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夜会厄介 〜たまには薔薇も粉砕する〜  作者: そろまうれ
二章 フェダール国編
104/105

ep.104 懐かしのアイトゥーレ学院へ


それからの出来事は、そう大したことじゃない。


ぶっ壊してある程度は無効化したとはいえ、「罪人」としての役割を課せられたわたしは、今すぐにでもこの国を出る必要があった。ひび割れに巻き込まれるような形で「罪人」という文字は半ば消えたけど、それでも完全ってわけじゃない。


「うがぁ……」


なので呼吸をするだけでも、なんか地味にダメージを食らう。


「嫌よ、絶対に乗らない。いい? わかってる? あの鳥に乗るのは嫌だと言っているの!」


カリスは何かを吠えている。


「そんなに嫌か?」

「決まっているわ。あんな目に遭うのは一度で十分よ」

「とはいえ、船はぶっ壊したしなぁ、上手い具合に他のに乗れるか?」


法律違反すれば死ぬという国であるため、好んで交易するところは少ない。

ましてや、つい先日まで巨大イカが封鎖するような形で近海で暴れた。


だからこそ、船長は豪奢な身なりでひどく冴えない顔をしていた。

わたしに船を売り払ったものの末路だ。


まるで「どうしてこうなってしまったのだろう」という表情だけど、現王であるシェリから「相談役」という役割を与えられる厚遇を受けているし、悪くないとは思う。


別の言い方をすると、金を得て自由を喪失しただけだ。

人によっては喜ぶんじゃないかな。


「俺は、海の男なんだよ、クソが……」


ここから船を建造して、船員を集めてといった準備をするには、それなりの時間がかかる。

その間だけという条件つきで、各国を巡った知見を買われて、シェリに助言をする役に就任した。


……意外と王様しているというか、自分勝手なところがあるシェリが、この船長を簡単に手放すかはわからないけどね。


配下をまとめ、即断即決ができるこの人は、割と優秀だと思う。

ひょっとしたら、この国に婿入りすることになるかもしれない。


「おい、俺におかしな呪いかけてねえよな!」

「まさか」


たぶん祝福だ。


役割重視で血筋にそこまでこだわらない国だからこそ、そういう機会もきっとある。


そのシェリは、かなり忙しそうにしている。

文句を言えば死を賜る王から、ちゃんと話を聞いてくれる王へと変わった。それまで堰き止められていたものが溢れ出した。


知っている人間に片っ端から声をかけて体制を作り上げているのも、そういう理由だ。


ちなみにそのシェリから提案された報奨金は断った。そんなことのために戦ったわけじゃない。

周辺国との兼ね合いもあるだろうし、お金はいくらあっても足りないはずだ。


「駄目でしょうが、論外よ」


ただしカリスは、ものすごく不満そうだ。


「どうしてだ?」

「正当な報酬を貰わないままでいいわけないでしょう」 

「そのお陰で変わらずわたしを買い取れている状況だろ?」

「貴女ねえ、わかってて言ってるでしょ? 自覚してるんでしょう? 理解してるんでしょうが……!」

「はて」

「ぶっ殺すわよ」


ひどく物騒だ。


「たかが中古船一隻分の借金で今や貴女を、一国の王様を殺したようなやつを縛れるわけないでしょうが……! 貴女が提案した金額は、女王とツテがあって、王権交代の契機を作り、どっかのスフィンクスとやらを支配してるとわかる前なら妥当だったわ、けど、今となっては手付金にすらならない……!」

「よくわからんけど、わたしが借金をしたのは本当なんだ、それでわたしのことを縛ればいいんじゃないか?」

「……」


じっとりとした、ひどく疑り深い目で見られた。


「どうした?」

「……巻き込む気ね? それが何かはよくわからないけれど、強引に巻き込む気よね?」


金関係のことに関しては、カリスは頭が回る。


「なんのことだ?」


とぼけるけれど、たぶんバレている。


もう過去のことで関係ないと思っていたけれど、始祖七王国の生き残りがいた。


だったら、他にもいるかもしれない。

生き残りか、もしくはその意思を継ぐような者が。

もしそうなら、わたしのことを放置しない。


直接的な戦いは避けるかもしれないけど、金銭的にどうにかできるのなら、きっと手を出して来る。

その炙り出しのために、わたしを売ることにした。


うん、なので、こういう状況になることは、実は想定してない。

王宮に突っ込ませて支配の足がかりとするために船を購入したわけじゃない。

いざとなったらこの国から抜け出すための手段として欲しかっただけだ。


目的はあくまでも「わたしが売り出されてる」って状況の宣伝だ。


「もう、もう! どうして借金を課したこちらが悩まなきゃいけなくなっているのよ!」

「まあまあ」

「十コインで一億コインの商品を買ったようなものだわ、本来なら嬉しいことのはずなのに、高すぎて逆に誰にも売ることができない……ッ!」

「いや、友達を売るなよ」

「貴女自身が売ったんでしょうが!」


言われてみればたしかに。

あっはっはー、と笑うわたしの首根っこをつかみ、カリスはグラグラと揺らし続けた。


割と力強いし、怨念が込められている。

それでも手加減してくれているのか、あまりダメージはない。


戦闘を終えた直後のこちらに気遣いをしてくれていた。

お礼にとして、暴れて疲れて身動きが取れなくなった隙を見て当身を食らわせ、カリスを鳥に乗せようと思う。


「うむ、なるほど」


デスピナは、目を閉じなにか頷いてた。


「たしかにそういうことなのかも知れぬ……」

「なに虚空と会話してんだよ」

「む? かのスフィンクスと会話をしているだけだ。そう気にすることではない」

「いや、めちゃくちゃ気になるんだが」


そういうこと出来るもんなのか?

