011 ファーストアタック
ブルーバレットが闘技場の中心に立っている。
闘技場では銃器の使用は認められず、使用可能なのは剣、槍、盾やチェーン、ワイヤー等。そしてルッタが選んだ武装は魔導剣の二刀流だ。装甲の薄いイロンデルタイプでその武装は非常に玄人好みなものではあるが、乗っているのが十二歳の子供では観客にとって関心を誘うどころか身の程知らずと癇に障るものらしかった。
「新人が二刀流だぁ?」
「どこまでも剣闘士を馬鹿にしてやがる」
「やっちまえナッシュ。詐欺野郎を叩きのめせ」
二刀流は操作が難しく、熟練のアーマーダイバー乗りでも選択することは少ない。ましてや経験の浅い子供が序列一位に挑むのだ。その選択は愚者のソレでしかないと。
そもそもハンターメインのアーマーダイバー乗りは剣闘士を密かに馬鹿にする傾向がある。所詮は実戦から逃げた連中だと。ルッタも大方そうした類なのだろうと彼らは考えていた。
『クラン風の機師団の大型新人、若干十二歳。初めての討伐依頼でドラゴンを狩ったと自称するルッタ・レゾン君。今回はその言葉が事実か否か、その実力で示してくれることを期待しよう!』
さらなるブーイングが響き渡る。まともに勝負になるとすら誰も思ってはいない。ただ闘技場の英雄の手を煩わすだけの愚物。溜飲を下げるためのナッシュへの供物であると。そして……
『対するはラダーシャ大天領闘技場の序列一位! 我らが英雄。我らが最強』
ブルーバレットが現れた門とは真逆にある門からカーキ色の機体が姿を現すと、爆発したかのような歓声が闘技場内に広がっていく。
『今日もその戦斧が冴え渡るか。ナッシュ・バックの乗るノーバックの出陣だ!』
その機体は、ゴーラ武天領の量産機であるフォーコンタイプが原型であろうが、随分とカスタマイズされた機体だった。
一番の違いは全身の装甲だ。元の分厚い鋼鉄の装甲と違い、飛獣か深獣か……魔獣のモノであろう甲殻をベースに加工されていて、それにゴテゴテとした装飾がついており、元の機体とは印象がずいぶんと違っていた。
(どの魔獣のものかは分からないけど、あの感じは弾性があって、重量も軽そうだな)
一般的にアーマーダイバーは竜素材などの特殊なものを除けば魔獣素材を直接加工した装甲などは使用しない。
理由は単純で、低ランクの魔獣素材では八天領の用意する装甲には及ばず、高ランクの素材は供給が不安定で継続的な利用が難しいためだ。その上に加工費を考えれば通常装甲に対してコストパフォーマンスが悪過ぎる。
とはいえ、高ランク素材は通常の装甲よりも性能が高いことは確かな為、個人の実力がものを言う剣闘士には好まれる傾向にあった。
(昨年のクロスギアーズの優勝者は水晶獣の甲殻を全身に身に付けてたって話だし、性能プラス見た目重視か。剣闘士は承認欲求マシマシな人が多いんだろうし、そうなるのも仕方ないのかもね)
そんなことを考えているルッタの前に槍の先に斧がついたような武器である戦斧を両腕でぶんぶんと振り回したノーバックが近づいてくる。
(そんで武器は魔導戦斧か。魔法刃の発動面積が狭い分、小型ブースターも付けて加速もさせてくるっていう武器だったっけ)
いわば魔導剣と魔導鎚の良い所取り。悪くいえば扱いきれなければ中途半端な得物でもある。さらに左右の腕には固定された小振りで三本角が生えている円形盾を装備している。見た目からして近接戦に持ち込んだ場合はそれで殴りつけるナックルガードに変わるのであろう形状をしていた。
『やあルッタくん。騒がしくてごめんね。みんな血気盛んな連中でね』
ナッシュがそう声をかけてきた。言葉では謝罪しながらも、声には自信が溢れている。自分に向けられた期待を力にできる人間だとルッタは感じた。
「お気になさらずナッシュさん。騒がしいなら黙らせればいいだけですから」
『ハハハハ、場の空気に圧倒されているかと思ったけど……君は本当に凄いね』
それは素直な賞賛。自身が同い年だった時はどうだったか……などと考えるまでもない。ナッシュは捨て子だった。父親代わりの男がアーマーダイバー乗りで、操縦を教わったのは十四の頃。一人前と言えるアーマーダイバー乗りになれたのは二十歳前後だろう。十二の時などただの鼻垂れ。このような場に立ったとしても空気に呑まれて何もできなかったどころか泣きわめいて小便でも漏らしていただろう。周りの多くが敵意を向けている場だ。一生物のトラウマになってもおかしくはない。けれどもルッタの気勢に揺るぎはない。それどころか、ナッシュにも分かるほどに闘気が溢れていた。
『両者構え。始めッ』
そして試合が始まり、両者が向かい合う。
『ルッタくん、君はきっと大物になる。認めよう。けど、今はその時を少しだけ遅らせて……』
「ねえ、序列一位。シーリス姉から油断するなって言われなかった?」
『!?』
それはまるで幻影の如く、加速したブルーバレットがノーバックの前へと躍り出た。
「アンタに人の心配している余裕なんてないんだよ。悪いけど」
そして闘技場内にけたたましい金属音が響き渡った。
やったか?