日曜の昼下がり、公園にて
「よしっさがすぞ!」
何を? っていうか、何なの急に、日曜の真っ昼間から呼び出して。
「四葉だよ」
四葉? 四葉って……、
「四葉のクローバーだよ。今からさがすんだ」
なんで、いい歳になって……?
「君が言ったんだろ、落ち込んだときは四葉をさがすに限るって」
……は? 私、そんなこと言った? っていうか、別に落ち込んでないし。
「だからわざわざ公園まで来てやったんじゃないか、感謝しろよ」
いやいや、あんたに呼び出されて来てやったのは私のほうだっつーの。
「いいから、さがすぞ」
あー、もう、そんな、そのズボン仕事にも履いてくやつでしょ? 汚れるよ。
「しゃがむだけだよ、尻はつかない。ほら、君も」
あー、もう、しょうがないな。わかったよ付き合うよ。
「……そうやって、何だかんだ流されてくれるとこ、君ってチョロいよな」
あ? 何か言った?
「いや何でもないごめんなさい」
ごめんなさいってことは、謝るようなこと言ったって自覚あるんだね?
「う……まあ……だからさ……君のことが心配だって言ったんだよ」
そうは聞こえなかったけど。
「うるさい、四葉に集中しろ」
はいはい。まあ許してやるわ、今回はね。
「助かるよ」
意味わかんない、まったく。
「いいよ、わかんなくったって」
で、結局、四葉が何なんだっけ?
「だからさ、四葉でもさがして気を紛らわしてる間に、嫌なことは通り過ぎてるって話だよ」
そう私が言ったって?
「ああ、昔の話だけどな」
私、そんなこと言ったかなあ……。確かに考え方としては私が言いそうなことだけど、あんたと出会った大学以降、四葉さがしなんてしたことないと思うし……。
っていうか、四葉さがしなんて単純作業じゃない? 気を紛らわしたいんだったら、もっと映画とか、ゲームとか、そういうののほうがいいんじゃないの?
「ちょ……おいおい、君が言ったんだぞ、四葉さがしがいちばんだって。だから俺はそれを律儀に守ってきたのに、今さら映画とかゲームとか、」
だから、あんたに言った記憶ないって、四葉さがしなんて、小学校低学年以来だよ。
「だから、小学校低学年ぐらいのときだよ」
……何が?
「……君が、一緒に四葉をさがしてくれたのが」
……へ?
「だから、小二のときなんだって」
小二? いきなり何の話?
「休み時間に、君が俺をつかまえて、一緒に四葉さがしてくれたんじゃないか」
えっ……ちょっと待って、私とあんた大学入ったときが初対面じゃないの?
「君が覚えてないなら初対面だよ」
いや覚えてなくはない。小二ぐらいのときに、三か月ぐらい毎日一緒に四葉さがしてた男の子がいたことは。
「それが俺だよ」
……何で言ってくれなかったの! 覚えてるよ、体育倉庫の陰でひとりで泣いてた男の子、
「……だからだよ」
……だからって……?
「……情けなかったじゃんか、あのときの俺。君に手を引いてもらって、泣き止ませてもらって、遊んでもらって……」
まあ……あのころの年齢って、女子のほうが成長早いからね。
「だとしてもだよ。俺のほうは、大学で君を見たときすぐわかったけど、君のほうはわかってないみたいだったから……初対面ってことにしたほうが、好感度高めのスタート切れるかなって思ったんだよ」
ふぅん……あんたって、意外と打算的な友だち付き合いしてたのね。
「友だち付き合いっていうか……、まあ、うん」
何?
「いや、何でもない」
で、じゃあ、今頃になって秘密を暴露したのはどうしてなの?
「……打算的だからだよ」
…………?
「そろそろ三十路だろ、俺らも」
そうね、急にどうしたの、
「なりふり構ってられないなと思って。使えるかもしれないカードは積極的に試していこうと」
……何、どういう――
「わからない? ……こういう、ことなんだけど」
…………。
「…………」
……何、急に。そんなとこ掴まれてると、四葉さがせないんだけど。
「……悪い」
……いや、別に。
「…………」
…………。
「離したんだから、四葉さがせばいいじゃん」
……さがして、る、もん。
「嘘つけ」
あんただって、言い出したんだから真面目にさがしなさいよ。
「さがしてるよ」
…………。
「…………あ」
何? あった?
