ep.47 「感謝の証としてフルパワーでぶっ叩いてやる」
魔力が充溢する。
力が次から次に湧き上がり、果てなど無いかのように注がれて、余分なそれがわたしの輪郭を彩る。
デスピナが用意した夜会だというのに、今やわたしをパワーアップさせるための装置として機能していた。
これまでになく力が満たされている。
他方、デスピナにも力は流れ込む。
もっともそれは、マイナスの要素を含むものだ。
暗く淀んだものが取り囲む。
最初とは、まったく逆の姿として対峙した。
仮面を外したわたしは光を纏い、犯罪を暴かれたかつての英雄の姿を、トンカチで指し示す。
「……吾が欲したものは――」
デスピナは、ぽつりとこぼす。
「喝采だ。他に求めるものなどありはしなかった」
「そうか」
黒髪の奥、黒いオーラの底から目が睨む。
赤い双眸は、ただわたしだけを捉える。
「邪魔をしてくれたな、頓挫させた、吾が野望を打ち砕いた」
その背後では、最初は恐る恐る、だが、やがては絶叫のような非難の声が湧き出る。
先程まで熱烈に応援していたのに、いや、むしろだからこそ、その過去を帳消しにするため声の限りに罵倒していた。
「ただの自業自得だ」
「否」
暗がりが、レイピアへと流れる。
細身の剣が、まるでバスタード・ソードのように太く、長く、変じる。
皆が望む英雄から、ただ戦闘力を求める姿へと変貌する。
「まだだ」
デスピナは、ここに至っても諦めていない。
背後の非難を、また喝采に変えてやるとその目が言う。
「……一度盛大にケチがついた英雄が復活するのは厳しいぜ?」
「諾」
「お前の望みは、もう叶わない」
「認める。吾がこれより先、いかなる英雄的活躍をしたところで、心からの喝采を受けることは最早ない」
「だろうな」
「そう、吾ならば、吾であればだ」
言いながらも睨まれた。
やけに粘ついた視線だ。
欲してやまないものを見るそれだ。
いや、なに言ってんだコイツ?
「クレオ・ストラウス、今のそなたは、吾が求める位置に近い」
「は……?」
言葉の意味が、理解できない。
だが、遅れて気づく。
「おい、テメエ」
「この薔薇を使用すれば、人形の外装を得られる。望む姿に変化を行える。今そなたがそうしているように……!」
今現在、モニターは地下下水の様子を映し出している。
デスピナの言葉は、周囲の誰にも届いていない。
「クレオ、吾はお前になり変わる。そなたの姿を手に入れる。そなたが得た喝采のすべてを奪い取る! これこそが報復としてふさわしい!」
黒い剣が振られる。
今までになく殺意の乗る一撃だ。
わたしを打ち倒し、わたしに成り変わるために狩ろうとする。
学院生たちの、心からの罵倒を力に変えながら。
「やっぱテメエは盗人だ!」
「なんとでも言うがいい! 吾が欲するは喝采だ! 手段など選んでなどいられない!」
「どいつもコイツも見る目がねえなあ!」
わたしの普段の生活とか、ぜったい知らないだろ。
仮にわたしだったら、絶対に選ばない。
「来たれ、吾が輩よッ!」
人形が現れる。
一体どこに潜んでいたのかと言いたくなるほど大量に。
学院の角から、入口から、背後の庭園から、あるいは気づけばいつの間にか現れる。
数十、いや、数百の単位だ。
もはや学院生を模したものではなく、顔のない人形として出現した。
ダンジョンでモンスターの集団が出るかのように、学院に人形の集団が襲撃を仕掛けた。
「学院生の喝采など、もはや要らぬ。この者たちだけで十分だ!」
「だったら最初からそれだけで満足しとけよ!」
「いやだ!」
「はあ?」
「不足!」
「わがまま言ってんじゃねえ!」
黒いバスタードソードの連撃が繰り出される。
なりふり構わない攻撃は、さっきまでの型通りよりも様になっていた。力任せに、だが、途切れること無く攻撃が続く。
けど、こちらは魔力が充溢している。
力だけじゃない。
魔力の流れが、わずかな風の動きが、地面を踏みしめる衝撃がわかる。
慢性的な魔力不足のせいでカットしていた機能が復活していた。
ようやく目が開いた、そんな心地だ。
情報量が幾何学的に増大する。
拡大された知覚の中で、わたしすべての攻撃を弾き返す。
「不遜な!」
「お前がな」
「吾は、否、『わたし』は、えっと、この程度では、負けぬ?」
「下手クソなわたしのマネとかしてんじゃねえぞ!」
「……くっ、あまりに粗野すぎて、模倣の難易度が高すぎる……ッ!」
「遠回しにディスんな!!!」
なんだよその「こんな言葉遣いをしなきゃいけないの?」みたいな表情。
わたしに成り代わろうとしてるのに、「わたし」に文句を垂れんなよ!
