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夜会厄介 〜たまには薔薇も粉砕する〜  作者: そろまうれ
一章 アイトゥーレ学院編
53/105

ep.53 夜会が砕けた。

わたしとデスピナは対峙する。

幾度も繰り返したそれは、きっとこれが最後だ。


横合いには、肩で息をしながらも撮影をするアマニアの姿がある。

その後ろ辺りには、倒れ伏して身動きすら取れずにいるカリスの様子もある。


小川の流れる音がする。

それしか聞こえない。

今の夜会における最大の音がそれであり、他はすべてそれに紛れた。


デスピナの人形がわずかに動いた。

切っ先を地面すれすれにまで下げている。

その先の水が、ゆらめく。


魔力が充填し、力を込める様子がある。

揺らめく水面がゆるゆると糸状に吸い込まれ、螺旋を描いて剣を彩る。


「……酷い皮肉ではある」

「なにだが?」

「ここには、吾を認めるものが皆無だ、だが、それでもなお現在、吾には力が注がれている」

「――」

「クレオ・ストラウス、そなたは吾を気に入らぬと言いながら、心の底では喝采している」


わたしは肩をすくめた。

そりゃそうだ。


ネズミでありながら、ここまでの地位へと登りつめた。

それに対しては尊敬の念を抱かざるを得ない。


「手加減はしないぜ」

「当然だ。だが、憎むべき敵であっても、否、だからこそ、喝采は真実だ。吾はそれを認める」


人形とネズミ、双方の強い視線を認めてから、わたしは目を閉じ、全身に魔力を回す。

肉体としての身体に、魔力がコーティングされている状況を認識する。

人形コーキィアではない「わたし」を意識する。


重く、硬く、強く、ここに在ることを想う。

毎朝のように鏡越しに見た自分自身、それを美化せず卑下もせず、そのまま認める。


ここにいるのは、わたしだ。

己を支配するって、そういうことだ。


わたしはわたしを肯定する。


見開いた視界の先にはネズミがいる。

互いに認め合う時間は消えた、殺意をこれ以上無く滾らせ、今にも弾けそうにしている。


ネズミの前歯、その噛み合わせが離れるのが見て取れた。

叫ぼうとしている。


遥か上から雨粒が一滴だけ落ちる。

ただの線にしか見えない速度で、眼前を通り過ぎる。


限界まで集中した意識の中では、すべてがスローだ。


ネズミの肺から出された空気が、音と飛沫として飛び出る。

切っ先の水糸がぎゅるりとさらに回転を速め、人形が一歩目を踏み出す。


落ちた雨粒がクラウンを作り出す。

静かな、その僅かな音――



その瞬間、わたしは全身を使って投擲し、長柄のトンカチをぶん投げた。



「な」


デスピナが驚いたのは、きっとわたしが前触れもなく投げたからで、その先がネズミであるデスピナだったからだ。放置すれば致命。必殺の手を防御に回さざるを得ない。


非人間的な動きで弾く。

急ブレーキにより水しぶきが派手に散る。


それは、あからさまな隙だ。


「嗚呼ぁああ!!!!」


無手のわたしは拳を握り、人形コーキィアへと殴りかかる。

上顎骨を狙ったそれは、途中で剣に防がれた。


左手が、いや、左手を覆っていた魔力が砕け、同時にデスピナの剣もまた砕けた。

わたしの生身の手からは血が流れ、砕けた魔力構成は――


「征け!」


デスピナが操り、わたしへと跳ねさせた。

剣の欠片が石礫のように打ち据える。

防御を越えて切っ先が腹横を穿つ。


「っ!」

「シィイイっ!!」


好機と睨んだのか、ネズミが跳ぶ。

その全身を魔力で輝かせ、人形の肩を蹴り、食いちぎるべく流星のように突進する。


この世でもっとも高魔力圧かつ高威力の魔力弾。それを――


「な」


つかんだ。


血塗れの左手で、ネズミをキャッチする。

広がる知覚と魔力量とその操作が、それを可能にさせた。

左の掌が焦げたが、知らない。


わたしはデスピナをつかむ。

より正確にいえば、その全身を覆うネックレスを。


「これは、わたしのだ!」


その支配権を奪い返す。


「ぐ――」

「借り物の力で粋がってんじゃねえぞ!」


血は力を持つ。

直接的に接触させ、無理やりその使用権限を剥奪する。


破砕物の行く先を歪め、すべてわたしの横を通過させる。


「否!」


わたしにつかまれながらも、ネズミの目は死んでいない。

人形コーキィアを操り、貫手を放つ。

必殺のそれは、わたしの目の横目をかすめて通る。


ぎりぎりの回避は、拡張された意識の中で、最適の動作を実行できたからこそだ。

そうとも、わたしの全力は、このネックレスがあればこそ可能だ。


右手だけで、長柄のトンカチを再作成する。

紛れもない、全身全霊。

それは空間すらも歪めて在る。


ネズミと人形、眼前に二種類の唖然が浮かんだ。


「フッ!」


わたしはネックレスの本体を確保しながら、ネズミを放り投げた。

突進と逆方向へ行かせる。

ちぎれたチェーンが宙を舞う。


人形がネズミを受け取めた。

全身を使って勢いを殺す様子が見えた。


ネックレスの本体に触れながら、両手で長柄のトンカチを握り、十分魔力量を保った状態で行う攻撃を――

生まれてから今まで、一度も行ったことがない全力攻撃を行う。


全身に紫電が舞う。

覆う魔力障壁が耐えられずに自壊し、純粋魔力として循環する。


肩に構えたトンカチを、横に振る。


「破ッ!」


世界が歪む、魔術的な空間構成を破壊しながらトンカチは振られる。

コインが当たるが簡単に弾く。

ネズミはわたしを睨んでいる。

この段階に至ってもなお諦めない。

人形が叫び、折れたレイピアで立ち向かう。


「ぴぃ!」


だが、直前になってネズミは頭を抱えて縮こまった。そのすぐ上を、トンカチは通り過ぎた。

レイピアを、腕を、脊柱胸椎を破壊しながら横一文字に行き過ぎる。


ただの一振り。

それで陶器製のツボを壊したような音をさせ、学内最強の人形はあっけなく壊れた。

同時に、周囲のきらびやかな装飾も爆ぜる。


夜会が砕けた。


夜が消え、青空と太陽が薄汚い下水に差し込む。

その下で、短い手足をバタバタ動かすネズミを、わたしは再びつかんだ。


「ふぅ……っ!」


強く呼吸する周囲では、破壊された魔力のカケラが落下していた。


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