「いや、あったかと思ったけど違った」
そう。……それにしても、もう二十年も前の話、よく覚えてたね。
「お前と再会したときは十八だったから、十年前ぐらいだったけどな」
まあ、そうなるか。
「俺、ずっと君のこと覚えてたんだよ」
……そう。
「君は知らなかったかもしれないけどさ。――ずっと二人で黙り込んで、黙々と四葉さがしてるだけだったから。けど、それが居心地よかったんだよな。俺、転校生でさ、なかなか友だちできなくて、休み時間ひとりぼっちで、毎日毎日どうすればいいかわからなくてさ、そんなときに、君が誘ってくれたんだ」
…………。
「短い期間だったけど、そのあと転校した学校でも、結局友だち作る勇気なんてなくて、校庭で四葉さがしてて。そしたら、何してんのって声掛けてくれるやつがいて。四葉さがしてるって言ったら、そんな簡単に見つかるのって、知らなかったみたいで、一緒にさがしてくれて、見つけて」
…………。
「それから何だかんだで友だちができて、だから、君のおかげなんだ。そのとき最初に声掛けてくれたやつとは今でも繋がってる」
……よかったじゃん。
「悪い、喋りすぎちゃったけど。だから、ずっと君には感謝してたし、君は俺のヒーローなんだって話」
……ヒーローは、さすがに神格化しすぎでしょ。
「そうか? 君と再会しても、そのイメージは壊れなかったけどな」
私、そんな、ヒーローなんて呼ばれる人間じゃないよ。
「そんなこと――」
私が、あのときどうしてあんたに話し掛けたと思う?
「? それは……俺が泣いてたから……」
小二の女の子が、知らない男の子とふたりきりで、四葉さがしだけで休み時間を潰してたのは、どうしてだか考えたことなかった? 男の子とずっと二人きりで遊んでたら、からかわれるかもしれないってことぐらい、小二の私もわかってたけど。それでも毎日あんたといた理由は?
「…………あ……」
私は――私は、言いたくないけど、言いたくないけど、でも、ずっと、
「……ごめん」
置いてかれたって思ってた。
「俺……」
転校したなんて知らなかったし、きっと男友だちできて、どっかで楽しく遊んでるんだと思ってた。私より先に友だちできちゃって、私のことなんて忘れて、
「ごめん、俺、」
触らないで!
「…………っ」
…………。
……ごめん、大きい声出して。
「いや、謝るな。君は悪くない。俺、今までそこまで考えてなくて、」
いいの。それが普通だよ、小さいころ、ちょっと一緒に遊んでただけの子なんて、
「そんな……そんな言い方するなよ、」
だって、事実でしょ。
「俺にとってはヒーローだったんだよ。言われたくないかもしれないけど」
…………。
「そのあと……どうなったの、君は。俺が転校したあとは」
どうって、どうもしないよ。学年が上がるたびに、友だちができたりできなかったり。友だちができても、クラスが変わればそれまでだし。部活に入れば長く付き合える友だちができるのかなって思ったこともあったけど、いつのまにか、私以外のいくつかの仲良しグループができてて、別に仲悪かったわけでもハブられてたわけでもないけど、これっていう友だちはできなかったかな。
「だから、君は――こんな感じなのか」
何よ、こんな感じって。
「いや、何か、一線引いてるというか……あんまり人と距離を詰めないようにしてるとこ、ない?」
まあ、それはそうかも。人に期待して裏切られるの、もう嫌だったし。
「それは……俺のこと?」
違うよ。私が自分で決めたこと。
「……ごめん」
だから、違うって言ってんじゃん。しゅんとしてないで、四葉さがしてよ。あんたが言い出したんでしょ。
「……ああ」
…………。
ごめんね。
「……何?」
憧れのヒーローが、こんなで。
「そんなこと」
あんたが変な話するから、私まで、変なこと喋っちゃったじゃない。
「俺は、別にがっかりしたりはしてないよ。君がこういうやつだってことは知ってたし」
……なーんだ、知ってたんかーい、
「茶化さなくていいよ。正直、子どものころは君のことヒーローだと思ってたけど――」
子どものころは、ね。
「今、君のこと好きなのは、まあ、別の意味だし」
それはどうも。
「……ぜんぜん真面目に受け取ってくれないじゃん」
まあねえ。彼女持ちに言われてもねえ。
「……え、待って待って待って。いつ俺に彼女ができたって?」
え、彼女できたんでしょ? そう聞いたけど。
「誰に聞いたんだよ」
夢ちゃん。
「雨宮夢乃? いつ?」
こないだ、相川の結婚式の帰り。
「……あいつ、どういうつもりだ……?」
え、何、嘘なの?
