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夜会厄介 〜たまには薔薇も粉砕する〜  作者: そろまうれ
一章 アイトゥーレ学院編
50/105

ep.50 それは、ひとつの歴史だ。

夜会が広がる。

夜会が静かにそこにある。


静寂に満ちた、どこか峻厳な雰囲気すらある空間は、特性のためだ。


わたしが開いたそれは、ものすごく簡略化して言ってしまえばダメージゾーンの作成だ。

常に魔力が蒸発し、拡散し、消え失せようとする。


地下下水を対象とした夜会の全領域で、「己自身を支配していないもの」にペナルティを与えている。

その完璧を壊すかのように、わたしのトンカチとデスピナの剣は鳴る。


「ふっ!」

「くっ……!」


打ち合い続ける。

互いに魔力を構築し、他へと逃さぬようにしながら武器を叩きつけ合う。

そのたびに、こぼれるものがある。


激突して弾かれた魔力が、この夜にほどけて消えてゆく。


「――ァアアあッ!」


人形コーキィアの肩に乗るネズミが鋭く吠える。

悪夢にも出てきそうな声は、けれど、脅しにもならない。


それは、わたしがわたしを支配することを越えられない。


「テメエ自身を律することができていない! わたしの形見のネックレスを持ちながらその程度かよ!」

「口を閉じ黙すがいい!」


ここで、この夜会で必要なのは、ただ支配のみだ。


「喰らえッ!」

「望まぬっ!」


回転しながらトンカチを送り込む。

その金属部分に魔力を充填させて打ち込む。


反撃の攻撃をギリギリで回避し、その余波を保有魔力で抑え込む。

中央で流れる小川、その飛沫ですらも完全にシャットアウトする。


それは――わたしがこの下水でいつもしている行いだ。

汚濁防止のために全身に魔力を張り巡らせ、一撃で倒すべくトンカチを振る。

わたしはわたしを生かすために続けた。この仕事をこなした。


「ぐっ……」


他方、デスピナもそれに似たことを続けた。

人形を操り、人と同じように振る舞い、その上で優秀さを見せつけた。

知識としても経験としても周回遅れのネズミの身で、学院生に追いつき、ついには追い越した。


だが、それでも隙がある。

そのモチベーションは喝采であり、他から認められることだ。


今ここには、誰もいない。

何も無い。


デスピナの夜会は学院全体に張られている。

この地下ですら、その対象内だ。

わたしのそれに被さるような形で展開されている。


だが、悪意や罵倒を送り込んでいた学院生はもちろん、ネズミの群れですらも散っている。ただ二人きりでの争いだ。

豪奢な色彩と意匠は広々と、楽曲すらなくただ剣戟が響く。


ここには、デスピナが求めるものが、カケラもない。


「――」


求めるように、探すように、デスピナが周囲を見るたびにこぼれて剥がれるものがある。

魔力供給源としての喝采は、どれだけ探してもありはしない。


「吾はッ!」


それでもネズミは、わたしに殺意を向け続ける。


「クレオ、そなたを罰すッ!」

「やれるもんならやってみろ」


剥がれる、落ちる、消えていく。

デスピナからの魔力が蒸発し、夜会へとばら撒かれる。


そこには、情報も乗っていた。ある一匹のネズミの過去を覗き見る。

わたしの支配下にあって把握できたそれは、ひとつの歴史だ。



 + + +



最初に見たものは、花の群れだった。どこまでも、果てなどないかのように広がる薔薇園。そこで呆然と目覚めた。

産まれ落ちたのは、きっともっと以前のことだ。

それでも、外界をきちんと認識したのはその瞬間だ。


そのときに、その一瞬をきっかけに、意識が生じた。

外部の刺激に反応を返す生物ではなく、己として存在した。


鼻を動かせば、かぐわしい香りがある。

口元は濡れていて、口内いっぱいにそれがある。


食べたのだ、と気づいたのはもっと後になってから。

隠された薔薇園で、ネズミは薔薇ロギアを口にした。


それが、自意識を生じさせた。

