007 再会のふたり
「やあシーリス。来てくれたんだね」
「久しぶりだねナッシュ。随分とご活躍のようじゃないか」
ジョー・クアットという男が風の機師団を肴に酒を飲んでいる頃、別の酒場ではシーリスとナッシュがカウンターに隣り合って座っていた。ルッタと話した後にナッシュからのお誘いの手紙が届き、シーリスはこうして出向いたのであった。
「そりゃこっちのセリフだよ。今やシーリスは風の機師団の一員だ。ただのランクDクランだった時とは見違えたよ」
「はん。アンタのお世辞は気持ち悪いが実際今のクランには満足してるよ。そっちだってラダーシャ大天領を代表する剣闘士の序列一位なんだろ。ずいぶん出世したもんだ」
シーリスの返しにナッシュが笑う。
「お互いよくやってるってことだね。それじゃあ互いの健闘と、緑翼団の生き残りに乾杯」
「あいよ、乾杯」
カツンとジョッキの当たる音がした。
緑翼団、それはふたりがかつて所属してたクランの名前だ。そのクランは五年前に古代遺跡の探索に失敗して解散し、シーリスとナッシュは別々の道を歩むことになった。だからシーリスはこのラダーシャ大天領に来るまでナッシュがここで剣闘士として大成していたことなど知らなかったし、生き残った他のクランメンバーの所在も分からない。生きているかも、死んでいるかも、ハンターを続けているのか、引退して領民となっているのかも。
だからこそ、こうして再会できたことをふたりは祝った。
そしてふたりが酒を飲み干してグラスを置くとナッシュが口を開いた。
「それでシーリス。君はアレからどうしていたんだい? ものすごい剣幕で出ていったっきりだっただろ。正直心配してたんだよ」
「あたし? ああ、ピーピー泣いてたあんたをブン殴って定期船に飛び乗った後は、ちょっと暴れてねえ」
ルッタに対して言った喧嘩別れするほど気力もない時だったからあっさり別れた……という言葉は嘘であった。しっかりもののお姉さん的には弟分には恥ずかしい過去を漏らしたりはしないものなのである。
「そんで、ジャヴァっておっさんに喧嘩売って……サクッとノされてさ。タイフーン号に運ばれて看病されて、けど目を覚ました時はこりゃそのまま売り飛ばされるなーなんて勘違いしてさ。そこから艦内で暴れ回って今度は艦長にブッ飛ばされたんだけどさ。はっはっは」
「おい」
シーリスの話を聞いてナッシュが顔を引き攣らせた。ルッタに説明した『拾われた』の前にもワンクッションあったのである。
「で、なんだかんだで風の機師団に居着いてね。アーマーダイバーの乗り方を改めて教えてもらって、んで風の機師団の乗り手になって今に至るって感じかなぁ」
「狂犬が躾けられたってわけか」
「あぁん?」
「いや、なんでもない」
シーリスの過去のあだ名は狂犬。気の弱いナッシュを毎度ぶん殴っては命令していた暴れん坊であった。
「ま、そんななんだかんだで風の機師団に入って今も一線張れてるお前はホント凄いよ」
序列一位。それはハンターとしてのランクとは必ずしも一致しない。ナッシュは時折ハンターとしての仕事も引き受けてはいるがランクはD相当。本業はパトロンありきの剣闘士専門で食っている。だからこそ現役で名のあるクランで活躍しているシーリスがナッシュには眩しく映った。
「そうは言ってもあたしはうちのメンツの中じゃあ凡人もいいとこだけどね」
シーリスが肩をすくめて乾いた笑いを浮かべる。
「オリジンダイバーと一緒じゃあ仕方ないだろ」
「まあね。ま、それだけじゃあないんだけど」
リリとフレーヌとはそもそも地力が違いすぎるので置いておくとしても、ジェットはタイフーン号の護りに特化しているが実際に戦えばほとんど勝てないほどに強かったりする。またルッタとの実力差だが、はっきり言えばシーリスは模擬戦でルッタに勝ったことがない。とはいえ、だからといってシーリスも腐っているというわけではない。
「どうやらあたしは後ろから仲間を支えているのが性に合ってるらしい。それに自分の得意分野をより特化させて尖らせでもしないとあいつらに並び立つ資格すらないからね。最近色々あってそれに再度気付かされたよ」
「後ろから支えるか。スナイパースタイルにしたってのは聞いていたが、昔の君からは想像もつかないよ」
昔のシーリスはその気性通りに前衛に出て暴れ回るタイプだった。無鉄砲に突っ込み、機体の破損率も高かった。それはもう今とは真逆の戦闘スタイルで、後衛から前衛に特化していったナッシュとは反対方向の成長だ。
「だろうね。けどお陰で以前のあたしとは実力の桁が違うよ。あんたが序列一位になったように、あたしも日々進化してるってわけさ」
「なるほどね」
「それであんたの方はどうなんだい?」
「見ての通り、序列一位。ラダーシャ大天領でもっとも強い男が僕さ」
そんな自信に溢れた表情をしたナッシュをシーリスは知らない。
お互いずいぶんと変わったものだとシーリスは感じたが、けれども彼女の聞きたかったことはそういうことではない。
「それは知ってる。そうじゃないんだナッシュ。私が知りたいのはアンタが『もう探索し終えた』のかってことなのさ」
そのシーリスの問いにナッシュの目が細められた。