「俺、あの結婚式のあとに、雨宮から、君が落ち込んでるっぽいから話を聞き出してくれって頼まれたんだけど」
……私、別に落ち込んでないけど。
「俺より雨宮のほうが仲いいだろって思ったんだけど……。あ、そうか! 大学のメンツで独身なの、もう俺らだけだから、もしかして君、それで落ち込んでたの」
だから落ち込んでないって、
「雨宮も、割と早々に結婚しやがったしなー。あ、あいつもう雨宮じゃないのか。え、でも俺、彼女いたことないけど、雨宮は一体何と勘違いしたんだ?」
え、あんた、彼女いたことないの、
「うっせえそこ突っかかんな」
今いない、じゃなく、いたことないの?
「うっせえな、言ったろ小二のときから君のこと忘れたことないって。――っていうか、君、さっき友だちできないとか言ってたけど、雨宮と仲いいじゃん。雨宮、君のこと唯一無二の親友って言ってたぜ。よかったな」
……夢ちゃんが?
「そう。あれ、あんまり反応よろしくないじゃん。友だち、欲しかったんでしょ? 違った?」
……違くない。いや、
「何?」
……嬉しくて。
「……君のそういうとこ、ほんと可愛いよな」
可愛いとか言うな。
「お世辞とかじゃなく、マジで思ってるからな。君と大学で会って、確かに、はじめはあのときの女の子だって思ったから君のこと知りたくて話し掛けたけど、話してみると面白い人だってわかったし、知れば知るほど今の君が好きになったし。何か人と距離置く子だなーとは思ったけど、別に人間嫌いとかそういうのじゃないことも何となくわかったし……。君が本当に友だち欲しくて、結果、雨宮みたいな、君のこと好きになってくれる人が現れて、みんなに、君のこといい人だってわかってもらえたのは、いやー、布教した甲斐があった」
……何それ布教って。
「いかに君と友だちになるべきかということを、会話にさりげなく忍ばせる活動」
……だからか。
「え、何何その人を見下したような目は」
夢ちゃんとはじめてまともに話したとき、あんたが私のこと好きなんじゃないかって、そう聞かれたことを、たった今思い出した。
「へえ、そうなんだ。当時は別に、俺としては、そういうつもりはなかったんだけどな」
そう……。
「残念?」
ちがっ……だから、彼女いるのにそういうこと言うのよくないって……、
「だから、いないって」
あ、そうか。あれ?
「でもまあ、俺が君の大学での友だちづくりに貢献できてたんだと思うと嬉しいよ」
……あっそ。
「素直じゃないな」
う、わ、ちょっとやめてよ、土いじってた手で頭なんて触んないで、
「俺、左手でしか四葉さがしてないもん! 右手綺麗だもん」
はあ!? 四葉、真面目にさがしてなかったってこと!? 私がこんなに一生懸命、
「手、綺麗って信じてくれたんだ? だったら、いいよね?」
……っ! よく、ない、
「あーあ、頭撫でられただけでそんな顔しちゃってさ。もしかして君、俺のこと好きだろ」
は……!? ば、ばっかじゃないの!?
「……はは、ごめん――ごめん。今のは誘導だったかも」
……なんなの……。
「人肌恋しさにつけ込むのは、よくないよね。俺、君には真っ当に恋を見つけてほしいんだ、友だちを見つけたのと同じように」
……恋とか、別に、さがしてないし。今さがしてるのは四葉でしょ。
「そう? そうかあ」
それに友だちは、だから、あんたが手引きしてたんでしょ。真っ当には見つけられたとは言えないんじゃないの。
「そうかな。君が俺をして手引きせしめたとすれば、それは君の実力だと思うけれど。俺が布教したくなるような人だったんだよ、君は」
ばっかじゃないの? よくまあそんな恥ずかしいこと言えるね。
「言えるよ。事実だからね。……けど、そうなると……あーあ」
ちょっ、だからぁ、そんな地面べったり座っちゃって! やめなさいよ、泥とか付いちゃうよ? 帰り、電車でしょ?
