012 本物
「クッ、これは!?」
侮っていたわけではないはずだった。実際に会っても油断することはなく、シーリスの忠告にも耳を傾けたつもりだった。けれどもナッシュはまだ自身の考えが甘かったと痛感した。
序列一位。その役回りを全うしようと、チャレンジャーに対するチャンピオンでいようと立ち回ろうとした。その結果が今だ。つまりはただの間抜けとナッシュは自身を評した。
(初手は防げた……いや、防がされたというべきだな)
一撃目を反射的に受け止めたナッシュだが、どちらかというとそれは誘導されて魔導戦斧に当てさせられたように感じていた。魔導戦斧でカバーできない角度から斬られれば防げなかったはずなのに……だ。
(つまり僕はルッタくんに情けをかけられたというわけか)
その行為を不遜とは思わない。そんな余裕はナッシュにはない。それをいま、現在進行形で分からされている。
『ほらほらほらほら』
ガンガンギンギンとぶつかり合う音が響き渡る。絶え間なく続く左右からの攻撃。まるで連携を得意としている二体のアーマーダイバーを相手にしているような錯覚すら覚えるほどの斬撃の雨が降り注ぐ。
(この攻撃、それに先ほどの突撃はフライチャージ。本当に剣闘士初心者か?)
ナッシュがそう考えるのも無理はない。まるで瞬間移動をしたかのように突撃してきたルッタの移動方法はフライチャージといい、フライフェザーのリフレクトフィールドを意図的に暴走させて一瞬の加速力を得る裏技だ。剣闘士の試合間近のように、向かい合って始まるまで動かないような状況でなければ使用できないし、できても過負荷によって発動後に止まったフライフェザーを再度使うにはインターバルを必要とする。その間、ホバリング移動もできず棒立ちになるリスクの高い技であり、実際闘技場でもほとんど利用されないものだった。
(突撃後に二刀流での乱打でこちらに攻撃の手を出させないか。左右からの太刀筋はそれぞれ別物なのにまるで連携している様な動きをすると……本当に中にいるのはひとりか? 冗談じゃあないぞ)
ナッシュの脳裏に敗北の二文字がちらつく。実際集中力を切らせば、即座にそれは現実になるだろう。盾二枚持ちの防御重視の機体でなければそのまま押し負けていたかもしれない。
(時間が経ち過ぎたか。すでにフライフェザーも使えるはず。そもそもフライチャージの出がかりも掴めないほどに自然に使っていた。とんでもないな、この子は)
「ここまでやるのかルッタくん。ハハハ、確かに君をおもんばかる資格など」
乱打の繰り返しの中にわずかな隙を見つけたナッシュが円形盾を押し出してブルーバレットを退ける。
「僕にはなかったな」
ノーバックが魔導戦斧をブースターで加速させて横薙ぎに振るうが、ブルーバレットはフライフェザーのホバリング移動を用いて、闘技場内を滑るように移動しながら距離を取る。
「回避が速い。なるほど、ドラゴンの尾を避け続けたってのも嘘じゃあなさそうだ」
『ナッシュさんこそ、ジャッキー流剣術をよく避けたよ』
ルッタがそう声にしながら、ノーバックへと両腕の魔導剣を振り上げながら突撃していく。
「ジャッキー流剣術……だって?」
再度ナッシュの乗るノーバックへとブルーバレットが左右それぞれからなる尋常ならざる斬撃の雨を降らす。それこそがパターン化したジャッキーの攻撃を選別し、ルッタがマクロ化に近い形で組み上げた剣術プログラムの真骨頂。そしてルッタが高らかに宣言する。
『そう、これぞジャッキー流剣術『流剣雨』!』
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「ジャッキー流剣術? ジャッキー流剣術ってなんだ?」
「知るかよ。なんでナッシュが押されてんだ?」
「手加減でもしてんだろ。ガキ相手だからよ」
「お前は馬鹿か。どう見てもナッシュは必死だろうが」
「斬撃が速い……だけじゃない」
「ああ、ありゃヤバいぞ。二対一みたいなもんだ。アレじゃあ」
闘技場で観戦している目の肥えた連中は徐々にルッタの動きに気づき始めていた。アーマーダイバーの乗り手ならなおさらだろう。自分にあのような動きが可能かと自問すれば否としか言えない。
そんな周囲の反応を見て、他の観客たちも困惑しつつも理解し始める。あの青い機体に乗っているルッタ・レゾンは只者ではないと。であれば……と彼らの脳裏にあの言葉が頭をよぎる。
「……ドラゴン……スレイヤー」
「おいおい。冗談だろ。まだ十二のガキだぞ」
「年齢とか関係ねえだろ。見ろよ」
ナッシュのノーバックが明らかに押されている。すでにどちらが挑戦者かも分からないほどであった。
「認めようぜ。強ーんだよやつは」
「ああ、ルッタ・レゾン。ヤツは本物だ」
そして闘技場の空気が変わり始めた。