わたしは出来ないんだが。


「魔力的に接続されている。すでにラインは通っているのだから、言葉を交わすことくらいは可能であろう」

「え、いや、どうやって?」

「あるじ、割と不器用なところがある」

「否定はしないけどよ。ああ、そうだ」

「なんだ」


恨みがましいカリスを横目に、解決しなきゃいけない問題をネズミに相談する。


「支配関係って、どうやれば断ち切れるものなんだ?」

「……あるじ?」

「いや、なんか簡単に接続できたけど、切り離す方法とかわたし知らないぞ」


薔薇ロドンの後押しがあればこそ、可能なものだった。これのキャンセル方法は見当もつかない。

学院でも習い覚えた記憶がない。


「……いくつか、心当たりはある」

「おお」

「だが、伝えぬままでいれば、かのスフィンクスは吾の後輩のままでいる。悩ましい」

「そこ悩むなよ。というか、切断できなきゃお前もずっと支配されたまんまだぞ」

「だが、これから後輩が増えることを考えれば……」

「そんなことは起きない」

「あるじはのどが渇いたら水を飲まぬのか?」


わたしの支配、別に生理現象とかじゃねえよ。


頑迷に嫌がる様子からして、あのスフィンクスとの関係を断ち切るのは、もうしばらく時間がかかりそうだ。


まあ、いざとなったらスフィンクスの方から切断してくるはずだ。

落ち着いたら、事情をどうにか伝えなきゃいけない。

デスピナ経由だと絶対にねじ曲がるから、手紙を村長経由で送ろうと思う。


「……」


そしてアマニアは、先程からずっとわたしのことを見ていた。

近くの椅子に座り、両手を膝の上に乗せたまま、身動き一つすることなく、ただじっと。


「クレオ……」

「なんだ」

「ぼくは、君の筆記者です」

「そうだな」


より正確に言えば――彼女はわたしの唇ばかりをじっと睨んでた。


「なので君とキスをしたらどうなるかを知る必要があります」

「ねえよ」


獲物を狙う目だ。


「何を言っているの?」

「おう、カリスも言ってくれ」

「先程シェリとクレオがしていました。ぼくも体感する必要があります」

「……ねえ」

「なんだ?」


カリスはなぜか顔を青ざめさせていた。


「貴女とこの国の女王って、そういう関係?」

「どういう関係だ。むしろ仲は悪い方だ」

「ということは、無理やり……?」

「はい」


おいアマニア、誤解させるようなことを真面目な顔で頷くな。

それじゃ冗談だって伝わらないだろうが。


「同意無くクレオはそれを行いました」

「そういえば貴女、罪人の役割になったのよね」

「違うからな?」


点と点を結びつけて変なストーリーにしようとするな。

人のこと軽蔑した目で見てんじゃねえ。


「別に貴女の趣味を否定するつもりはないわ。けれどそうしたことはちゃんと手続きを踏まなきゃ駄目よ?」

「笑顔で距離取るなよ!?」

「自衛よ」

「命がかかった状況だったからこそ、やっただけだ。他意はない」

「貴女って、週に一度くらいの頻度でそれがない?」

「……たしかに……?」


デスピナとやりあったり、イカに襲われたり、スフィンクスと戦ったり、あとなんだかんだ細かいことも含めると、否定はできない。


「ごきげんよう、失礼するわ」

「逃げんなよ!?」


いい笑顔で本格的に距離を取ろうとしたので、反射的にその手を取る。


「離してよ!? アマニアもデスピナも最近は妙な具合だし、身を守る必要性をひしひしと感じているわ!」

「誤解だって!」

「はい、ぼくは夜の砂漠で突然のしかかられて、わたしのものになれと要求されただけで、その後は何も起きていません」

「ちがっ!?」

「理解したわ、すべての疑問を解き明かしたわ」

「そういえば後輩、毎朝気づけばクレオの傍にいたな」

「たまに同衾もしています」

「それは初耳なんだが!?」

「離して! はーなーしーてー!」

「ああ、もう!」


アマニアの雷撃で全部一気に伝えられないかと思いながらも、カリスの首をトンとする。


「あぁ……!?」


やけに悲劇的な風に倒れた。

いや、なんにもないからな。

ただあの鳥で皆で飛んで帰るだけだ。


「行くぞ……」


肩で息をしながら言う。


「うむ」

「ぼくが騎乗中、できれば手を握ってはくれませんか?」

「それ全員が死ぬだろ!?」


カリスを担ぎながら、四人で向かう。


短期留学生の何人かが「もうこんな国にいられれるか」と帰国準備してたけど、その手段である船をわたしが打ち壊したのでご破産になってしまったのは、まあ、うん、仕方ない。


わたしたちは、一足先に懐かしのアイトゥーレ学院へ戻ることにした。




次、最終回です

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