002 少年の夢
「さて、昨日に卸された素材については滞りなく処理を進めているところだよギア団長。ビッグジョーの肉が少ないのは残念だけどね」
ギアと向かい合って受付席に座っているノールが報告書を手に笑顔でそう応じる。
「そいつはそっちに引き渡した連中に言ってくれ。俺たちも泣く泣くビッグジョーを深獣の餌にしたんだからな」
深獣の餌とは竜雲海に投げ捨てたという意味である。そうした行為は天領の近くで行うと飛獣や深獣が近くに住み着いて厄介なことになりかねないが、離れた場所であれば問題にはならない。
「連中については今は尋問の最中だ。実際こちらでも内偵を進めていたんだけどね。なかなか尻尾を出さなかったんだ。だから今回の件は本当に助かったよ」
「できればさっさと処分しておいて欲しかったがね。お陰で無駄に疲れた」
「はは、ハンタークランだけならそんなに時間はかからなかったんだけどね」
含みのあるノールの言葉だが、ハンターギルド長が関与していたという事実は簡単には表に出せない。
「その上に天領軍も非協力的で……とはいえ、今のザナドならコチラの言うこともすんなり聞いてくれるだろう」
銀鮫団は壊滅状態。逃げ帰ったメンバーもザナド天領から離れる可能性は高く、今のザナド天領はハンターの数が減っていて早急に補充しなければ飛獣被害が拡大していくだろう。だからこそザナド天領軍もハンターギルドの言葉には従わざるを得ない。事実関係から言えばロクでもないギルド長を選んだハンターギルドの責は小さくはないのだが、そのロクでもない相手の甘言に乗ったという後ろめたさもあるザナド天領軍は何も言えない。
「それと昨日にも言ったがハンターギルドとしては今回の件で報奨金を出す用意がある」
「報償? 口止め料だろ?」
「そうとも言う」
ノールがにっこりとした笑顔で頷く。アールたちのことはハンター同士のいざこざで処理できるが、モハナ・カザンの件はそうはいかない。ハンターギルドの信用問題を損ねるし、ザナド天領も噂が立てばハンターたちも寄り付かなくなる。すべての罪は銀鮫団に被せてモハナ・カザンは秘密裏に処分するというのがノールの筋書きであった。
一方でこの流れの中で旨みがない風の機師団には報奨金という旨みを渡して口を塞ぐことに決め、それをギアも了承した。風の機師団は正義を掲げているわけではないし、ハンターギルドの信用が落ちるのは風の機師団にとってもよろしくないことで、何よりも金が入ってくるなら言うこともなかった。
「それと銀鮫団については君たちに良い様に広めておくさ」
「金さえ貰えるなら何も言わん」
「そりゃありがたい。で、そっちはそういう話で固めるとしてだ」
ノールが銀鮫団の報告書を仕舞い、もうひとつの報告書に目を向ける。それはブラギア天領でのドラゴン討伐についてだ。
「竜殺しの件は別だ。さすがにこのまま通すのは無理がある」
「だろうな」
あっさりとギアがそう返す。事実は小説よりも奇なりとは言うものの、それを信じるか否かという話だ。けれどもギアも引き下がるつもりはない。
「ただ、こちらとしては事実のみを報告しているし、ブラギア天領のハンターギルドでも確認はできている。だろう?」
「ブラギア天領で判断ができないから、ラダーシャ大天領で承認を得る必要があるんだろう?」
ノールの言葉にギアが目を細める。
「つまりは実力を示せと言うわけだな?」
「ああ、そうだ、十二歳の子供が最初の依頼でドラゴンを殺しました……そんな馬鹿みたいな話を信じさせるだけの根拠は必要だ」
それは本来であれば何かしらの依頼を受け、対象となるルッタの実力を測る……という手順を踏むはずのものであった。ルッタの技量は実際に見てもらえれば、理解はできるはずだからギアとしても本来であれば問題のない話だ。けれどもギアはノールが続けての言葉を発する前に口を挟んだ。
「構わないさ。ただ、その根拠だが……今回は剣闘士の序列上位との決闘でお願いしたい」
「何?」
その要求にノールが眉をひそめた。
「今回の竜殺しは無人島の上で行われた地上戦。判断するのならば、近い環境での確認が必要だし、剣闘士との戦闘は能力判断の試験として利用されることもあったと記憶しているが」
ギアの言葉は間違っていない。剣闘士の序列は戦闘力を測る上では分かりやすい基準ではあるし、興行としても面白いカードとなる。けれどもノールはその提案を出したギアに対して目を細めて探る様な視線を送った。
「ドラゴンと対峙できる実力を判断するんだ。それなりの剣闘士じゃあ釣り合わないけど……いいのかい? 十二歳なんだろ? 嘘つき呼ばわりされた上に大衆の目の前でボロ負けすれば心の傷になる」
子供が大勢の目の前で嘘つき呼ばわりされて打ちのめされる……そんな光景をノールは見たくはなかった。けれどもギアは笑って首を横に振った。
「問題ない。うちのルッタはクロスギアーズに出ることを望んでいるらしくてな。であればここで序列上位を倒せれば手間も省けるってもんだ」
「……そういう魂胆か」
ノールもギアの意図は理解できた。けれども納得はできない。彼の目には壁越しで待っているルッタの姿が見えている。保護欲をそそりそうな、ともすれば少女とも見間違えそうな細身の少年であった。そんな子供に何させようとしてんのとノールはドン引きであった。
「子供の夢を叶えるのも大人の責任だろう?」
「大それた夢を諦めさせるのも大人の役割だ。いや、まさかそういうことか?」
ノールはギアが子供の乗り手の跳ねっ返りを諌めるためにわざとこんな話を持ち込んだのではと考えたのだが、もちろんそうではない。けれどもギアもノールの考えていることは理解できた。だからこそ笑ってこう返した。
「大それた夢かどうか……それをテメェの目で確かめろって言ってるのさ」