31.騎士団にやって来た嵐
「おねえ、さま?」
何で? 何でここに? そんな思いが駆け巡り、思考が停止する。
「レナ、お前、家族に心配かけるのは良くないぞ?」
「え……?」
マテオが信じられない言葉を発し、私は固まる。
「レ、レナさんに何の御用ですか?!」
尋常じゃない私の様子を感じ取ったユーゴが私を庇うようにして前に出てくれた。
「まあ! 私はただ、妹と騎士団の皆さんが心配で様子を見に来ただけなのに」
「どうして……」
お姉様やメイソン様は騎士団に近付けないよう、アクセル殿下が手回ししてくださっていたはず。
「この優しい騎士様が取りなしてくださったのよ」
「?!」
すり、とマテオの腕を撫でるように寄り添うお姉様。
「妹想いの素敵な人だ。流石大聖女候補」
うっとりとした表情で姉を見つめるマテオは、いつも見ていた男の人の表情。
ざあ、と血の気が引いていく。
「さあ、レナ、一緒に帰りましょう? いつまでもご迷惑をおかけしてはダメよ? あなた今何て噂されてるのか知っているの?」
優しい姉の仮面でお姉様は私に近付く。
(その噂だってメイソン様とお姉様が流しているくせに……!)
ギュッと拳を握りしめ、私はお姉様をしっかりと見据える。
「私は、帰りません」
「な――」
「私の居場所はここです」
エリアス様の、騎士団の役に少しでも役立っていられるなら、私はここで為すべきことをする。エリアス様もアクセル殿下も、二度と家に戻らなくて良いようにすると約束してくれた。
(もう二人に搾取なんてされない!)
強い気持ちでお姉様に宣言した。
お姉様は笑顔のまま、口を歪ませた。
「レナ、カミラ様を困らせるな、何でそんなこと言うんだ?」
「マテオ?!」
私たちの間にマテオが割って入る。姉はその後ろで歪ませた口をにんまりとさせた。
「マテオさん、俺たちが口を挟むことじゃ……」
「うるさい、ユーゴは黙ってろ」
ユーゴが私を庇ってくれようとしたが、マテオから強く制される。
(何で? マテオ、どうしてお姉様にそんなに肩入れするの?!)
マテオとはようやくわかりあえたと思っていたのに。
「レナ!!」
悲しい気持ちでマテオと彼に寄り添うお姉様を見つめていると、エリアス様が急いで走って来てくれた。
「エリアス様……」
エリアス様が来てくれたことに安堵し、泣きそうになる。
「お前、どうやってこの騎士団に立ち入った」
私をグイ、と引き寄せ腕の中に収めると、エリアス様は姉をギロリと睨んだ。
「まあ、怖い。私は妹が心配だと神殿に足繁く通っていた騎士様に相談しただけですわ」
なるほど。姉は神殿に通っていたマテオに目をつけ、取り込んだらしい。きっとメイソン様の入れ知恵だろう。
「お前は病で伏せっていて、神殿を休んでいたのではないか?」
エリアス様の言葉に、姉は待ってましたとばかりに高らかに叫んだ。
「そうです! 私はそこにいる妹に力を奪われ、本来の聖魔法を発揮できなくなってしまったんです!」
「な――――?!」
姉の信じられない言葉に私は絶句した。
「妹は、人の魔力を奪う、おぞましい力を持っているんです! 副団長様に取り入ったのも、騎士団の力を削ごうとする誰かの間者だからなんです!」
「黙れ! レナはそんな人間ではない!」
「そ、そうですよ!」
歌うように語る姉の言葉にエリアス様とユーゴが否定をしてくれる。そんな二人の言葉に胸が熱くなる。
「大聖女候補の私と、得体のしれないそこの妹、皆さんはどちらを信じると思います?」
「何を――」
姉がくすりと笑い指差すと、いつの間にか私たちの後ろにはミラーを先頭に、アシル様、騎士団の団員たちが集まっていた。この騒ぎに何事かと駆けつけて来たようだった。
皆、表情を曇らせてこちらを見ていた。
(あ――)
またか。また皆、姉に心を持っていかれるのか。諦めと悲しさが胸の中に渦巻く。
「そりゃ、レナさんでしょ」
最初に言葉を発したのはミラーだった。
「は?」
姉の顔が固まる。
「だってレナさんが俺たちのためにやってきてくれたことは見てきたから知ってる。その点、あなたは突然来てレナさんを貶めて。何がしたいんですか? そんな人の言うことは信用出来ない」
「ミラー……」
きっぱりとお姉様に告げたミラーを見ると、彼はウインクをしてみせた。すると、ミラーの後ろにいた騎士たちからも「そうだそうだ!」と声が上がる。
「な? 皆、この妹に騙されているんですわ! 妹は悪女ですのよ?!」
「悪女はお前だ、偽聖女!」
私を抱き寄せたままエリアス様が言い放つ。
「な、な……?!」
「お引取り願え!」
エリアス様の指示でお姉様は騎士たちに囲まれると、騎士団を追い出されていった。
「せっかく悪女から助けてあげようと思いましたのに!! この大聖女候補の私を蔑ろにした罪、覚えてなさいよ!!」
途中、そんなことを叫んでいたが、エリアス様は溜息混じりに一蹴した。
「まるで悪役の捨て台詞だな」
「ぷっ、そ、そうですね」
エリアス様の言葉にユーゴが吹き出す。ミラー、騎士団員たちが釣られて笑い出す。一気に温かい空気に変わり、私は泣きそうなのを我慢して皆に頭を下げた。
「皆、私のことを信じてくれてありがとう!」
するとアシル様が私に歩み寄り、肩に手を置いて言った。
「君は昔も今も騎士団のために一生懸命だ。その誠意は皆に伝わっている」
「アシル様……」
顔を上げると、優しい表情のアシル様。
「そうですよレナさん、いつもありがとうございます!」
「そうだレナさん、俺の剣の調子見てくださいよ」
「あ、ずるいぞ、俺も!」
優しい騎士団の皆にあっという間に囲まれた私は、いつものようにアドバイスを求められる。それが嬉しくてエリアス様を見ると、彼もやれやれ、といった表情で笑顔を返してくれた。
「もう皆、訓練場に移動してからね!」
はーい、という皆の返事と共に私は歩き出した。
「はは、エリアス、ライバル増えてるね」
「何だ、いたのか」
「ちょっと、ね」
いつの間にか現れたアクセル殿下がエリアス様の肩に腕を置いて何やら話していたが、私は騎士たちに連れられて、あっという間に二人からは距離が出来てしまっていた。
私は皆から信頼を得た嬉しさでマテオのことをすっかり忘れていた。彼の様子はおかしいままだったのに。