ep.105 ステュムパリデスに乗りながら(完)
ステュムパリデスと呼ばれる巨鳥に乗りながら思う。
やけに暴れるやつだって話だったけど、アマニアの防護突破が不可能だと諦めたのか、それともなければ、デスピナという脅威がいるためか、やけに大人しく飛んでいた。
途中で起床してしまったカリスは毛布を頭から被りながら、ぶつぶつと呪詛めいた言葉を吐いている。
「いや、この鳥は明らかにあるじどのを恐れているが?」
「人の思考を勝手に読むなよ」
「きちんと制御しなければダダ漏れであろう」
あのスフィンクスとやり取りを続ける内にそういうこともできるようになったらしい。魔力的な接続が強化されていた。
……ん? ということはデスピナだけじゃなくてスフィンクスの方にもリアルタイムでわたしの思考をダダ漏らせているのか?
「うむ、おそらくは」
「だから読むなって、わたしの方からはお前の思考とかわかってないんだからな」
……なんか一瞬、ふふ、って感じの笑い声が聞こえた気がしたけど気のせいってことにする。
思考を読まれて困るようなことはないけど、ちゃんとしたプライバシーが欲しいから、もっと真面目に魔術制御の訓練はすべきだ。
「クレオ」
「なんだよ、アマニア」
やけに真剣な顔で、騎乗席から振り向いていた。
危なくないか、それ。
「ぼくは聞いてません」
「なにを?」
「君についての思考をまるまる聞こえる機会があるという重大事項について、ぼくは聞いてません」
「いや、わたしも今始めて知ったからな?」
「薔薇を食べさせてはくれませんか」
「やだよ!?」
支配下に入ろうとすんなよ!
砂漠でのいい感じのやり取りはなんだったんだよ!?
「君という物語を読める機会を逃がすことはできません、決して……!」
「クソ、忘れてた、こいつ図書委員長だ!」
鳥が攻撃してない状況ではあるけど、アマニアにじりじりと接近されるのは割と恐怖だ。
「前見て運転しろ!」
「この子は賢いので大丈夫です」
「今支配下に置いたらお前の防護が剥がれるだろうが! 死ぬぞ!?」
「ええ、それがどうしましたか?」
駄目だ。
書痴の前に稀少本を置いたような目をしている。
わたしの方から触れないという状況を利用して、わたしのことを抑え込もうとしていた。
「後輩よ」
「なんですか、先読み中の先輩」
「後輩の夜会において、吾の情報を渡すことは可能だと考えるが、どうだ?」
む、という形で止まる。
「そも、本とは演劇のように有り様のすべてをその場にて知るものではなく、文字として記したものを読む行為のことを言う。ならば、そのように知る方が本義ではないか?」
「……先輩、ずるい」
「うむ、先輩とはズルいものである」
なんか知らんが助かった、のか?
「新刊が出るのを待つ時間もまた、読書の楽しみの内であろう」
「その精神的苦痛だけは耐え難いです」
「ふむ?」
デスピナは、アマニアに両手で包まれるような体勢のまま、小首を傾げていた。
一方で毛布に包まれたカリスは。
「……今ここは船よ、だって揺れてるし、海風だって吹いてるわ。そうよ、きっと船で揺られているのよ……」
全力で現実逃避をしていた。
「ああ、うん、そうそう。海の上を移動してるって意味では変わらないよな」
「……ねえ、クレオ」
「なんだ」
「借しは返してもらうわ。精神的にも貴女は借金状態よ」
「いいぜ」
「どうして借りてる側の方が偉そうにできるのよ!?」
毛布内から叫び声がしていた。
カリスなら、本人的には無茶でもわたしからすればそうでもない要求をしてくると信頼してるからだ、とは言わないでおく。
「考えてみれば、先輩は現在、カリス・ペルサキスに所有されている形になるのですか?」
「うむ? そういうことになる、のか……?」
「知らね」
わたしはデスピナを支配している。
そんなわたしをカリスは金銭的に支配している、そんな関係だ。
「……間接的に似たようなことは可能かもしれないけれど、直接的には不可能よ、所詮クレオに借金を背負わせただけに過ぎないわ」
そんなものか。
「それより、この船はいつ着くのかしら……」
「ちゃんと現実を見てる雰囲気なのに、実はまったく見えてないよな」
「そんなことないわよ。羽ばたきの音とか鳥の鳴き声とかまったく聞こえないわ」
「あっそ」
わたしは頬杖をついて会話を打ち切る。
前の方ではアマニアが騎乗し、その膝上にネズミが乗る。万が一に備えてすっぽりと両手で包むようにしているけど、そんなことしなくてもデスピナは自衛はできると思う。
カリスは変わらず毛布に包まれ、船旅の歌を歌っている。たぶん両手で耳を塞いだ体勢だ。
わたしは――
帰る先であるアイトゥーレ学院のことを思う。
あるいは、育ての親のリリさんのことを。
わたしの支配がそうであるように、魔力的に接続すればいろいろなことができる。
思考だって読めるみたいだ。
なら、リリさんなら?
彼女には、どれくらいのことができる?
あの島の夜会のシステムを構築したのはリリさんだ。
それを使って、わたしを過去から現在へと渡らせた。
始祖七王国の反逆からわたしを隠し通し、各国が力を落とすまで百年単位で待ち続けた。
今のわたしは、彼女の影響を強く受けている。
だったら、今のこの思考ですら、彼女には読めているんじゃないか?
「どうすっかなー」
それ自体は、別に悪くない。
考えを読まれるくらい、どってことはない。
アマニアがわたしについて書くのと変わらない。
ただ、ちょっとでもズレれば、それはわたしを縛る牢獄になる。
わたしの自由を奪う檻となる、それは確かだ。
見極めなければならない。
あの島が閉じ込めるためのものか、それとも守ってくれるものなのかを。
「ふむ」
「なんだよ、デスピナ」
「思念を凝らした真剣な思考のためか、あまり声は届いてはおらぬが、それでも伝わるものがある」
「なんだよ」
「あるじ、また反逆をしようとしている」
「誤解だ」
「……」
「――」
「誤解だから、そこの二人はそんな目でわたしを見るな」
アマニアは硬質の瞳にワクワクを宿し、毛布から顔を出したカリスは文句ありげな視線をよこした。
「ほら、そろそろ島も見える」
「話を逸らしているな」
「ぼくは楽しみです」
「お願いだから借金をこれ以上増やすようなことはしないでくれる?」
「知るかよ」
わたしは今までと変わらず気に食わないものは粉砕する。
了
とりあえずは一区切り。
いいね、評価、感想、ブックマーク、誤字脱字報告等、何でも反応ありましたら助かります




