010 ラフィングボーイ
ルッタとナッシュの対決が決まった後の三日間、ルッタは街には出ずにブルーバレットの整備や対人戦の調整にかかりっきりとなっていた。ドラゴンスレイヤー偽称疑惑と横紙破りの闘技場序列一位との試合の双方でヘイトを買っているのもそうだが、ルッタもブルーバレットから降りればただの子供の戦闘力だ。護衛でもいなければ街などは歩けない。その上にシーリスの煽りでヘイトも最高潮。呑気に散歩などできようはずもないので、やれることと言えばブルーバレットの調整ぐらいしかなかったのである。
またブルーバレットにはドラグボーンフレームの他にヴァイザー機の広域レーダー搭載頭部の移植も完了していた。それはイロンデルタイプのシャープなものとは違い、若干厳つい顔をしており、二本の角が後方に伸びているような形状となっていた。
『ルッタ、本番前だがどうだ? いつもと調子が違ったりはしてないか?』
「問題ないですね。水晶眼のセンサーの反応が前よりも若干早い感じはしますけど」
『その頭部はオーダーメイド製だからね。ヴァイザーがどこで手に入れたのかは知らないが、恐らくは量産機しか乗れない貴族向けに用意したものだよ。使っている回路も魔導線も高級品だったそりゃ反応速度に違いも出るってもんさ』
高出力機よりもオーダーされることは少ないが、量産機出力の専用機というものも存在はしている。そうしたものは大概が貴族による発注であり、そのために機体内部は高級品の塊だ。もっとも無才の無駄遣いと馬鹿にされるケースも多いために、量産機しか乗れない貴族はそもそも乗らないことの方が多いのだが。
「そんなもん、よくヴァイザーが持ってましたよね」
『まったくだな。使いこなせていたとは思えないけど、まあ見た目で選んだんじゃないかな。その角は派手だしね』
広域レーダー用であろう二本のホーンアンテナは見た目のインパクトがデカい。
「確かに……納得しました」
『ちなみに戦闘モードと索敵モード、ちゃんと機能してるかい?』
「はい。今は索敵モードですが、レーダーの反応も目視と一致してますね」
戦闘モードと索敵モードのスイッチはコーシロー製のテンキーもどきで対応させており、索敵モードでは二本角、戦闘モードでは重なって一本角へと変わる。見た目的には後方に向かう角がVの字かIの字になっているかのビジュアルの違いがあった。
(こっちはこっちで飛獣相手に試してみたいんだけど、まずは目の前の相手に集中だな)
そう考えながらルッタが水晶眼を向けた先にある闘技場の正反対の門にはまだナッシュの機体は見えない。まずはブルーバレットが闘技場の舞台まで進めと指示がきていた。
(挑戦者の品定めか。序列一位は殿様出勤ってわけだ。まあ扱いとしては当然だろうけどさ)
ブルーバレットが一歩一歩と進み、門を越えてその姿を晒した。
『さあここからが今日のメインイベント。ドラゴン殺しは嘘か誠か。弱冠十二歳の無謀なるチャレンジャー、ルッタ・レゾンの乗るブルーバレットの登場だ!』
そしてブルーバレットが姿を見せると会場中に実況者の声が響き渡る。
『世間一般じゃあ風の機師団も焼きが回ったって話になってるが、ブルーバレットはなかなかに勇ましい格好ですねゾロルさん』
『そうですねガイエンさん。ブルーバレットは青を基調として関節部位などが黒く染められており、頭部もヴァナーフ竜天領の量産機カゾアールタイプの改造品に見える外見をしています』
『そうですね。それに彼の得物はなんと魔導剣二本です。実に玄人好みのチョイスですねえ』
そのやり取りにも闘技場全体からブーイングが響く。彼らの多くは序列一位のナッシュを目当てに来ており、ドラゴンを殺したと吹聴している生意気な新人の公開処刑を期待していた。そもそも誰も信じてはいないのだ。たかだか十二のガキがアーマーダイバーでドラゴンを討ったなど。
「はは、超アウェー」
ブルーバレットのコクピットの中でルッタがそう口にする。会場からの罵声はまるで地響きのように轟いている。
『ルッタくん、緊張しているかい? こういう場は初めてだろ?』
「そうですね。まるで会場全体が敵みたいです」
通信機で声をかけてきたコーシローにルッタがそう返す。専属整備士であるコーシローはセコンド的な役割を負ってルッタのサポートに回っていたが、そんな彼の方がルッタよりもよっぽど緊張しているように感じられた。
(前世ではもっと人数の多い会場でやったこともあるけど……ここまでのアウェイは初めてだな)
「ま、みんなにも肩身の狭い思いをさせていましたし、そいつを払拭するためにも頑張りますよ」
この三日間、ルッタは船から出ずにいたが、他のメンバーはそうではなく、港町にも出向いていた。そんな彼らが風の機師団であることが知れると所々で嫌がらせを受けることもあったようだし、酒場で罵声を浴びせられることもあるようだった。ザナド天領ほどではないにせよ、それはクルーにとって負担になっていたはずだ。
『そうしてやれ。明日から俺らが『だから言ったろ? ウチのルッタは凄えヤツなんだ』って言えるようにな』
「もちろん。ただ、まあ」
ルッタが舌舐めずりをした。気持ちが上がっていくのが分かる。仲間のためという気持ちがあることは嘘ではないが、それ以上にルッタは己自身のために一歩一歩を進んでいく。どうしようもなくエゴイスティックな己を自覚し、湧き出る闘争本能に笑みを浮かべていく。
「ごめんなさいコーシローさん。始まったら、そういうの考えられないかも」
『くっく、アーマーダイバー乗りはそれでいいんだよルッタ』
そして、ブルーバレットが闘技場の中心にたどり着いた。