19.妙案
「レナ、もう一度言ってくれるか?」
夕食の後、執務室で仕事をするエリアス様にいつもの薬を出した後、私は彼にお願いをした。
『エリアス様のお師匠様、アシル様にお会い出来る手筈を整えてください! 明日にでも』
私の急なお願いにエリアス様はさすがに驚いて、もう一度聞き返した。
「だから、すぐにでもアシル様にお会いしたいんです」
「師匠に……? 何でまた」
まだ驚きの表情のエリアス様に、私は力説をする。
「ユーゴの指導をお願いするんです!! アシル様の魔力はユーゴと同じ火の魔力です。それに、英雄からの指導は彼の自信に繋がると思うんです!」
「確かに、俺は氷の魔力だから、ユーゴとは真逆だな」
「エリアス様の指導が悪いとか言ってるんじゃないですよ?!」
私の説明にエリアス様がふむ、と言うので、私は慌てて否定する。
(今の言い方じゃ、エリアス様の指導が悪いって言ってるみたいだったかも!!)
「大丈夫だ、わかってる」
執務机に身を乗り出して否定する私に、エリアス様は優しく笑うと、頭に手をポン、と置いてくれた。
(優しい……! 好き!!)
気持ちを押し込めるのを諦めた私は、心の中でめいいっぱい叫ぶ。
どのみち叶わないこの恋は、想うだけなら自由だろう、と高を括ることにした。
「師匠は……会ってはくれると思うが、指導は断ると思うぞ」
そんな私の気持ちを気付くはずもなく、エリアス様は少し思慮して言った。
「え、何でですか?」
「師匠は最後の討伐で深手を追った。まあ、その場にいた聖女のおかげで事なきを得たんだが……」
エリアス様の話にどきりとする。
私がアシル様の呪いを吸い取って、姉が大聖女候補になるきっかけになった出来事だ。
「まあ、色々あって、師匠はもう国に関わることを避けておられる。騎士団の後継は俺たちに託された」
呪いを受けたことが関係するのだろうか。
アクセル殿下から聞いたこの国のおかしな仕組みを思うと、そんなことが想像された。でも、私には切札がある。
「とりあえず、お会いできませんか?!」
私の強い圧に、エリアス様はポカンとしながらも、最終的にはアシル様にお会いできる手筈を整えてくれた。
☆
「師匠は王都の街外れでのんびり過ごされているんだ」
翌日、エリアス様が手配した騎士団の馬車に乗って、私は彼とアシル様の元に向かった。
ミラーに塗り薬と飲み薬を処方して、騎士団に拘束された時に来ていたドレスに着替えて馬車に乗り込んだ。
「ミラーとは随分と仲良くなったみたいだな?」
流れていく外の景色を馬車の窓から眺めていると、向かいに座るエリアス様が突然ミラーの話題を出した。
「? はい。ミラーからは信頼を得られて良かったです」
ミラーはあれから、私の言いつけ通り薬を塗って飲んで、大人しくしている。ユーゴの備品の管理を手伝いながら、腕以外の筋トレメニューで自身を鍛えていた。
(今日の処方で様子を視て、明日には訓練出来るようになるはず)
ミラーにもらった三日で何とか彼を治せそうだ。選抜試合にも間に合う。
「君は、俺のメイドだったはずだが……」
「はい。だから、エリアス様が率いる騎士団の助けになるようにって……私、迷惑でした?!」
ムスッと窓の方を向いてしまわれたエリアス様に、メイドとしての心づもりを話していたところで不安になる。
(私、余計なことやっちゃったかな……)
「君が他人に一生懸命になるのはわかっていたんだがな……」
不安で泣きそうになっていると、エリアス様が息を一つ吐き、こちらを向く。
「いや、騎士団のためにありがとう、レナ」
「エリアス様……」
その言葉が嬉しくて。
私がやっていることはエリアス様のためになっているんだってわかって。
「エリアスさまぁ……」
「だから、何で泣くんだ?!」
気付けば私は涙をボロボロとこぼしていた。
「師匠に会う前に女性を泣かせたと思われては困る……」
ダラダラと涙を流す私の隣にエリアス様は席を移すと、自身のハンカチで私の涙を拭ってくれた。
(優しい……好き)
「まったく……君は俺だけの側にいれば良いものを……」
涙を拭かれながら、エリアス様にドキドキしていると、彼がブツブツと何か呟いた。
「え?」
「何でもない! ほら、泣き止んでくれ」
「ふあい……」
聞き取れなくて聞き直したけど、エリアス様は私の目をゴシゴシと拭きながら泣き止むように言った。
きっと泣き止んで欲しいことを言っていたのだと思った私は、頑張って涙を止めた。
そうこうするうちに、アシル様が住むお屋敷に着いた。
騎士服姿のエリアス様に手を取られ、馬車を降りる。まるでお姫様と騎士のような構図に、私はトキメキ死にそうになった。
「ここが師匠のご自宅だ」
目の前に広がる邸宅は、大きくて立派だったけど、門を超えて広がる色とりどりの花々が温かくて親しみのある物だった。
「あら、エリアスさん? あなた、エリアスさんが来られましたよ」
優しそうで上品なマダムが庭の茂みから私たちを見つけると、奥にいた人物に声をかけた。
「おお、エリアスか」
庭いじりをしていたその男性は、ラフなシャツにパンツ姿でこちらにひょっこりと顔を出した。
白髪が混じりつつあるも、まだまだ精悍な顔つきの赤い髪のおじさま。――英雄、アシル・ローレン様だ。
「師匠、突然の訪問の快諾、ありがとうございました」
エリアス様がアシル様に頭を下げる。私も一歩後ろで合わせて頭を下げた。
「いやいや、いつでも来ても良いが、お前にしては珍しく突然だったな。何かあったのか?」
「はい。師匠に会いたいと申す者がおりまして――」
エリアス様はちらりと後ろの私に目線を送る。私はその視線に頷き、前に出て礼をする。
「お久しぶりです、アシル様。レナ・チェルニーと申します」
「君、は――」
アシル様は私の顔を見て一瞬で表情を変えた。
アシル様ならきっと私の顔を覚えてくださっていると思っていた。
「レナ・チェルニー?!」
名乗った私にアシル様は困惑する。
「君は、カミラ・チェルニーじゃないのか?!」