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夜会厄介 〜たまには薔薇も粉砕する〜  作者: そろまうれ
一章 アイトゥーレ学院編
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ep.11 「意地っ張り」

木槌が鳴り、薔薇は朱から蒼へと色を変える。

ハンマープライス――競売が決定したことを告げるサインだ。


わたしは、はあ、とため息を出し、上げた拳を戻す。

もうこれ以上は喜ぶ動作すら取れない。


全身はもうダルいどころか崩壊寸前だ。


ああ、考えてみれば魔力の無駄遣いをしすぎた。

本来ならもっとちゃんと勝てるはずだったのに、紙一重の差で決着がついた。


「わたしの勝ちだ」


カリスを見つめる。

ついでに近づき、他からは聞こえないようにしながら、その耳元に告げる。


「これは、もともとわたしのだ。返してもらう」

「貴女やはり、あのときの……?」

「カリスの取り分は三割だったか? 欲しいならくれてやるよ」


吠え面かかせてペンダントを取り戻す。

わたしがやりたかったのは、それだけだ。


どちらも叶ったのだから、7000だか8000コインくらいくれてやる。

さあ、物乞いみたいに涙流して喜べ?


手のひらを返して感謝するかと思っていたけど、むしろ鋭く睨みつけて来た。


「馬鹿にしないで。そんなマネができるわけないでしょうがッ」


わたしからすれば、あんまり違いがない。

もともとは丸ごと持っていかれた。


カリスは、どこかバツが悪そうにしながらも。


「目玉商品が必要だったのよ、まさか、ここまでの品だったなんて思ってなかったわ」


言い訳するように言う。


「えーと……」


わたしは、色々と思い返してみる。

下級職員の、ちょっと目立つ感じのネックレスを見つけてオークションにかけた。


理由は「皆が欲しがるようなもの」を出品するため。

多分なんか適当な謂れとかをでっち上げて、価値を吊り上げようとした。


けど、それは「本当に価値のあるもの」だった。それがわかったのは出品する直前だ。

簡易鑑定により、神器に匹敵しかねないものだと気がついた。


さすがにヤバいと思ったカリスは、主催者権限を用いてでも競り落とそうとした。

どうしてそんなことをしたかと言えば――


「ひょっとして、もとに戻そうとしてくれた?」

「さすがにこれを売ることはできないわよ、競り落とした後で貴女と交渉する予定だったわ」

「あー……」


なに?

ひょっとしてわたしの頑張り、実はあんまり意味がなかった?


「そうやって、学院の公共物として扱えるようにするつもりだったけれど……」


いや、意味はあった。

わたしからすれば、売り払われるのと変わらない。


「ちょっと……?」

「貴女がこんな風だなんて知ってるわけないじゃない! 誰がどう考えてもこれの独占は危険よ! こちらからすれば、何も考えずに貴女に返すことは、他の誰かに簡単に奪われるようにするってことなのよ?!」


まあ、下級職員が持っていていいものじゃない、って考えはわかる。


「なら今は?」

「む」

「今のわたしはまだ、それの持ち主にふさわしくないのか?」


カリスはすごく嫌そうな顔をした。


「……貴女を認めるようなことを、ぜったい言いたくないんだけど」

「意地っ張り」

「だから! なんで今のその姿を現実でもしてないのよっ!」

「知るか!?」

「どうしたってちらつくのよ、あれを、あのやせっぽっちの低身長を褒めろってこと!? テュポエウスクラスアイテムの所有者として相応しいと認めろと!?」

「そこまで言わなくてもいいだろうが、わたしのブスさ加減はわたしが一番知ってるよ!」

「現実の貴女、ボサボサ頭で寝間着みたいな格好だったでしょうが! せめてもうちょっと身ぎれいにしてからそういう自虐的なセリフは言いなさい!」

「下水潜ってひとっ風呂浴びた後だぞ! これ以上なく身ぎれいだったろうが!」

「そうじゃなくて――というか下水!?」


言い争い合うわたしたちの横から、どこか申し訳無さそうに。


「あの、これをお渡し致したいのですが、よろしいですか?」


オークショニアがとてとてと近づき、白板に乗せたペンダントを示した。


「そっか。ありがと」

「いえいえ、よい競売でした」

「下水……え、下水……?」

「カリス様が壊れているのですが」

「そのうち元に戻るだろ」

「…………じ、事態が、ええ、ちょっと事態が意外すぎただけよ、貸しなさい」


ペンダントを持ち、チェーンを外す。

もともとは簡易的なものだったけれど、新しいものに変えられていた。

たぶん、それなりの高級品だ。


「……そんな顔しなくても、ちゃんと後でチェーンも渡すわよ、ほら、勝者なんだから胸を張りなさい」

「こういう姿勢って、敵に襲われたとき動きにくくないか?」

「偉そうにするのは勝者の義務よ」


そういうものかと思いながら、カリスがわたしの首に手を回してつけようとするのを目で追う。

人の少ない舞踏会場、壁の花が複雑な感情をこちらに伝える。ざまあ。


背後で、音が鳴る。


最後まで隠れていたネズミ。

卑怯でズル賢く、一番大きい食い物をかっさらうことしか頭にない生物。それが、わたしの後ろにいた。


これ以上ない怖気が背筋を這う。

さっきカバンをさらおうとしたのと似た、けれど、もっと狡猾で、慎重で、容赦のない――


「な」

「え」

「っ!」


新しいチェーンがわたしの首筋を滑るように動いた。

抜き取られ、盗まれ、首元から離れる。


わたしは振り返り、走り出そうとするが、足がもつれる。

本当に限界まで絞り出していた、残存魔力はほとんどない。

片膝をつきながら、睨みつけることしかできない。


盗人は、スカートのすそをつまみながら走る。

その顔は、他と変わらないモブのそれだ。

特徴を示す装飾は何もない。

もともとはあったのかもしれないが、既に捨てるか破棄していた。


誰かが、わからない。

ただ扉を開き、人形の身体から現実へと帰還しようとするのを見送るしかない。


「カリス! この夜会を終わらせろ! 今すぐに!」

「あ、へ、閉会を宣言いたします! 金銭が力となる夜は明けます!」


人形の身体が、壁に飾られた花々が、そして、睨む先の扉までもが消え失せる。

何もかもが白く消える中で、その盗人の、無機質な冷たい目だけが記憶に残る――


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