013 竜殺しの最適化
「は、はは。こりゃぁしんどいね」
汗が滝のように流れ落ちていく。
疲労しているのは肉体だけではなく精神もだ。ひとたび集中力が切れれば即座に狩られると分かるほどにルッタからの絶え間ない攻撃はすべてが必殺であった。
「だが僕も負けてられない」
迫る剣を盾で弾き、魔道戦斧を振るおうとするが、直後にワンテンポ空けて攻撃が変化する。わずかな遅延はフェイントとなり、ナッシュが慌ててアームグリップを操作してギリギリでかわす。否、かわし切れずに装甲の一部が削り飛ばされた。
「クァ!?」
肝が冷えるとはまさにこのこと。息を吐こうとした次の瞬間には敗北に繋がる一撃が見舞われる。
「まったく、わずかな隙も見逃してはくれないっていうのかい」
参ったという顔のナッシュは再度魔道戦斧を振るうが届かない。常に先んじられ、こちらの攻撃は柳のように流される。
(本当に強いな。けど、どうにか拮抗はできているんだよね)
その認識はナッシュの虚勢からくるものではない。ルッタが押しているのは間違いないのだが、ナッシュに対しての有効打を決められていないのも確かなのだ。その事実からナッシュはルッタがまだ攻めきれていないのだと考えている。
けれどもその理由が予想通りであればまったく喜べるものではない。
(彼は剣闘士としての戦いに慣れていない。だから自分の間合いが測りきれず、わずかに安全マージンを取って仕掛けてくるから攻めきれていないんだ。しかし)
再び魔導剣がノーバックの装甲を削り取る。少しずつ、けれども確実に均衡は崩れつつある。ナッシュは自身が押し込まれ始めていることを理解していた。
(この戦いの中で成長、いや適応し始めている。剣闘士との戦いに順応してきているんだ)
天秤が傾き始めている。一歩二歩と近づいてくる気配にナッシュは焦りを覚える。あと少しでその傾きは取り戻せないほどになるだろうとナッシュは理解し、剣闘士としての勘が勝ちの目があるのは今しかないと訴えてくる。そこを越えられてしまえばもう手に負えないとも。
「けど……まだ、今ならぁ」
渾身の魔導戦斧の一撃をブルーバレットがフライフェザーを展開して滑るように避けて距離を取った。
(ここだ!)
次の瞬間にノーバックは魔導戦斧を手放し、脚部にあるスラスターを起動し一気に機体を加速させる。
『速い!?』
それがナッシュの切り札。一瞬の加速により懐に飛び込み、円形盾をタックルガードにして一気に殴り倒す必勝スタイル。そして、その奇襲は確かにルッタの動揺を引き出した。この試合で初めての手応えにナッシュは咆哮しながら拳を振るい、ブルーバレットの左腕の魔導剣を弾き飛ばす。
『!?』
「貰ったぁああ!」
ブルーバレットがノーバックの追撃を避けようと跳び下がるが、ノーバックの加速はもう一段階ある。再度スラスターから炎が吹き上がりノーバックが直進し……
「なッにぃ!?」
次の瞬間に金属音が響き渡り、『ノーバックの円形盾が』弾き飛ばされて闘技場の端へと転がっていった。
『おっと。これを止めたか。はは、やるなぁ』
そう返すルッタの乗るブルーバレットの左腕には弾いたはずの魔導剣が握られていた。
「どういう手品……いや、ワイヤーアンカーか」
ナッシュは魔導剣が弾かれて宙を舞った後、空中で不自然な軌道を描きながらノーバックへと向かってきたのを見ていた。その類稀なる動体視力こそがナッシュを序列一位に押し上げた要因のひとつであった。
そしてナッシュは咄嗟に迫る魔導剣を円形盾で受け止めて、けれども受け止めきれずに盾を弾かれた。その不可思議な現象の種が見えたわけではないが、状況からしてワイヤーアンカーを使った物だとナッシュは判断した。
「魔導剣に結んでいたのか」
『うん、禁止じゃあないよね?』
ワイヤーアンカーも近接武器として許可はされている。もっとも戦術に組み込めるほどの使い手は少ないのでナッシュもあまり気に留めてはいなかったのだが。
「確かにね。だけどまだ僕はッ」
ナッシュのノーバックが駆ける。突撃の際に魔導戦斧は手放している。盾も残りは右の一枚のみ。故に先ほどと同じ状況になれば確実に打ち負ける。斬り刻まれて敗北する。だからこそ、そうなる前に仕留めようと一歩を踏み込んだ。
「うぉぉおお!?」
直後、ノーバックの右の円形盾とブルーバレットの左の魔導剣がぶつかり合う。互いの勢いは同じ。つまりは両者の力が拮抗し、どちらの機体も踏み留まり、向かい合う形となった。だからこそ戦いはこれで終わりである。
「ああ、これが……竜殺しか」
そしてナッシュがそう呟くのと同時にブルーバレットの右の魔導剣の切先がノーバックの胸部にコツンとぶつかった。それは実戦の出力であれば間違いなくコクピットを貫いた一撃であり、
『試合終了ッ。勝者ルッタ・レゾン!』
ルッタの勝利が確定した瞬間だった。