ep.52 「デスピナ、お前こそが招かれざる客だ」
許せない、と剣が振られる。
邪魔をするな、とネズミが吠える。
人形は限界を越えて稼働し、その攻撃はいっときも休まない。
わたしの夜会と、デスピナの夜会。二重に張られた夜の下で戦いは繰り返される。
「クレオ、そなたが表に出なければ、このようなことは起きなかった!」
「ふざけんな! それは形見だ! とっとと返せばわたしは引っ込んでたよ!」
「あのように褒め称えられながら、その上この宝まで手にしようというのか、どこまで強欲となれば気が済む!」
「短い手でわたしのものを抱えてんじゃねえぞ! なに被害者ぶってんだ!」
ネズミはわなわなと震えながら、ネックレスをぎゅっと抱きしめていた。
その身体に巻かれたチェーンが揺れた。
「そなたは、悪だ。この世でもっとも許しがたい猛悪だ!」
「人間の住居に勝手に入って、人のもんを勝手に盗んで、その上で手前勝手な正義ヅラしてんじゃねえ!」
「吾の喝采を、そなたが奪った!」
クソ会話にならない。
けど、その気持ちばかりは伝わる。
弾けた魔力から伝達された。
わたしが夜会に訪れた――その情報を得たデスピナたちは、狂乱して混乱した。
逃げ込もうとしたその先に、わたしが陣取り、待ち構えている――そんな格好に見えた。
だからこそ、すべての手段を使い、わたしを倒そうとした。
いつまでも逃げてはいられないと覚悟を決めた。
最善は、捕らえて地下下水に確保すること。
殺さずに人質として捕らえ、その上で「目をかけている存在」と交渉する。
普段から積極的に動いていない相手だ、多少の危険があっても放置している、話し合いくらいはできるはずだ。
それが不可能ならば、殺傷する。
夜会という、他からの介入がなされない状況で、厄介者を確実に排除する。
選べる選択はこの二つ。
どちらの手段を取るにしても、膨大な戦力が必要だ。
だから、学院生を浚い、そこから魔力を抽出した。
これにはデスピナではなく、副官の夜会を活用した。
人を昏倒させ続け、そこから魔力を奪った。それは、大量の人形を作成できるだけの魔力の確保に繋がる。
同時に、その「いなくなった学院生」の代わりに、ネズミや副官の人形を送り込んだ。
アトゥール島の全域に展開した夜会、そこでデスピナをより効率よく喝采させ、扇動役とするために。
状況としても魔力としても楽に勝てるだけの準備を整えた。
たかが一人の人間、それも下級職員。楽勝だ。完勝だ。今日は皆でパーティだ。
そのはずだったというのに、覆された。
喝采を送り込む学院生たちが寝返り、力の供給先を変えた。
スキャンダルが何もかもをひっくり返した。
狡猾さで、ネズミは人に負けたのだ。
「ふッ!」
「シィイイぃいッ!!!」
剣とトンカチを叩きつけ合う。
秒間に十も二十も火花が散る。
そのすべてに幾重にも積み重ねられた魔力が乗る。
そのたびに、夜会そのものが揺らめく。
空間に歪みが生じる。
状況は削り合いだ。
ネズミはその全身に巻き付けたネックレスを光らせ、威嚇の叫びを鳴らし続ける。
操る人形は人体の動きを模さず、関節を逆に曲げながら剣を操る。
そこにいるのは「人形」ではなく、もはや一個の「武器」だ。
うん、人間離れしすぎて、ぶっちゃけ気持ち悪い。
人間の体って、そんな風には曲がらないから。
「そなたは人形だ!」
「あ?」
「中身のない虚ろであり、樹木のウロだ、この夜会の空虚こそ、そなたの本質だ!」
豪奢で広々とした夜会。
だが、そこには誰もいない。
ネズミの群れですらも離れて逃げた。
「吾の夜会と、否、これまでの夜会との差異を思い知るがいい! そなたの夜会に訪れるものは誰もいない! そのような独り法師が何を誇る!」
「――」
「吾に従え、吾に下れ、それだけがそなたを救う」
攻撃だな、と思う。
不利だからこそ、言葉でダメージを与えようとしている。
この夜会の主催者であるわたしへの難癖つけだ。
けど同時に、そう間違ってもいないなとも思う。
わたしの開いた夜会には、目的がない。
誰かと共有できるものがない。
カリスのように欲望を、アマニアのように情報を、デスピナのように喝采を共有し、他とやり取りすることができない。
わたしの夜会は、誰かと交流をはかるためのものじゃない。
そのための手段が、何もない。
「知るか」
「む」
「この程度の支配も乗り越えられないやつと、仲良くしたいとは思えないね。わたしは友達を選り好みする」
だが、わたしの夜会が間違っているからと言って、それはデスピナに下る理由にはならない。
「お前とは趣味が合わない。お前の下についても息苦しくなるだけだ」
「強がりを――」
「それにな、お前が言ってるのは、以前のわたしだ」
視界の端に、全速力で走る人の姿がある。
それは映像機器を構え、ひどく硬い目をしていた。
さらにその背後では、ぜいぜいと足をもたつかせながら「いー!」という顔をした令嬢もいる。
どちらも、平気な顔をしていた。
なんの問題もなく、ここにいる。
少しだけ浮かんでしまいそうになる笑みを噛み殺す。
まだ、敵の眼前だ。
「ここは、わたしの夜会だ。わたしが気に入った相手を招待する場所だ。デスピナ、お前こそが招かれざる客だ」
言って、わたしは長柄のトンカチを肩に構える。
いつもの、ネズミ退治の姿を取る。
「いい加減、決着つけようぜ」
人形の肩に乗るネズミは、心底気に入らないという目でわたしを睨んでいた。




