004 ノートリア遺跡へ
「緑翼団。君とシーリスの在籍していたクランが失敗した探索……の続きをか」
タイフーン号の中にある艦長室、その中央にあるテーブルにはギアとラニーにシーリス、それに向かい合う形でナッシュが座っていた。
本日ナッシュはシーリスを介して風の機師団への依頼を持ってきたのである。そして、その依頼とはここから離れたノートリア天領の近くにあるまだ攻略されていないノートリア遺跡の探索であった。
「はい。この五年で六度の探索を行い、現在の探索可能域の大体を調べることはできましたが、その先のエリアに進むのが難しく、それで風の機師団の力を借りられないかとお願いしにきたわけです」
「なるほど。ハンターギルドを通してないのはシーリス、お前の指示か」
ギアが横に座っているシーリスに視線を向けて尋ねる。
「まあね。ここにも隠れて来るようにさせたし。コイツも合流は少し離れてからって約束させた。余計なことだった?」
「いや、助かる」
もうどうしようもないくらいに注目を浴びた風の機師団だが、彼らは現在もゴーラ武天領軍に追われている身である。
今回はダミーとしてハンターギルドの依頼を受けた体で、実際には向かわない天領に向かうように噂を広め、さらに保険として別の行き先の情報も撒いている。あからさまではあるが、表立って動けないゴーラ武天領軍の戦力が分散するだけでもその対応には意味があった。
けれどもそこにラダーシャ大天領の闘技場序列一位のナッシュの依頼を受けたという話が漏れれば、間違いなくゴーラ武天領軍は仕掛けてくるだろう。細心の注意が必要なのは当然と言えた。
「それで、依頼書は拝見したが……これは予定通りなら相当な戦闘になりそうだな。他のクランが請け負えないのも分かる」
「実際、緑翼団が運営不可能なほどにやられ、僕がその後に雇ったクランもひとつ半壊、協力してくれるクランは今のところない状況です。実際やってみた感触としてはオリジンダイバーの力なしでは……と思ってます」
ナッシュが素直にそう吐露した。
この五年間、ナッシュはファイトマネーを注ぎ込んで遺跡の探索を進めてきた。けれどもこれ以上は限界だとも考えていた。そこにやってきたのがシーリスという伝手のあるオリジンダイバーを保有するクランだ。であれば頼まない理由はなかった。
「報酬は依頼料プラス取得したお宝の半分か。まあ、悪くはねーっすね。お宝が手に入ればですけど」
ラニーが依頼書を見ながらそう口にする。
「ただリスクはかなり大きい。そこんところどうなんだよシーリス。お前さん的には」
その遺跡はかつてシーリスたちの在籍していたクランの解散の原因となった場所だ。ナッシュたちは遺跡の戦力にやられ、退却中に飛獣の群れに襲われて壊滅した。そして、この場でナッシュに次いで遺跡のことに詳しいのはシーリスだ。彼女がこの場にいる理由は依頼者の紹介というだけではなく、経験者としてのアドバイスも求められてのものだった。
「そうだねえ。まあ、今回の目的地まで辿り着けていないあたしが言うのもなんだけど、リリとルッタならいけるとは思う」
「自分は勘定に入れないのか?」
眉をひそめたギアにシーリスが頷く。
「適任じゃあないねぇ。ノートリア遺跡は生きていて、防空システムは本当に強固でね。まず空からの襲撃は無理。となると隠れて移動することになるわけだけど、後衛の狙撃メインのあたしじゃあ正直お荷物だよ。それに依頼書にも書いてあるけど、現在のノートリア遺跡周辺は竜雲海の流れが止まって澱んで瘴気溜まりになってる」
竜雲海には流れがあり、通常雲海船はそれに乗って移動している。けれども流れが弱く、或いは止まっている海域も存在する。そうした場所は魔力が溜まって、澱みが生まれて瘴気が満ちてくる。
この状態を瘴気溜まりといい、そうなると凶暴化した飛獣が増えて危険度が増していくのだ。
「5年前よりも酷くなってるみたいだし、待機したタイフーン号をジェットの旦那だけで守るってのは厳しいと思う。緑翼団はそこでしくじって終わったしね」
それがシーリスのトラウマだ。緑翼団時代、ナッシュとシーリスはガーディアンに追いかけられてボロボロになってクランの母船まで逃げ帰った。けれども這う這うの体で戻った彼らを待っていたのは飛獣に襲撃されて火の手が上がっている雲海船だった。結果として多数の死傷者を出し、クランは解散した。
「シーリス、お前はそれでいいのか?」
かつて所属していたクランで失敗した仕事だ。リベンジを果たしたいのでは……とギアは考えたが、シーリスは首を横に振る。
「あたしはもうあの時のあたしとは違う。同じことを繰り返すようなバカをするつもりはないし、リベンジっていうなら今度こそ船を守りきるのがあたしのリベンジってヤツなのさ」
そう返すシーリスにギアが「そうか」と口にして頷いた。
すでに過去は消化しているのだろう。シーリスの目に迷いはない。であればギアもさらに口を出すことはせず、神柱アトラスを中心とした雲海図へと視線を向けた。
「ふむ。ルートはヘヴラトからは逸れているな」
その言葉にシーリスとラニーが目を細めた。
ゴーラ武天領軍には短期間で二度遭遇している。包囲網が狭まっているのを彼らは感じていた。ダミー情報をばら撒きながらの現状で予定しているルートでも問題はないだろうが、ここでさらに風の機師団の目的とは全く関係のない進路をとればゴーラ武天領軍の追跡を逸らせるかもしれないとギアは考えながら口を開く。
「現地で確認をして無理だという判断になれば取り下げる。それでいいなら依頼は受けよう」
ギアがそう言い、ナッシュが首肯した。
そして風の機師団一行は翌日にラダーシャ大天領をひと知れず出港し、さらに一日空けて出港したナッシュと合流してノートリア遺跡へ向かって舵を切ったのであった。