「輩よ、左右へと別れよ! 集団にて押し込み倒し切る。この者、しょせんは一人。吾等が束となれば容易く越える!」
「クソ……!」
それをやられるのが、一番困る。
集団として迫っているのも人形だ。
ただの人間集団には無双できても、基礎スペックとしてさして変わらない集団相手ではさすがに不可能だ。
喝采は力である――
それは、別の言い方をすれば「味方の人数こそが力となる」ってことでもある。
物理的に、それを実現させられていた。
「クレオ、お前を吾に渡せ!」
「やったところで、ぜったいお前ヘマしてバレるだろうがよぉ!」
「代わりに吾となることを許す!」
「なに一つとしてこっちの得になってねえ!」
取り囲まれないよう、わたしは移動を繰り返す。
不利とならないための位置取りだが、デスピナが望む通りの移動でもある。
学院生たちからの見える位置から外れ、供給される力が落ちる。
喝采は、見えない遠くの相手に行うものじゃない。
「この者の先へと向かえ! 逃げ道を塞げ! 積年の恨みを晴らすは今この時ぞ!」
「クソが!」
他の学院生は戦闘に参加しない。
彼らは人形の姿を取れない。
来られても戦力にはならない。
この夜会では、デスピナが許可したものしか人形になれない。
「クハハ、下働きより始まり出世を続け、天上の貴人をも上回る地位へと登る、そのようなストーリーも悪くはない!」
「興味ねえなぁ!」
「吾はある!」
「テメエ一人だけでやれ!」
「頓挫させた責任を取ってもらう!」
「殴ったら殴り返されるくらいは当然だろうが!!」
なんかもう根本的に噛み合わない。
「そうとも、考えてみれば最初からこのようにすべきだった。なりふり構わずそなたを殺せばよかったのだ、そなたの罪悪を精算すべき時が来た!」
「そこそこ真面目かつ品行方正に暮らしてるっての!」
「否! 虐殺者め!」
意味のわからないことを言われた。
本気で心当たりがない。
けど、どちらにせよ、ちょうどいい。
格好の地点にまで来れた。
暴れて離れて来れたのは、何も無い場所だ。
建物も無ければ木々すらない。運動の好きな生徒がたまに使う程度の、半端な広場だ。
そこの中心にわたしは立ち、人形の群れに取り囲まれる。
「その身柄を引き渡せ、そうすれば命ばかりは助けてやる」
「ありがたすぎるな、涙が出そうだ。感謝の証としてフルパワーでぶっ叩いてやる」
「……やはり、気に食わぬ」
「何がだよ」
デスピナは前傾姿勢の、どこか肉食獣を思わせる姿勢で、下から睨みつけていた。
「何があろうとも、その傲岸不遜を変えぬ。くだらぬ去勢を、見え見えの偽りを、一体いつまで続ける?」
「決まってんだろ」
何いってんだコイツ。
「お前をぶっ潰し切るまでだ」
「やはり、そなたは許しがたい悪魔だ!」
「知るか!」
わたしはトンカチを真上へと掲げる。
注がれた魔力は、まだこの身体の中に残存している。
満たされた力を、デスピナのように無駄に外部に放出していない。
「――このすぐ下に、下水道が通ってることは、知ってるか?」
ポツリと言う。
そう、わたしはすでにそれについて調べていた。
位置関係も把握している。
わたしは、ここにこそ来たかった。たとえ万の軍勢に囲まれても不利とならない地点に。
「ッ! 皆ッ! 離れ――」
「遅え!!」
全力の一撃が地面を穿つ。
極限まで練り込んだ一撃を、知覚により把握したもっとも弱い地盤箇所へとぶち当てた。
隕石が落ちたかのようなクレーターが刻まれる。
その円は、断続的に直径を広げる。
「せっかくだ、全員で落ちようぜ!」
地盤沈下が拡大する、周囲の集団すべてを飲み込む。
甲高い悲鳴と共に、懐かしの下水へと行く。




