025 戦場ふたつ
「クソッ。クソったらァア。あ、アイツらぁ。やりやがった。やりやがったなぁ」
衝撃波で半壊したブリッジの中で、アールが怒りに顔を歪ませながら椅子にしがみついていた。目の前の雲海船が炎に包まれて沈んでいく。アールたちの雲海船は正面のその船が盾になったことで辛うじて持ち堪えたが決して被害が少ないわけではない。
「おい、被害報告は?」
「は、はい。正面にいたゾイとノッカの船がやられました。アーマーダイバーは……八機沈んでいます。他に三機が活動不能。ガレージに収容されました」
団員の分析能力は高く、現状の状況もすぐに知れたが、それにしてもタイフーン号からの攻撃は想像以上の威力であった。
(畜生。民間の船にあんなもん積みやがって。あのオリジンダイバーが離れたのを見た時は上手くいったと思ったんだがなぁ)
額に青筋を浮かべながら、アールが攻撃を仕掛けてきたタイフーン号に目を向ける。
(……高くつき過ぎたか)
ここまでゴーラ武天領軍を連れ出すのにはアールも苦労していた。
風の機師団と対峙する前の段階で近くの天領にゴーラ武天領軍が駐留していることを耳に入れていたアールは、次に風の機師団が向かうであろうザナド天領にいるモハナを使って足止めをさせるよう団員に指示をしていた。そして自分たちは近隣の天領に駐留しているゴーラ武天領軍と接触し、協力して風の機師団を倒そうと持ちかけていたのである。
(あのクソ軍人どもを説得してどうにか一緒にきたもののこれではなぁ)
アールは風の機師団がゴーラ武天領軍に追われているという情報しか知らず、彼らがオリジンダイバーを狙っているようだと知ったのは交渉中の時だった。そこから当初、自分達だけで事を成そうとしていたゴーラ武天領軍と同行するまで取り付けるのにも苦労したのだが、結果は当初の予定通りだ。
オリジンダイバーの引き離しには成功し、銀鮫団はこのままタイフーン号を取り囲んで仕留めようと動く……はずだった。
(だというのにこのザマか)
『おい、団長。どうなってやがる!?』
通信からヴァイザーの慌てた声が聞こえる。
「テメエも生きてたか、ヴァイザー。そいつは何よりだ」
『んなことよりなんだ今のは!? あんなの知らねえぞ』
「恐らく発掘兵器だ。古代イシュタリア文明の遺産。そんな隠し球があったとは聞いていなかったんだがな」
風の機師団にそのような装備が積まれているなど耳にしたことはない。恐らくはアレこそが風の機師団の切り札だったのだろう。
(だが二射目は撃ってきていない。あれだけのエネルギー量だ。そりゃそうだろうが)
時間が経ち、頭も冷えて冷静になったアールが状況を把握していく。
「ハッ、問題はないな。ヴァイザー、確かに先手は打たれた。こっちは手痛いダメージを受けた。だがそれだけだ」
『あん?』
「あんなもん、連続で撃てるものじゃない。できてるならもう一度やられてる」
タイフーン号が撃った攻撃は長距離の連続誘導光線。それら一発一発の威力はそこまでは高くない。そうでなければ今ごろアールは死んでいたはずだ。
(ゴーラの戦艦の装甲相手じゃあ精々が小破ってところの威力か。だからウチらだけを狙った。船をバラけさせときゃ良かった……が、そいつは後の祭りってもんだ。今はここからのことだ。ヤツら、今なら逃げ切れるのに留まってやがる。つまりは殺る気ってわけだ)
アールがタイフーン号を睨みつけるように見ながらそう考える。
「それにオリジンダイバーはゴーラに向かった。数的優位は変わってない。見ろ二機出てきただけだ」
『そりゃジェットは雲海船から離れられないから攻めてくるなら青と赤だろうがよ。しかし、それだけの戦力でこっちを殺る気か。舐めてんのか?』
「そうだ。ヤツらは舐めている。こっちの戦力は確かに減ったが、そもそもの数が違うってのにな」
現時点でも雲海船三隻とアーマーダイバー十九機が銀鮫団にはいる。だとすれば、勝ちの目はまだこちらにある……とアールが獰猛な笑みを浮かべた。
「ヴァイザー、連中を潰せ。舐め腐ったヤツらに俺たちの恐さを刻み込んでやれ!」
『言われるまでもねえ。行くぞ野郎ども!』
ヴァイザーの叫びが怒りに燃える他の乗り手の咆哮と重なり、銀鮫団のアーマーダイバーが一斉に動き出した。そして接近するは蒼と赤の機体。対決はもう間も無くであった。
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「あーあ、リリもルッタと一緒の方が良かったなぁ」
風の機師団と銀鮫団の対決がもう間も無く始まるという頃、フレーヌに乗ってゴーラ武天領軍の雲海船に近付きつつあるリリがそうぼやいた。
ルッタの戦うところを見てみたい。何を見せてくれるのかを知りたい。きっとそれは己の力になる……とリリは考えている。ルッタを最初に見た時から感じていたものだ。それは運命などという抽象的なものではない。ルッタの技量をリリがただ正確に把握しているというだけのこと。
「でも、お仕事はしないと。リリは真面目だから」
『大人しく捕まるつもりはないようだなぁ』
『結構だ。今度こそゴーラの力を見せてやろう』
ゴーラ武天領軍の雲海船、サングリエ艦級二隻にフレーヌが近づくとサングリエ艦級から八機のフォーコンタイプと二機の高出力型が飛び出てきたのが見えた。
「高出力型が二機だね」
その二機はフォーコンタイプベースではあるものの、それぞれの形状が違い、乗り手の能力に合わせた専用機と呼ばれる機体に仕上がっているようだった。
そんな専用機二機と共に動いている八機のフォーコンタイプの隊列には乱れがなく、それはまるで一個の生物であるかのようで、その様子からも彼らの技量の高さがうかがえた。
「ああ、そこそこやるんだね。なるほど」
リリが目を細めながらそう口にする。基本的にリリは戦闘で手を抜くことはないが、相手に合わせて出す力は抑えている。常に全力で挑んでいては継戦能力など望むべくもないのだから当然の話ではあるが、ともあれリリは相手の戦闘評価を改めて、自分の中の『ギアをひとつ』引き上げた。
『我らはオリジンダイバーをすでに二機捕縛している』
『そしてやり合うことになればお前で三機目となろう。素直に機体から降りてくるならば丁重に扱うが?』
その言葉にリリが「従わない」と返す。
『であれば痛い目を見てもらうぞ』
『であれば遠慮なく捕縛させてもらうぞ』
次の瞬間に『『やれ!』』と専用機の乗り手たちの同時の命令に合わせて取り囲んでいたフォーコンタイプのミサイルランチャーが一斉に火を噴いた。放たれたのは魔導誘導弾。魔鋼砲弾ほどの威力はないが、目標に向かって誘導して飛んでいく特殊砲弾だ。
その全てがフレーヌに向かって突き進み、けれどもリリは焦ることなく、無表情のままフットペダルを踏み込んだ。
「あなたたちの捕まえたオリジンダイバーはフレーヌじゃない。リリじゃない」
そして足首から伸びた光の翼、ルミナスフェザーの出力を上げて二倍以上の長さに展開し、機体を回転させながら迫る魔導誘導弾を弾き落としていく。
『何ぃ』『なんだそれは!?』
「フレーヌは強いよ。リリは強いよ。さあ始めようか」
そしてリリの乗るフレーヌが専用魔導剣キャリバーと魔導長銃を手に取って構え、ゴーラ武天領軍に突撃していった。