007 クズの半壊
「ジェットさんの出陣か。ナッシュさん、運がいいね。俺もジェットさんがオフェンス側に回った実戦を見たのはまだ二回しかないんだよ」
ルッタが見たのは二度とも今回のように移動中に襲撃を受けた際のものだった。もっとも相手は空賊ではなく飛獣相手ではあったが。
「ジェット・リスボン。風の機師団の古参メンバーで『鉄壁』のふたつ名持ち。その護りの硬さには定評があるけど、攻撃面についてはまったく話に上がらないんだよね」
基本的にジェットは大事な一戦においては船を護る役割に付くために実戦で戦う機会は他の乗り手に比べて少ない。そのため、ジェットの実力についての情報は外部にほとんど伝わっていない。
「ルッタくんから見てあの人の実力ってどうなんだい?」
ナッシュもジェットが弱いなどと思ってはいない。風の機師団の黄金時代からずっと船を護り通してきた人物だ。けれども、だからこそ気になるのだ。防御に特化したジェットが攻撃側に回った際にどうなるのかを。
「んーそうだなー」
対してルッタは目を細めて、恐らくはジェットが向かっているのであろう空賊の姿を見ながら考える。
いつもであればタイフーン号と魔導線で繋がれ、有線シールドドローンのビットスケイル十二機を操っているツェットは、防御だけに限っていえば高出力型を超えて『擬似オリジンダイバー』と言っても良い存在だ。
だが今のツェットはタイフーン号との接続はなく、繋げているビットスケイルも二機のみ。ツェット単体で運用できる有線シールドドローンはそれで限界なのだ。つまりはいつもの状態に比べて大幅に弱体化しているとも言えるのだが、ルッタの顔に不安はない。
「ジェットさんはね。シーリス姉が『一度も勝てたことがない』くらいには強いよ」
その言葉にナッシュが目を見開いて驚いた。
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「ヒャッハー。最高だなお前らぁ!」
『『『『『『『『『『ヤー!』』』』』』』』』』
ルッタとナッシュがジェットの話をしている頃、タイフーン号に迫るハイドラッグボートにワイヤーアンカーを繋いで高速移動しているアーマーダイバーたちの中ではそんな陽気な掛け声が響いていた。
空賊『ヒドラの眼』。かつてゲルダ天領で活動していたランクDクランを前身に持つその犯罪集団は、数度の略奪を行った後にさっさと狩場を変えることでこれまで天領軍やハンターギルドの追跡から逃れ続けてきた。
特に彼らのリーダーであるデギャンタの追跡をかい潜る勘どころは確かで、また行く先々に溶け込む社会性もあり、飛獣との戦闘も最小の犠牲で避けられるという生存に特化した手練れであった。
(こいつらには苦労かけたからなぁ。しかし、これからは違うぜ)
デギャンタは自分と一緒に加速し続けている仲間たちを眺める。彼らの乗るアーマーダイバーの多くは前回の略奪で手に入れたものだ。
(警備の人間を抱き込んで深夜に行った襲撃がまさかここまで上手くいくとはなぁ。ま、流石にやり過ぎたし、足がつかないように警備のヤツも含めて皆殺しにして逃げたがよ)
デギャンタたちが襲ったのはとある大手商会の商船だった。
商会側も本来であれば大きな荷物の輸送の際はハンタークランから見合ったランクの護衛を雇うのだが、かなり急ぎの搬入依頼であったために自前のアーマーダイバー数機を護衛にして天領を出立してしまったのだ。
結果としてデギャンタたちによる襲撃は成功し、商会の人間を残らず竜雲海に投げ捨てることで証拠も隠滅し、そして七機のアーマーダイバーや輸送用の大型雲海船、護衛用の小型雲海船を手に入れた。
(こいつを元手に俺たちは成り上がる。そのためには船がいる。輸送船でもウチのボロ船でもない、戦闘用のハンターの船が!)
さすがに派手にやり過ぎた自覚はあったため一ヶ月もの間、ひたすらに逃げに徹したヒドラの眼だったが、デギャンタたちの野望は留まることを知らない。
彼らは大型の雲海船を手に入れたが、それは所詮輸送船だ。空賊で運用するには使い勝手が悪く、また一ヶ月の逃走で騙し騙し使っていた彼らの母艦であった雲海船はついにジャンク同然となっていた。整備など、ロクにされたことのない船だったのだから当然といえば当然の結果ではあるが、だから偶然見つけたハンタークランのものであろう雲海船に彼らは目をつけた。自分達の新たな母艦として。
「テメエら、分かってるな。船は傷付けんなよ。穴なんぞ空けたらその先の部屋がそいつの寝床だかんな」
『そいつぁひでぇやリーダー』
『ジャザルはノーコンだからな。リーダー、アーマーダイバーはいいんだろ?』
「当然だ。機体は勿体無いがテメエらの命には代えらんねえ。つーかハンターなんぞ相手に油断すんなよ。取り囲んでボコッて仕留めろ」
『り、リーダー。女! 女がいたら落とさずに残していいっすか? もう溜まっちまって』
「バーカ、ハンター女なんぞに手を出すな。ヤツら、女の皮を被ったゴリラだ。寝首かかれて殺されっぞ」
『ハハハハ。もう少し待てよ』
『輸送船を闇市で売り捌いたらみんなで娼館行こうぜ』
「ハッ、この馬鹿どもが」
デギャンタが肩をすくめて笑う。本当にどうしようもない連中なのだ。けれどもデギャンタを慕う彼らを、デギャンタもまた家族のように感じていた。
「次の天領着いたら俺がテメエらに女奢ってやるよ」
『『『『『『『『『『ゴチになりやーす!』』』』』』』』』』
その言葉にデギャンタの胸が熱くなる。どこに熱くなる要素があったのかはよく分からないがテンションは馬鹿上がりだ。
(本当に馬鹿どもが。テメェらとならよ。きっとどこまでもいけるはず……だ?)
そんなことを心の中で呟くデギャンタは、突如ガンッという音と共に機体が大きく跳ねたのを感じ、ハイドラッグボートが打ち上がるのも見えた。
「は!?」
一瞬の浮遊感。跳ねたハイドラッグボートにワイヤーアンカーで繋がれた彼らの機体も当然宙を舞い、そして何が起きたのかも分からぬまま、デギャンタは前後に迫る黒い影を見ながら……
(あ、マズ)
己が運命を察し、直後に機体諸共『圧殺』された。
ハイドラッグボートで強襲をかけ、敵が攻撃に転じる前に雲海船と敵機を取り囲んで制圧……というのがデギャンタたちの予定でした。
相手は雲海船一隻だったので収容されてるアーマーダイバーの数は二〜五機程度。雲海船がハイドラッグボート特攻の回避運動をした場合、全機出撃できたかは難しいところで、ランクCクランぐらいまでの相手なら数で押すことで成功していた可能性は高いです。
また高ランクのクランは複数の雲海船で運用されるのが一般的で、雲海船一隻しかない風の機師団はD以下のクランとデギャンタたちに判断されたために襲撃された感じですね。