001 鮫殺し
新章開幕です。
ルッタがナッシュに勝利した日の夜、高級焼肉店モーモーウシサンクシザシギエーには風の機師団のメンバーのみならず、銀鮫団傘下などを除いたナッシュたちのような表側のハンターたちも参加しての祝勝会が開かれていた。
「ハハァ、風の機師団のやることは派手だねえ」
「ウチのクランがそんな大判振る舞いするかっての。ぜーんぶあの子の奢りよ」
店内でロブスタリアの串焼きを食べていたシーリスとドラゴンステーキを頬張るナッシュがそんなことを話していた。
「へー、そりゃあ……さすがはドラゴンスレイヤーってところか」
「元はウチのメンバーで焼肉パーティする予定だった資金をあんたとの試合に全部ぶち込んで手に入れたお金だそうよ。あんたのおかげと言ってもいいわね」
「ア、ソウッスカ」
ナッシュが乾いた笑いを漏らす。
「けど、それでも全部使っちゃわないとこれは無理だろ?」
「賭け事で得た金はあぶく銭。パーッと使っちまえってのがルッタの保護者の教えらしいわ。まあ溜まってたヘイトを解消したいってのもあるみたいだけど」
ちなみにルッタもファイトマネーには手を出していない。自分で稼いだ金はそのまま貯金している。
「豪気な保護者もいるもんだね」
「ま、さすがにクランも何もしないってのは体裁が悪いから食材の一部はウチから提供してるわけだけど。ここらへんのはみんなそうね」
串をフリフリと振りながらシーリスが言う。ロブスタリアやドラゴンを調理した料理など、金を払ってもなかなか食べられるものではない。ナッシュも「なるほど」と頷いた。
「ドラゴンステーキも出てるのには驚いたけど、そういうことか」
「それにしても負けたアンタが祝勝会に参加なんかして良かったわけ?」
「はは、悔しいって想いはあるけどね。今回は言い訳しようがないほどに完敗だったから、気持ちの整理はできているさ。それに僕も彼のヘイトは解消しておきたいと思うしね」
「仲良しアピールってわけ?」
「そんなところかな。ルッタくんとは本当に仲良くしておきたいとは思うし」
「アンタ、まさか」
「いやいや、僕は君とは違うから」
「ああん?」
ショタコン疑惑の件でキレ気味のシーリスである。ちなみに自覚症状があるので尚更キレていた。真実の指摘は人を怒らせるのだ。そして、そんな剣呑な空気のふたりに近づいてくる人物がいた。
「やあナッシュにシーリス君。懐かしい顔が揃ったね」
「うん? あーギルド長じゃない!」
「ノールギルド長ひさしぶりだね」
彼らに近づいてきたのはノールであった。
ふたりが所属していた緑翼団はこの近辺を活動拠点にしていたため、ナッシュだけではなくシーリスもノールとは面識があったのだ。
「ふふ、あの暴れん坊がずいぶんと落ち着いたもんだ」
「よしてよギルド長。五年も経ってるんだから当然でしょ。筋肉馬鹿に退化したのもいるけど」
シーリスが肩をすくめ、ナッシュが自分の筋肉に視線を向けて「カッコ良くない?」とぼやいた。その様子を見てノールが笑う。
五年前の憔悴したふたりの姿を知っているノールだから、今の彼らがあの頃を乗り越えて好ましい時間を過ごしてきたのだろうと理解できた。
「そうだ、ギルド長。シーリスにも聞こうと思ってたんだけどあの話って本当なのかい?」
「あの話って何?」
「銀鮫団を風の機師団が潰したっていう……さ」
ナッシュが声のトーンを落としてそう口にした。それはこのパーティが始まる前にナッシュが耳にした話だ。
対してシーリスが「ああ、その話かぁ」と口にしてノールを見ると、ノールも頷いて「本当だ」と返した。現時点ではすでにその情報は公開されており、隠す必要も無くなっていたのだ。
「本日の日中にこの天領にいる銀鮫団のメンバーと傘下クランへの捜査をハンターギルドと天領軍とで行ってね。証拠固めも済んだから先ほどオープンにしたんだよ」
「へぇ、そうなんだ」
「シーリス君、君のところには連絡を入れてるはずだけどね」
「ま、終わった話だしねえ」
とシーリスは興味なさそうにそう返した。
売られた喧嘩の決着はすでに付いている。死体蹴りの趣味もないシーリスとしては特に言うこともなかったのである。
「ともかくだ。今日は偶然みんなの目が違うところに向けられている日だったから捜査もすんなりと進められたよ」
「ああ、そうかい。相変わらずギルド長はタヌキだなぁ」
「はっは、褒めないでくれよ」
ナッシュとノールが笑い合う。どうやらルッタとナッシュの試合の裏では大捕物が行われていて、それももう終わっているようだった。
「でも後始末もあるでしょう。お忙しいはずのギルド長がどうしてここに?」
「ここ周辺の警備のついでに顔見せをね。連中が逆恨みで仕掛けてくる可能性もあるから念のためにだけど」
そう言いながら、ノールがパーティの中心にいるルッタを見る。
「まあ、今さら彼に挑もうとするような者もいないだろうが」
「竜殺しだからなぁ」
「それだけじゃないさ。銀鮫団戦では十機近くのアーマーダイバーを落とし、ヴァイザーも討ち倒し、そしてアール団長を敗北に追いやったそうだよ」
「は?」
ナッシュが目を見開き、馬鹿みたいに口を開ける。
ナッシュは銀鮫団を過度に恐れてはいないが、それでもその悪質さは理解している。特に団長のアールはやり手で、エースのヴァイザーはここらでは相手にしたくない人物の筆頭だった。
「ギルド内じゃ彼のことは竜殺しよりも鮫殺しと呼んでいる者の方が多いくらいだ。その情報が出れば賭けの倍率も変わったかもしれないが……まあ、捜査方針は騎士団主導だったから仕方がないんだけどね」
やれやれとノールがぼやく。
当初はルッタの実力を信じていなかったノールだが、尋問したアールたちの証言から今では信じざるを得なくなっていた。無数のアーマーダイバーをかき分けてモハナを捕らえ、ヴァイザーを手玉に取った上に盾として扱いながら半殺しにし、殺意の篭った言葉でアールの口から敗北を引き出した。もはや子供とかそういう常識ではかってはいけない相手なのだとノールは理解したのだ。
もっとも、そんな事実を理解せざるを得なくなったノールだが、その表情は明るかった。ここ最近の頭痛の種が解消されたことも理由のひとつだろうが、ナッシュはその顔に即物的な喜びが含まれていることを察した。
「あ、ギルド長。アンタ、まさか!?」
「はっはっは、まあ次はお前に賭けるさナッシュ。相手がルッタ君でさえなければね」
ホクホク顔でノールはそう返して、その場を去っていった。懐はとても暖かいらしい。それをふたりが呆れた顔をして見送った。
そんなこんなで祝勝会は子供のルッタが退場した後も続き、翌朝まで続けられることとなる。
そして試合の翌日であるその日、号外で売り出された新聞にはルッタの竜殺しは事実で竜殺金章を得たこと、序列一位のナッシュに勝利したこと……に加え、不正を働いていた銀鮫団を壊滅に追いやったことなども載ったことで人々の話題をさらにさらうこととなり、ラダーシャ大天領のみならず、近隣の天領にまで鮫殺しの名は広がっていくことになるのであった。