「こうなっちゃうと、つまり、君に友だちができたのは、君が頑張ったおかげ、結局、俺は君に何も貢献してないし、むしろ君をひとりぼっちにしたままどっか行っちゃった嫌なヤツ、なわけだ」
わ、私、別にあんたのことそんなふうに――
「どう? 俺の株、下がった?」
別に下がっては……ないけど……。
「そう? 優しいね」
別に優しさで言ってるわけじゃ、
「しっかし――これは失敗だなあ」
……何が?
「この手札、もしかしたら有効かもって思ってたんだけどな。作戦の練り直しだ」
作戦って……何の、
「君を落とす大作戦」
…………。
「なあ、ぶっちゃけ聞くけど、俺、こっからどうしたらいいかな? どうやって口説いたら靡かれてくれる?」
一応、……口説いてる自覚はあったんだ。
「俺だってさすがにそこまで馬鹿じゃないよ」
ご、ごめん……。
「その『ごめん』は、今、俺、振られてるってこと? だったらあんまり聞きたくないんだけど」
違う、そうじゃなくて、
「わかってるとは思うけど念のため言っておくと、俺、君が子どものころのヒーローだから君のこと好きなわけじゃないよ。俺は大学で君と再会してからずっと君のこと観察してて、不器用なとことか、褒められベタなところとか、つれない態度取っといて、何だかんだ断れないところとか」
悪いとこばっか言わないでよ、
「俺は可愛いと思ってるんだって」
…………。
「あーあ。真っ赤になっちゃってさあ。ほんと可愛いよね、そういうとこ」
……可愛くなんて、
「褒められベタ」
うっ……うるさい!
「ははは、あ、ちょっと、叩くなよ。あっ! その手、土触ってた手じゃないの!?」
指先でしか触ってないもん! 汚れてないとこで叩いたもん!
「あーはいはいそうですか」
わ……私だって……その……、
「何?」
だから……っ、その、私……今まで、あんたのことぜんぜん知らなくて。大学入った途端に、何か馴れ馴れしく話し掛けてくる男子がいるなあって思ってたけど、
「ひっど。そんなふうに思ってたのかよ」
何だかんだはじめての友だちってあんただったし、あ、あの、大学入ってからって話ね。あんたがいなければ、夢ちゃんとも話してなかったかもしれないし。
「だからそれは、君の実力だって」
でも、あんたのことがなければ、夢ちゃんがあのとき話し掛けてくれたかどうかわからないもん。
「まあ、もしもの話はわからないからね」
だから、その……感謝してるってこと、一応。小二のときの男の子は、正直そんなに喋ったりもしなかったし、あんまり覚えてないけど、でも、今は、
「あのさあ」
何?
「俺もう正直、辛抱できないんだけど」
どういう意味――
「俺が君より先に四葉見つけたら、俺と付き合ってよ」
…………。
「駄目?」
じゃあ、こっちからも条件出す。そんなこと言うなら。
「……何?」
もし私が先に四葉見つけたら、
「ちょっ……と待った。すげえ怖いんだけど」
待たない。
「マジ?」
もし私が先に四葉見つけたら、私と付き合って。
「……それって……つまり、」
よーい、どんっ!
「あっずるい、早えよ」
ちなみに、もし今日中に四葉見つけられなかったら、どうする?
「見つかんないなんてことあるかな? こんな公園のど真ん中で」
さあ? 学校ではだいたい見つかったけど、ここははじめての場所だし。
「君が小学生のときに教えてくれた話だとさ、クローバーが若いときに踏まれて、一つの葉っぱが二つに分かれると、そのまま自分が四葉だと勘違いして四葉に育つとかって話だったっけ。あれって本当なの?」
さあ、私もお母さんに聞いただけだから。けど、人がよく歩くところ探したら見つかったのは本当。
「この公園も子どもいっぱいいるから見つかるんじゃない?」
けど、学校でも、見つからない日もあったよね。
「じゃあ、もし見つかんなかったら、来週もさがそう」
それでも見つからなかったら?
「また次の週もさがす。違う公園行ってもいい」
……仕方ないな、付き合ってあげるよ。
「君のそういうとこほんと好きだよ」
いいから、黙ってさがす!
「はいはい――あ」
何? ――あ。
見つけた。