009 黒い竜骨
「というわけで煽ってきたからよろしく」
「俺へのヘイトが溜まりすぎて外出れないんだけど」
前日の飲みの報告をシーリスから受けたルッタが肩を落としながらそう返した。偽ドラゴンスレイヤーのクソガキが地元のヒーローに、クロスギアーズに出たいから喧嘩を売った。のみならず本気出さねーと秒殺すんぞコラと煽り散らしてるとのこと。ついでにショタコン獣人ネーチャンを手篭めにしているそうな。なんて噂が流れてるとクルーのひとりから先ほど聞いたばかりである。誰だそいつ。殺るしかねーな……とはルッタも思った。
そんなこんなでザナド天領に続いてここでもヘイトを受け続けるルッタ・レゾン十二歳である。
「まあまあ。ナッシュを軽く捻って勝てばみんな手のひらクルクルしてくれるって」
「頑張りますけどねー」
ルッタがそう言いながら、ガレージの中でバラしたブルーバレットの関節部をしきりにチェックしていく。
時間はすでに十五時を越えている。シーリスはナッシュと別れた後も別の酒場で飲んでいて、朝にタイフーン号に戻って来て、ようやく先ほど目覚めたのだ。そしてガレージにいるルッタに会いにきたのだが、そのルッタはコーシローや他の整備班の面々と共に作業に入っていた。
「それでルッタは今何してんの? その黒い部品って多分新パーツだよね?」
「うん、そうだよ。ドラグボーンフレーム。ドラゴンの骨を加工した関節部の可動部位のパーツだね。これだけは朝方に完成して納品されたからナッシュさんと戦う前に組み込んでおきたくて」
ドラグボーンフレーム。それをブルーバレットに組み込んだからといって劇的に性能が上がる……というものではない。けれどもこれを付けることで可動部位の負荷が軽減され、操作時の踏ん張りが利きやすくなる。無理な動きをしても負荷に堪えられるだけの耐久力を得るのだ。また魔力を吸うことで自動修復も行えるのだから整備面でもありがたいシロモノだった。
「前に見た時の骨は白かった気がするけど加工すると黒くなるわけ?」
「ああ、そいつは昇華処理をしたからだよ」
シーリスの問いに答えたのは一緒に作業しているコーシローだった。
「へえ。昇華処理って言うと飛獣の素材を人工進化させるとかいうもんだったっけ。処理に値が張る割に、進化するかは博打に近いからあまりやらないって聞くけど」
飛獣が一定の条件下で上位種へと進化するのはこの世界では常識的な話ではあるが、昇華処理は飛獣の素材に加工を施すことで人工的な進化を促す手法だ。
もっとも進化するには大元の飛獣が進化間近である必要があり、昇華処理には安くない費用がかかるために通常対応することは少ない。
「そうなんだけどね。けど今回は昇華処理に必要な天導核の欠片があったからね」
コーシローの言う天導核の欠片とは無人島でリリが破壊した際に拾ってきていたものだった。
「ああ、あの時の」
「そういうこと。素材があればちょっと加工するだけだから。で、試しにやってみたら見事に黒く染まったんだよ」
その言葉にシーリスが眉をひそめる。
「てことは、あのドラゴンがあのまま天導核を食べてたら黒竜系統になってた可能性があるってわけ?」
「ほぼ確実にね。ブラギア天領、場合によっては本当に壊滅してたかもなぁ」
黒竜はドラゴンの進化系統の中でも特に危険な部類に当たるものだ。特化した属性こそないものの単純に身体能力が強化され、防御力が跳ね上がり、ブレスの出力も上昇する。色が黒いからといっても闇属性というわけでもないので属性的な弱点は存在しない。それはただただ強いという存在であった。そんな相手が生まれかけていたことを考えて、シーリスとコーシローの口からは乾いた笑いが漏れた。
「ま、まあ……ともかくだ。いい感じに強度も上がったこいつに換装することでブルーバレットもいい感じに強化されるってわけだよ」
「スペックが一気に上がるようなものではないけど、ルッタにとってはこういうのこそ必要なんだろうね」
「そうだね。ナッシュさんとの戦いに間に合いそうで良かったよ。流石にこの短期間で剣闘士用の本格的な調整は難しかったから」
アーマーダイバーは基本的に竜雲海の上で空を飛びながら戦う人型兵器だ。それを地上の近接戦ベースに適応させるためには当然適したチューニングというものが存在する。フレームなどに近接戦用のものを使う剣闘士もおり、そうした専門的な観点から見ればルッタは準備不足であると言えた。
だからこそ、ルッタは剣闘士用フレームとしても通じるドラグボーンフレームを求めていた。
そしてナッシュとの試合の日までの時間はそう多くはなかったものの、搬入時間ギリギリまで整備に時間を費やしたことでルッタもそれなりに満足いく形で調整を終えたのである。
次話、闘技場へ。