪魔をした?」


最後の一撃のとき、コインによる妨害がされた。

さほど影響のあるものじゃなかったけど、普通ならあれで止まるくらいの威力は乗っていた。紛れもなく、わたしの攻撃をキャンセルさせる行動だ。


わたしの問いかけに、カリスは嫌そうな顔をした。


「クレオ、貴女は友達よ」

「そうかよ」

「でもね、その友達が取引先を殺そうとしたら、さすがに止めるわ」

「これは、問題ないのか?」


ネズミのデスピナを示す。

今の言葉は、デスピナの正体について知らない段階の話のはずだ。


「なにか関係あるかしら? お金を支払ってくれるなら、クマだろうが魚だろうが取引相手よ」


お人好しの守銭奴らしい判断だった。そこに迷いは一切ない。


「残念です……」


一方のアマニアは、心底無念そうに言う。


「この決着が?」


いろいろと騒がしくした後だが、結局のところはネズミ一匹が暴れただけだ。

話としてはずいぶんしょぼい。


「この戦いの一部が記録できませんでした」

「そっちかよ!?」

「他になにかありましたか?」


迷いなく言われたら、こちらとしても返す言葉がない。


「……わたし視点からの情報は、たぶん渡せる」

「是非」


アマニアの夜会は、こういうときに便利だ。

ダメージついでに情報の伝達ができる。


そして、そのダメージをさんざんくれたやつが、赤い目でこちらを睨んでいた。


まあ、けど――


「わたしの、勝ちだ」


改めて、宣言する。


「お前を殺せば、リリさんに頼まれた清掃作業は終わる。さんざん時間をかけさせてくれたな」

「やるといい」


その赤い瞳に、恐れは微塵もない。


「いまさら命乞いをしようとは思わぬ。吾はそなたに挑戦し、敗れた。それがすべてだ」

「そうか」

「もっとも、吾の生涯をかけた戦いが一矢報いるのみで終えたことは、心底無念だ」


握っていたトンカチの構成を消せば、わたしの左手の、血塗れで火傷だらけの様子がわかる。


素手でレイピアを砕き、このネズミの特攻みたいな突進を止めた結果だ。

あと、脇腹もちょっとばかりえぐれている。


けど、それ以外に怪我らしい怪我はない。


「……あんたは強い」


思わず言葉が口をついて出る。


「その強さは魔力だけじゃなく、群れとして率いるものとしての強さでもある」


遠くに別のネズミの姿が見える。

デスピナの副官だ。


息も絶え絶えの様子で、それでも這って来ようとしていた。


「喝采を力とすることは、喝采されるに足る生き方を選ぶことでもある」


とてもじゃないがマネできない。

そんな息苦しさは御免被る。


「デスピナ・コンスタントプロスはその期待に、応えた。だからこそ、最強となれる力を得た」


横ではアマニアが、何一つ逃さないと観察を続ける。

カリスは難しい顔で腕組みをしている。


「でも、敵だ。それも、決して生かしておけないほどの」


ここで放置すれば、さらに力をつけてリベンジにくる。

次も勝てると思うほど、わたしは自惚れていない。


「だから――」


手に力を入れようとして、異変に気づく。

細い絹糸のようなものに肌をくすぐられていた。

すぴすぴと音も聞こえる。


「ふぉほ……」


なんか恍惚としていた。

ネズミが目を閉じ、頬を染めて、耽溺してた。


肌をくすぐるヒゲが止まり、片目だけが開いた。


「……続けるといい……」

「いや事態わかってるかッ!?」

「褒められたら嬉しい!」

「死ぬ直前かもしれないとか思わないのかよ!」

「撫でられて褒められて良い子だと言われるために吾の生涯はある!」

「どんな価値観だ!?」


ものすごく真剣な顔で「さあ、はよ続きを!」と無言の要求をされた。

デスピナにとって喝采は、生き死によりも重要らしい。


「いや、もう、なんか……」


別に命乞いをされたわけじゃない。

デスピナにとって、これは説得ですらないはずだ。


状況はなにも変化していない。

放置するのは危険すぎる敵だ。


けどわたしは、この状態の相手を殺す気にはなれずにいた。


「ちょっと、話し合うか……」

「?」


緩めた拘束から両手を出したネズミが、真面目な目で「かもんかもん!」という感じで手招きしてたけど、そっちに応える気は一切ない。




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