己がここにあると認識させた。


遠く、声がする。


果てなどないような暗闇は空に広がり、それに反発するかのように地上は薔薇の光に包まれている。

その底で泣き声がしていた。


ネズミは、思う。

これは人間だ。

人間のものだ。


自分たちを見つめては喚いたり殺そうとしてくる奴ら。

その子供が、どこかにいる。


赤ん坊、ではないだろう。

特有の甲高さがない。

いくらか成長した後のものだ


鼻が動き、そのニオイを憶える。

種族としてあまり良くない視力では、その姿を捉えることはできない。


「ああ、やっと……」


別の誰かの声を聞く。

ぞくりとした震えは、生命危機のためだ。

ありとあらゆる感覚器官が「これに見つかってはならない」と絶叫していた。


こちらを意識していない。

こちらを認識していない。


子供にばかり注意を払っている、だからこそ、まだ生きていられる。

他に、この怪物の領域に侵入してなお生存できた根拠はない。


「長い時を越え、生きてまたあなたと出会えたことに感謝します――」


可能な限り音を出さず、だが、全速力で逃げ出した。

しかし、それでも意識の隅に「生きて在ることを喜ぶ声」が焼き付いた。


その何かが、子供に光るものを渡そうとしていることも、視界の端で捉える。

どちらも、寿ことほぐためのものだ。


それはネズミとしての自分がこの先、決して得ることができないものに違いない――




そうして――逃げ出した先で、ネズミはネズミとして生き続けた。

それは単純なネズミとしてではなく、彼らを率いる王としての生き方だ。


より広く、より多く、より安全に生き続ける。

その望みは、しばらくの間は続けることができた。


栄光の日々だ。

今思い返しても、あれほど不安なく生を謳歌できたときはない。


「ぼしゅ?」

「ボスだ、せめてそう吾を呼べ」


幼馴染と呼べるものにも、意識が生じた。

それは落石による怪我を負った際、この幼馴染が必死に彼女を舐めて治そうとしたからだ。


2ml――それだけしか出血できないネズミという生物が、どうにか生存できたのはそのおかげだったが、同時に知恵もまた分け与えた。


あの園で食べた薔薇、その成分がいまだ血に残存していたのかもしれない。


「ぼしゅしゅ……?」

「ボス、だ」


もっとも、薄れたためか、あまり確かなものではない。

その知恵が、その意思が確かなものとなったのは、そこから更に実験を実行してからだ。


幼馴染がそれを口にした途端、すべてが変わる。


「これは、どいうことですか」

「ふむ、成功か」


気づけば近くにあった薔薇。誰に言われずとも「己のものである」と確信できたそれの花弁を分け与え、食べさせたのだ。

胡乱にたゆたうそれが、明確な意思へと凝縮した。


「吾に協力しろ」

「いつもしてますが?」

「もっとだ、足りない」


己の血と、薔薇の花弁、この2つを与えれば意思あるネズミを作れる。

そう確信はできたが、これをこの副官以外に行うつもりはなかった。完全に味方と言える幼馴染であればともかく、下手をすればライバルができる。


なにより、同レベルのものが周囲にいっぱいだと、褒められないじゃないか。


「なぜ不足が?」

「敵が現れた」


それは、人間だ。

通常の場合、下水へと魔術を放り込むだけで終わらせる「退治」ではなく、わざわざ乗り込んで直越叩く奴が出た。


どれほど連携しようと、どれほど知恵を凝らそうと、すぐに突破し追い詰めてくる。


強敵ではある。難敵である。

ネズミ退治の専門家だ。


だが、さらに悪い情報もある。

その専門家は、どうやらまだ幼体だ。


部下からの目撃情報、足跡の大きさから見て間違いない。


この先、さらなる成長をされればどうなるかなど、わかりきっている。今でも苦しいというのに、さらに生存が難しくなる。


「吾らは、この下水を離れなければならない」


苦渋の決断を迫られていた。


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