023 笑み
「んー、銀鮫団の雲海船が五隻に展開しているアーマーダイバーが三十機ほど。それにゴーラ武天領軍のサングリエ艦級が二隻いるけど、まだ機体出してないですよね。アレってアーマーダイバーが五機入るんでしたっけ?」
ルッタがブルーバレットの中で水晶眼をタイフーン号の艦内カメラに接続して、こちらを追ってきている艦隊を観察している。
『ああ、無理に詰め込めばもう一機はいけるが、基本そうだな。そしてつい今、ゴーラ武天領軍はリリ・テスタメントの身柄のみを要求してきたぞ』
『リリはリリのものなのだけれども』
『フッ、まったくその通りだな』
リリの返答にギアが笑って頷く。そんな話をしている風の機師団の面々だが、現在タイフーン号は銀鮫団とゴーラ武天領軍の双方に追われているところであった。風の機師団も即座に正面切って戦おうとはせず、Uターンして付かず離れずで距離を取りつつ状況を確認中で、そんな中でルッタが疑問に思ったことを尋ねた。
『あの、要求はリリ姉だけなんですか?』
『なんだ? お前も一緒に付けて欲しいのかドラゴンスレイヤー? イタッ』
ラニーの茶化しをギアがゲンコツで黙らせる。
「そうじゃないですけど、あいつら銀鮫団と組んでるわけですよね。なのにリリ姉を渡せば退くんですか? それにリリ姉のみってことはフレーヌについては要求してないってことですよね。それがよく分かんないんですけど」
その問いにギアが『ふむ』と口にする。
『まず銀鮫団と連中の関係だが、正しくは協力しているわけではないらしい。武天領軍にとってヤツらは情報提供者ではあるものの、たまたま同行しているだけだと言っている』
その言葉にはルッタ以外の面々も首を傾げた。
「それ、どういうことです?」
『つまりはだ。ゴーラ武天領軍はリリを引き渡しさえすれば、自分達は連中には関知しないってことだな』
『まあゴーラ武天領軍がいないってんなら、この状況でもタイフーン号なら逃げ切れるでしょうしねえ』
ラニーがそう補足する。
『逆に引き渡さないならこのまま双方から攻撃を仕掛けてくるってことだろうさ』
「つまりは逃げ道を残すことで交渉しようってことですか?」
『そうだ。俺たちが銀鮫団を脅威に感じているなら通用する手だろうな』
そう言ってギアがタイフーン号を追ってきている雲海船の列を見る。
その眼には当然のように銀鮫団やゴーラ武天領軍に対しての怯えも焦りもない。
『それでさっきのルッタの質問への答えだが、そもそもゴーラの連中はリリは狙っているが、フレーヌはその範疇じゃないらしい』
「あれ、そうなんですか?」
『ああ。最初からヤツらはオリジンダイバー無しでも構わんって話を持ちかけてきたからな。どうもリリに何かをさせたいようだが、正直に言うと俺らにも奴らの目的はよく分からん』
「なるほど。つまりリリ姉はフレーヌよりも価値があるってことか。凄いねぇ」
『むふんっ』
リリが得意げだった。
『まあ、そんなわけでだリリ。ゴーラの連中はお前を御所望だ。ひとりで行けるか?』
ギアがまるでお使いを頼むかのように気安く尋ねる。けれども、それはリリに対する信頼の裏返しだ。ゴーラ武天領軍を相手にどうとでもできると信じているからこそ言えることだった。
『ルッタの声援があれば或いは』
「リリ姉、がんばえー」
『勝った!』
勝った。
「じゃあ、リリ姉がゴーラを相手にするなら俺らは銀鮫団ですか?」
『そうだな。ジェットは船の護りで動かせん。だから戦うとなればお前とシーリスだけでやることになる。普通に考えて数が違い過ぎるし、リリがゴーラ武天領軍を倒すまで逃げ回るって方が安全ではあるんだが』
「やれますよ」
『相手はアーマーダイバー三十体に雲海船五隻だ。それをお前はやれるっていうのか?』
「もちろん」
ルッタが重ねて是と言う。
『おいルッタ。お前が強いってのは知ってるがな。それでも相手の数が』
ラニーが話している途中で眉をひそめた。何かが聞こえたのだ。
『ルッタ……お前』
「ふ……はい?」
『笑っているのか?』
その含み笑いはラニーだけではなく、ギアたちにも聞こえた。
「アレ……本当だ。あは」
ルッタは口元を触り、口角が吊り上がるのに気付いた。