014 ドラゴンスレイヤーの誕生
「ハァ、勝ったぁ」
ルッタの勝利宣言がされ、ナッシュのノーバックも離れたことで残心を解いたルッタが大きく息を吐いた。全身からはダクダクと汗が流れ出て、体力の消耗も激しく、肩で息をしている状態だ。けれども試合は終始ルッタが圧倒し、内容を見れば完勝と言っても良いものとなった。スラスターのタックルは予想外だったもののそこから隙をわざと作ってワイヤーアンカーと繋げた剣を飛ばさせた後、即座に引き戻してノーバックへの反撃も仕掛けられた。
(アレを防がれるとは思わなかったけど……結果オーライだな)
ナッシュはやはり強者ではあったのだ。剣闘士としての経験か、持ち前の反射神経か、或いはその両方かはともあれルッタの飛ぶ魔導剣を防いだ。けれども結果として円形盾を弾き、魔導戦斧も持たないノーバックは右の円形盾をナックルガード代わりの武器にして挑むしか道が無くなっていた。こうなると二刀流のルッタの勝利は確定だ。それは以前のジャッキーとの戦いの結末にも似ていた。
なお試合中に見せたジャッキー流剣術『流剣雨』は魔導剣を縦横無尽の軌道かつ左右の連携を意識して操作することで相手に反撃の隙を与えない、攻撃こそ最大の防御的な技だ。その激しい挙動から機体への負荷が非常に高く、長時間の使用は耐えられないはずであったが、ドラグボーンフレームを組み込んだことで実用可能となった。もっとも複数あるパターンの切り替えタイミングをナッシュに隙として見られて攻撃を受けた場面もあったため、まだ改善の余地があるなとルッタは反省していた。
「でも全体を通せば試合運びは上手くは行ったかなぁ」
観客席から飛んでいた罵倒はすでに消え、今では歓声とドラゴンスレイヤーの呼び名が響いている。
(それにワイヤーアンカーを使った小手先の技を使っちゃったけど……あれで仕留められなくて良かったかもしれないな)
相手の意表を突くのはルッタの得意としている所だが、ともすればそれは卑怯とも捉えられかねない。命懸けの戦闘でならばともかく、ヘイト解消も目的の試合で使うのは少々迂闊だったかなとルッタは考える。
(けど、ナッシュさんは強かったし、体の方もそろそろ厳しかったからなぁ。さすがにあの場面で舐めプはできなかったし)
やはり体が出来上がっていない子供のルッタには短時間とはいえ全力集中しての戦闘は消耗が大きい。ナッシュが長期戦に切り替えていれば、危うくなった可能性もあり、見た目ほどの簡単な勝利ではなかった。そんなことを考えているルッタに通信機から声がかかる。
『ルッタくん、大丈夫かい?』
「ナッシュさん? 問題ないですよ」
『だったら機体から出てこれるかい? 勝利者の姿をみんな見たがってるんだ』
「みんな? あ、はい」
ナッシュの声にルッタが胸部のハッチを開き、コックピットから外に出てくると闘技場中から驚きの声が上がる。もっともその反応は当然のものだろう。若いとは彼らも聞いていたがルッタの姿は見た目が十に届くかどうかというところ。先ほどの戦闘をしていた人物は他にいるのではないかとコックピットを覗いてみても当然中には誰もいない。何よりも消耗し、肩で息をしている少年の姿は確かに先ほどまで戦っていた者だと理解ができた。そして一瞬の沈黙の後、闘技場が爆発したかのような歓声に覆われる。
「うわぁ、手のひらがネジ切れるほど返されてら」
その様子に苦笑はするもののルッタの気分は晴れやかだ。認められることは気持ちが良い。それはルッタであっても同じこと。
そして互いのアーマーダイバーから降りたルッタとナッシュが向かい合う。
「してやられたよ。最初から最後まで全部、君の掌の上だった。本当に見事な戦いだった」
「全部がコントロールできたわけじゃないです。体力はギリギリでしたし、最後のスラスターの突撃は予想外で、アレは次に繋げられたからいいものの、受け止めきれなくて結構危なかったです」
「そうか。はは、そうなのか」
ナッシュが笑う。ルッタの言葉を正しく受け止めるのであれば、スラスターの突撃だけが予想外だったということになる。であれば他のことはすべてルッタにとっては予想の範疇内ということだった。
「まったく恐ろしいな君は。だが、そんなやつでもなければドラゴンを倒せない……か。良し!」
「うわっ」
それからナッシュがルッタを担ぐと肩車をした。
「闘技場に集まってくれたみんな。今の試合、見てくれたな。ボコボコだったぜ、僕がさ。言い訳しようがないくらいにさ」
その声が拡声魔術によって闘技場全体に広がるのを耳にしながらナッシュが周囲を見渡す。
「けど、不甲斐ないとは思わない。僕の力が足りなかったのは事実で、そして彼は僕より強かった」
そしてナッシュがルッタを見ながらこう声を上げた。
「ここは闘技場だ。勝者こそが正しく、強者こそが絶対。僕も、みんなも理解しただろう。ルッタ・レゾンは勝者であり強者だと。ならば讃えよう。ラダーシャ闘技場序列一位のナッシュ・バックがここに宣言する。新たなるドラゴンスレイヤーの誕生を!」
その宣言と共に世界が爆発したかのような歓声が響き渡り、闘技場全体にドラゴンスレイヤールッタの名が木霊した。